第16話 トラウマ
自分は違う世界から来た人間で、妹を助ける為に『エリクサー』を探している。そして安全な『魔法国』に向かっている――なんて馬鹿正直に言えるわけない。ローズと『婚約者』になり旅をするのは良い。ただ、自分もこの世界に永住が出来るわけがない。
考えた。色々と考えた――その末に思い浮かんだことは――
「――私は故郷に残してきた妹の病気を治す為に『魔法国』へと旅をしています。自分の師匠から『魔法国』なら妹の病気を治すことの出来る手掛かりがある可能性があると言われました。そして【商人】の『職業』を持ち、戦う力があった私は『旅商人』と名乗り、今まで旅をしてきました」
ぼかしながらも本当のことを伝えることだった。流石に今日会ったばかりの人、それに信用も信頼も不確かな人達に事実は話せない。
「そんなことが――スカー君の妹君の病名はなんと言うんだい?」
「それが、わからないんです。どんな高名な医者に見せても『不治の病』と言われてしまい……」
公爵の問い掛けに首を振り「わからない」と告げる。
「――すまない。本当は口にしたくはないことだよね。無理に話させて申し訳ない」
「スカー殿。私も勝手な判断で聞いてしまって――ごめんなさい」
公爵とローズは須藤に謝る。
そんな二人に微笑を向ける。
「いいんです。誰にも話さないよりは誰かに話して少し、楽になりたいとも思っていましたので」
儚げに呟く。
それは本心だった。日本にいた時も医師に「貴方の妹の病気は治せない」と言われ、匙を投げられた。誰も頼れなかった。誰にも語れなかった。
そんな中、神と会って話して。自分は人とこうして自然に話せる様になっていた。
「だから私は――「スカー君!」――あっぷ!?」
「だから私は大丈夫ですよ」。そう伝えようとした須藤だったが、突然背後から誰かに抱きしめられた。普通だったら【
でも、それは直ぐに自分に危害を与える存在ではないことがわかった。
「スカー君、スカー君。頑張ったね。まだ若いのに、一人で妹さんを救う為に……」
その人物は涙を流しながら我が子を慰める様に須藤のことを優しく抱く――公爵夫人、マリーだった。
マリーは今も自分も涙を流しながら須藤のことを離さないと言う様に抱きしめる。よく見ると公爵の隣には誰も居なかった。
「あ、その、えっと」
女性に抱きしめられたことも無ければ、母の様な存在に抱きしめられたことももう記憶にない。それでも何故か懐かしいと思ってしまう自分がいた。
「良いの、良いの。甘えて良いんだよ。君は一人じゃない。私達は味方だよ。だからスカー君。我慢しなくて良いのよ?」
マリーのその言葉が理解出来なかった。なのにおかしい。
「え、これは、なんで……俺は、違う……こんな、止まれ、よ……」
何故か、どうしてか――自分の頰に一筋の水滴が伝う。自分の意思とは関係なく流れ続ける涙。
人に見られながら涙を流すのは屈辱的だった。なのに――心が暖かい。
須藤はその間、泣き姿を見せない様に片手で顔を隠す。周りにいるローズ達は何も聞いてこなかった。ただそんな幼子の様に静かに泣く須藤を見守る。
◇
「――取り乱してしまい、お恥ずかしい姿、見せてしまいすみませんでした」
ようやく涙が止まった須藤は誰とも目を合わせることが出来ず、テーブルの節目だけを見てそんなことを言う。マリーは須藤の右隣席にちゃっかりと座っていた。
「あなた、そして貴方達もわかっているわね?」
須藤が落ち着くまで待っていたマリーはその場で立ち上がる。そして須藤以外のみんなに声をかける。
「スカー君が。大切な義息子が困っているのよ。そして助けを求めている。なら、もうわかるわね?」
その言葉を聞いたみんなは無言で頷く。そして初めに公爵、レインが立ち上がる。
「当然だ。僕は公爵だ。民が困っているなら手を差し伸べる。それは当たり前。それもスカー君が困っている。恩人であり――家族であるこの子を見捨てるわけがない」
「――ッ」
『家族』と言う単語に反応してしまう。そんな自分のことを優しげな目で見て来るレイン。顔を直視出来なかった。
「私もだ。スカー殿は私の命の恩人。そしていずれ夫になる存在。スカー殿。どうか私も貴方の手助けをさせてほしい」
左隣に座っていたローズは須藤の手を自分の手で優しく包む。
「私も異論はありません。この命、既に一度失ったもの。そして貴方に救って頂いた命。スカー殿に捧げましょう」
いつもの快活な笑みを見せると自分の騎士剣を捧げる。
「――兄さん。それでは少し重いし暑苦しいですよ。スカー様。先程はおかしな態度を取ってしまいましたが、兄共々どうか仲良くしてください」
須藤のことをよく思っていないと思っていたナタリーだが、優しく微笑みかける。
「この老骨。スカーお坊ちゃんの妹様への想いを聞いて感銘を受けました。どうか私も貴方様の力になれれば」
そのシワの多い顔を泣き顔にしていたチャンはお辞儀をする。
そんなみんなを見て須藤は戸惑っていた。
それはそうだ。今目の前にいる人物達は「今日」出会ったばかりのただの「他人」。
そんな人達が自分のことを『家族』だと言って認めてくれる。これほど嬉しいことはないだろう。
でも、それでも――自分の家族はもういない。そして何よりも――また家族を失うのが怖い。
家族をもう失いたくない――というトラウマがあった。忘れられない。忘れたくない。辛く今も癒えない暗い気持ちを抱えている須藤は踏み込めない。
そんな時「チリリリリッ!」と音が何処からか鳴り響く。
須藤はその音に気付いてもそれが何を示すのかわからなかった。
たださっきまでほんわかとしていたローズ達が少し顔を強張らせていることから只事ではないことがわかった。
そしてその音源は公爵レインの近くから鳴り響いていふ。そのことを知っている公爵は一呼吸入れて衣服のポケットに入れていた『伝達の魔道具』を取り出す。
「――こちら公爵レイン・フラット。どうしたんだい? 緊急の伝達みたいだけど――」
腕時計の様な見た目をしている『伝達の魔道具』を片手に持ち声をかけて話す公爵。
『――良かった! 公爵様ですか。突然の伝達申し訳ございません。只今西の空に魔物の群れを観測しまして……緊急の伝達をお伝えしました次第で御座います!』
幸福な時間。自分を『家族』だと言ってくれる人々。そしてまだ自分に正直になれない。
それぞれの想いを壊すように、告げる。
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