第30話 偽善者



 公爵家を後にした須藤はまず先に向かう場所があった。その為に全力で駆ける。


 マナを助ける為今直ぐにでも「たどの森」という場所に向かいたい。だがそれとは別件で自分が顔を出さなくてはいけない場所がある。


「――動いてくれるかはわからないが、伝えるだけ伝える。俺が万が一でも失敗した時の保険は欲しい」


 自分が失敗することはないと思いながらもこの世に絶対などない。なのである場所に向かう。




 目の前に立つ茶色のコンクリートで作られた建物を下から見上げる。建物の頂点には白色の旗があり、そこに赤と青の剣がクロスしている絵が描かれている。


「デカいな。ここが――『冒険者ギルド』か」


 『冒険者ギルド』を間近にして言葉を溢す。


 須藤が目指していた場所は『フラット支店冒険者ギルド』。レインが話は通していると言っていたので来てみた。


「――入るか」


 『冒険者ギルド』を少し眺めた後その大きな扉を躊躇なく押す。



 中はそこそこ綺麗で光源も丁度良い。ギルドと合体している食堂?バー?らしき場所に食事やお酒を呑む冒険者がチラホラといるぐらい。

 ラノベ通り扉から入った前方には受付カウンターらしき窓口がある。そこに美人や可愛いよりの女性が三人立っていた。

 依頼のカウンターが二つでもう一つは買取のカウンターみたいだ。買取のイメージとしては男性がやっている物だとばかり思っていたが女性がいた。


 そして――


 俺は別に冒険者になりに来たわけではないが、初心者冒険者に対しての洗礼はあるのかな。ちょっとワクワクしてしまう。


 そんなことを思っていると、須藤のことに気付いた――受付嬢の一人が口に手を当てる。そのまま急いで奥の部屋に走って行ってしまう。そして他の受付嬢も須藤の顔を一度見ると、ササッと初めの受付嬢と同じように奥の部屋に行ってしまう。


「――ドユコト?」


 受付カウンターに誰もいなくなってしまった光景を見てどうすれば良いか困惑してしまう。ならばと思い冒険者達に顔を向ける――が、さっきまで食事を取っていた冒険者達は不自然にみんな寝そべるように倒れ臥す。


『『……』』



「――」


 新手のイジメかなんかか。いや待てよ? もしかしたら今の状況こそが初心者冒険者への洗礼なのかもしれない。俺は何かを試されているのか?


 そんなことを考えてしまうが、今はふざけている場合ではない。『冒険者ギルド』が役に立たないなら用済みだ。須藤は一人悲しく外に出る――と思っていたが【空間把握サーチ】で誰かがこちらに歩いてくることが感じられた。それも受付嬢達が逃げ込んだ奥からだ。


 そちらに顔を向ける瞬間また【空間把握サーチ】が反応する。



    【前方から何かが来る】


 

「……」


 直ぐに気付いたので振り向く前に右手を出す。そのまま【空間掌握ルーム】を使用。



  【目の前で停まれ 触れたら落ちろ】



 自分の体から『魔力』が少し減ったことを感覚で確認した。そちらに振り向くと

 

「ほう、いまのを確認せず止めるか。そしてその謎の力」


 ナイフが停止したその奥から声が聞こえる。


「――」


 その先にはシルバーの髪をオールバックにしている白色のコートを着たイケオジ風の男性が立っていた。今も興味深そうにこちらを見ている。


 渋いな。シブオジと言ったところか。それにこのパターンは恐らくギルマスか、それ相応の役職の人間だろうな。貫禄が違う。


「随分な挨拶ですね」


 目の前で停止している三本のナイフを回収しながら言葉を返す。


 敵意が無かったことからこちらに危害を加える気はなかったことはわかるが、出会い頭に攻撃されるとは思っていなかった。


 てかこっちの世界は出会い頭に攻撃をするのが規定ルールなのかよ。チャンさんナタリーさん然り。


「いや、すまない。話に聞いていた君の実力を見たくてね。私は『フラット支店冒険者ギルド』のギルドマスターをしている――ギル・エルバードだ。いきなりの攻撃すまなかった」


