第27話 クランベリー姉弟
スキルの修行を行った翌日。須藤は今日一日を完全にフリーにしていた。
根詰めすぎて働き過ぎるのは体に悪い――というのも勿論あるが今回は違う。今回は小さなお客様から依頼を受けていたのでその手伝いとして公爵家で待っていた。
「――ここまでしっかりとこれるだろうか。やっぱり俺が外で出迎えた方が、いや、でも……ぬぬぬ。やっぱり俺が――」
待ち人がちゃんと
ちなみに今の須藤の姿は「スカー・エルザット」の姿だ。普段公爵家の中にいる時は「須藤金嗣」として生活している。が、今回はお客さんが来るのでそうもいかない。
「スカー君。そんなに心配しなくても大丈夫よ。子供といってもここまでの道はわかりやすいし公爵家は一般の人でも入れる様にレイン様自ら領民に伝えているから、ね?」
須藤が悩んでいる中、声をかける人物がいた。その人物は手入れのされた長い銀髪を揺らしながら歩いてくるメイド長のナタリーだった。
「な、ナタリーさん。でも、マナちゃん達はまだ幼いから心配で……」
ナタリーの顔を見た須藤は情けない声を出す。そんな須藤を見たナタリーは胸を手で押さえたと思うとおもむろに両手を広げる。
「えっと?」
その行為が何を示すかわからず須藤はただ言葉に詰まる。そんな中ナタリーはニコリと笑みを浮かべ。
「スカー君。心配だよね。ほら、お姉ちゃんがヨシヨシして慰めてあげるから私のお胸にダイブしても良いよ?」
ナタリーは突然そんなことを告げる。
「ちょっ!? いきなりどうしたんです?」
流石の須藤もナタリーの行動を見て問い返してしまう。
「だってスカー君がそんな甘えたそうな顔向けるから。お姉ちゃん答えたくなっちゃって。ダメ?」
「いや、ダメ……ではないのかもしれないですが、流石に子供達もそのうち来ますし」
「じゃあ後でなら良いの?」
「いや、そういう訳ではなくてですね」
上目遣いで聞いてくるナタリーの顔を直視出来ない須藤は目を逸らす。
どうすれば正解なんだよ。なんかナタリーさん、たまにポンコツになるんだよな。俺のこと「弟」扱いするし。胸に飛び込むのは中々魅力的だが――誰の目があるかわからないし。
直ぐ近くにある誘惑に負けそうになっていた。
その時、コンコンと外側からドアをノックする音が聞こえてきた。その音が聞こえた須藤は助かったと思う気持ちと待ち人が来たと喜び、笑顔でドアの前まで向かう。
「――チッ」
背後から舌打ちの様な何かの「音」が聞こえてきたが、きっと気のせいだ。多分ラップ音。ガクブルガクブル。
「は、はーい、今開けるから少し待って」
少し吃りながらもドアの外の相手に声をかける。
『はい!』
『うん!』
ドアの外からはそんな元気な少年少女の声が聞こえる。その声を聞き待ち人だと確信が持てた須藤はドアを開ける。
「マナちゃん、ナオ君。いらっしゃい!」
その小さな待ち人に須藤は笑顔を向けた。
「お邪魔します! 今日はマナ達のお願い聞いてくれてありがとね。スカーお兄ちゃん!!」
「スカー兄ちゃん! 今日は僕も頑張るよ!」
子供達は元気一杯に挨拶をする。その姿を見て須藤は自分も元気を貰えたような感じがした。
目の前の茶髪の少女、マナはレッドワイバーンの襲撃の時に須藤が救った少女だ。本名をマナ・クランベリー。
そして少女よりも少し年齢が幼い茶髪の子はマナの弟のナオだ。本名をナオ・クランベリー。
ナオとは
ちなみにこの二人は須藤の大事なお客でもあり、守るべき子供達だ。なんせ――自分を助けてくれた騎士の子供なのだから。
須藤を救った騎士の名は「ダン・クランベリー」というらしい。
その事実を執事長のチャンから聞いた時、運命だと思った。あの時家族共に助けられてよかった。本当によかった、と。
そのことはマナ達には話していないが、マナ達の母親のミレーネには既に伝えている。ミレーネの夫であり須藤の恩人の騎士、ダンの事実を隠すことなく伝え、ミレーネに謝った。
そしたら――「あの人が人を助けていてホッとした。そして帰ってくると信じていますからそんなに気に病まなくても大丈夫ですよ」と、須藤のことを糾弾するではなく赦し、そして何よりも優しかった。
今回その優しき両親のお子さん達が須藤の元へ何をしに来たというと――
「クッキー作ったらお母さん喜んでくれるかなぁ」
「お姉ちゃんお母さんならきっと喜んでくれるよ!」
仲の良い姉弟は話し合う。
今日はマナ達の母親のミレーネの誕生日。優しい母に何かプレゼントをしたいと思った二人は須藤が調味料や香辛料を扱っている仕事をやっていると知り。二人はクッキーの材料・作り方を教わる為に頼み込んでみた。話を聞いた須藤は一つ返事で了承をする。
これで少しは恩を返せるとかは思っていないけど。その頑張りを俺は応援したい。
「よし、二人とも。さっそく厨房に行ってクッキー作ろうか?」