 両手を上げて降参のポーズを取る。自分のことをギルドマスターと呼ぶ人物、ギルは謝る。


「いえ、自分も怪我はないですし良いですよ。俺の名前は知ってる感じですが、一応――俺はスカー・エルザット。唐突な訪問失礼します。魔物の件で話をしにきました」



 「ギルドマスター」


 『冒険者ギルド』でも一番偉い立場。


 周りへの威厳とかあるから謝ってこない物だと思っていたら案外まともな人のようで拍子抜けだ。


「私からは君のことをエルザット殿と呼ばせて頂こう。さて、立ったままですまないがさっそく本題に入ろう。君は何を望む?」

「――」


 唐突なギルの質問に須藤は言葉を詰まらせてしまう。


 ただ早い方が助かる。それに何を望む、か。そんなの一つしかない。


「俺は貴方方冒険者に『公爵領』を――この街の警備を任せたい」

「――それは、どういう意味かな?」


 出会ってからずっと澄ました顔をしていたギル。そんなギルも須藤の話を聞き眉を顰めてしまう。その表情変化を見逃さない。


「俺は今から単独である少女の救出に行きます。その時に魔物との戦闘は避けられないでしょう。ただそれは問題ない。俺が危惧することは一つ」


 そこで言葉を止めてギルの目を見る。


「前回のレッドワイバーンの襲撃と同様にこの街にも魔物が来る恐れがあるということです。俺も今何が起きているのかはわからない。ですが、が起きていることは確か。だから俺がいない間この街を頼みたいのです」


 最後まで話を聞いていたギルはあごを撫でる。そして須藤を見る。


「ふむ。それは当然のことだが、何故君がわざわざ伝える?」

冒険者貴方達マナちゃんその子、ってことですよ」

「――何故私達が少女を救えないと思う?」


 その話を聞いた須藤は笑ってしまった。悪いとは思うが、その言葉が可笑しかった。


 あぁ、本当に、可笑しい。


「貴方達が『公爵領』を護るだからですよ。当たり前のことを言わせないでください」

「……君はだから動ける、と?」

「そう言ってます」


 ギルの質問に満面の笑みで答える。その顔を見たギルはお手上げと言うように両手を上げる。


「はぁ、降参だ。君は強さに加えて頭も回るようだね」

「どうも」


 須藤の内面が見えないギルは自分に勝ち目がないと思ったのか態度を改める。


「そうだ。私達は一人を救う為に動くことは出来ない。今は人数の問題もある。組織私達には全ての人間は救えないのだよ」


 悲しそうに、苦しそうに告げる。


 ただその返答は初めからわかっていた。


 『冒険者ギルド』は『公爵領』を護る「組織」だ。街の住民を護る義務がある。なのでその他は救えないのだ。

 個々人でも決められた優先順位という物がある。今回のケースでは一人魔物に捕まってしまったマナを助けるのと『公爵領』を守る、その二つを天秤に掛けた結果。


 「一人」を切り捨て「全」を助けるのが最善だとわかっている。でも、それでも心の片隅では全てを護れない自分達を悔いる。


 だからそれを須藤が担おうとした。


 全ての人間を救うのなんて間違っている。そんな物わかっている。到底無理なのがわかっている。だからと言ってやらない理由にはならない。


「知ってます。だから個人が動く」

「死ぬかもしれない」

「だとしても」

「無駄死にするかもしれない――それでも君は一人で行くと?」

「行きますよ」


 須藤の揺らぎ無い信念を見たギルは目元を抑える、そして一つ溜息を吐く。


「慢心は時に身を滅ぼす。いくら強かろうが死ぬ時は死ぬ。君は――いや。そうか。もう、決心が決まってるのだな。愚問だった」


 自分を見てくる須藤のを見て言葉を止める。


「はい。自分の実力を痛い程わかっています。だから俺は慢心しない。驕らない。俺は俺の成せる力で挑む。それに――」


 そこで言葉を止める。そして微笑を向ける。


「――俺は約束を違えない。俺は俺のやり方で進む。救いを求めているのなら俺は動く。それがたとえ――偽善だと言われても」

「――そうか。なら私からはもう何も言わないさ」


 須藤の真意を見たギルはそれ以上は何も言わない。


「では、そちらは任せます。時間もないので俺は失礼します」


 須藤もそれ以上は何も言わず『冒険者ギルド』を後にする。


 そんな須藤に背後から声がかかる。


「――。コレを持っていけ」


 須藤が何か返事をする前に布袋が投げられる。その袋をキャッチする。


「それはきっと君の役に立つだろう」


 須藤はその言葉に会釈だけして後にする。


 その姿を背後からギル達『冒険者ギルド』の人々は見ていた。




「――ギルマス。を一人で行かせてしまって宜しかったのですか?」


 初めにギルを呼びに行った受付嬢がそんな素朴な疑問をする。


「問題ない。彼は――スカー少年なら大丈夫だ。彼のがそう言っていた」

「はぁ」


 ギルはそれだけ言葉を残すとギルドマスター室に歩いて行ってしまう。ギルの曖昧な返答に相槌だけを打つ受付嬢。





「――彼は似ているな。あいつに、若かりしき頃の――レインに」


 ギルドマスター室に戻ったギルは思い出す。自分の親友であり、盟友の――公爵レインから聞かされていた話を。


『この街を頼む。そしてきっと君の前に「スカー・エルザット」という少年が現れる。彼は僕達のかけがえのない『家族』だ。どうか彼の道を作ってあげてほしい』、と。


「レインが信用するならも信用するさ。ただスカー少年、死ぬなよ」


 心の中でエールを贈る。


 






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