『うん!』
二人は元気よく返事を返してくれる。
そんなクランベリー姉弟を羨ましそうに見ていたナタリーの案内の元厨房に向かう。
手を洗い真っ白の子供用エプロン姿になったクランベリー姉弟は須藤の指示を待つ。
その姿を微笑ましく見ながらも頭の中でクッキー作りの手順を思い出す。
クッキー作り(15枚)
材料
・薄力粉 100g
・砂糖 50g
・無塩バター 50g
・卵黄 一個
日本にいた時何回かクッキーを作ったことがある須藤は記憶にあるスタンダードな物を作ろうと思っている。幸い材料は「ネフェルタ」にもある物なので材料で驚かれることはない。ただ――
『さ、砂糖もですがバターもこんなにふんだんに使うとは……どれだけ美味しいクッキーが作れるのでしょうか……』
近くで様子を伺っていたナタリーが材料(一部)を見て戦慄していた。
何度も言うがこの世界「ネフェルタ」では調味料・香辛料はとても高価な物だ。なので使うとしてもほんのひとつまみ入れるぐらいだ。味のアクセントにもなっているかは定かではないが、それでも無いよりはマシとのこと。
「あははは……」
そんなナタリーを見て苦笑いを作るしか無かった。
ただその後は順調に三人でクッキー作りを開始した。二人には材料を混ぜる作業やめん棒で伸ばす作業、形づくりをお願いした。
『混ぜるの楽しいね!』
『見て見てお姉ちゃん! 星の形できた!』
それぞれ楽しそうにお菓子作りをしていたので安心した。
焼く作業は子供達だと危ないので須藤一人で行う。そして――作業を始めてから一時間程でこんがりと焼き色が付いたクッキーの出来上がり。
「さあ、完成だよ。まだ熱いから触らないでね」
厚手の手袋をし、オーブンから銀色のトレイを取り出す。クランベリー姉弟が見やすい様にテーブルの上に置く。
「す、凄い。クッキー、私達でも作れた。それに――いい香り!」
「う、うん! 食べたい……けど。お母さんのだから、ダメ!」
目の前のクッキーを見た子供達は喜ぶ。ただ喜ぶのは束の間。目の前のクッキーという「高級お菓子」を見て唾を呑む。その誘惑に勝つ為に目を逸らす……が、誘惑には勝てない様で、クッキーに目がいってしまう。
その様子を見ていた須藤はみんなにバレない様に【インベントリ】からある物を取り出す。
「――二人とも、はい」
「え、これ――クッキー?」
「な、なんで? スカーお兄ちゃんくれるの?」
【インベントリ】から取り出した袋に入っているクッキー。それをクランベリー姉弟の目の前に出すと二人は目を点にする。そして見てくる。
その二人に頷く。
「うん、二人の頑張りの報酬だね……と言えたら良かったんだけど。実は二人が来る前に少し練習しててさ。多く作りすぎたから貰ってくれると助かるよ」
頰を掻き、苦笑いでそう伝える。
『わーい、ありがとう!!』
すると二人はとても嬉しそうにはしゃぐ。
その様子を見ていた須藤は背後から視線を感じて――
「(じー)」
「……」
いや、知ってるよ。ずっとさっきから視線感じてたし。ナタリーさんにもお世話になってるし。用意もしてるからね。
「――あぁーそう言えば本当に、本当に練習でクッキーを作りすぎてしまったんだよなぁー。俺は甘い物が苦手だから誰か貰ってくれるとありがたいけどー(ちらちら)」
クランベリー姉弟にあげた物と同じ袋に入るクッキーを手に棒読みで呟く。
「あ、じゃあ僕が――「ナオ、しぃー!」――むが、もご!?」
ナタリーに視線をおくっていると言葉を聞いていたナオが挙手をする。が、須藤の意図がわかったマナが弟の口を背後から押さえる。そしてナタリーに笑みを向ける。
ナタリーはマナに会釈をする。そのまま須藤の元へ向かう。
「――スカー君。誰も貰わないなら私が。愛する弟の作った
「あ、はい。じゃあ、申し訳ないですがナタリーさんに食べて貰いますね」
須藤は出来るだけ自然に袋入りクッキーをナタリーに手渡す。手渡されたナタリーはできるメイドとしてクールを装っているが、須藤にはわかっていた。口角が上がるのを必死に抑えている姿を。
ナタリーさんも案外わかりやすいよな。
「――スカーお兄ちゃん、今日はありがとう! これでお母さんにプレゼントが渡せるよ!!」
「スカー兄ちゃんありがとね! クッキー美味しかった。お母さんも喜んでくれるよ!」
公爵家から出た門の近くで話し合っていた。クランベリー姉弟は須藤に感謝の言葉を伝える。
「いや、俺も役に立ててよかったよ。今日は帰ったらお母さんと楽しみな」
『うん!』
そして二人と須藤は別れた。最後まで「バイバーイ」と、手を振ってくれたのでこちらも振り返す。
クッキーを貰ったナタリーはその美味しさに涙を流していたのはまた別のお話。
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