第15話 フラット公爵夫妻との対談
須藤は二階にある公爵室に執事長チャンとメイド長ナタリーに案内される。
扉を二度ノックする。内側から「入って来て良いよ」というフランクな声が聞こえた。なのでローズを先頭に「失礼します」と言い部屋に入る。
初めに目に入ったのが執務席らしき場所に腰をかける灰色の装飾をされた衣服を着るナイスガイの男性。恐らく公爵。
部屋はシンプルで執務席と執務席を遮る様に置いてある大きなテーブルと椅子。後は本棚が何個かある。そして公爵の隣の席に座るローズに似た赤色のドレス姿の赤髪の美女がいるぐらいだ。
「――ローズ! それにダニエルも、よく生きて帰って来た!」
ローズとダニエルの顔を見た公爵は執務席から立ち上がると安心した様に胸を撫で下ろす。
赤髪の美女もローズの顔を見れたからか、嬉しそうに微笑んでいる。
「父上、母上。ご心配おかけしました! ローズ、無事戻りました!」
「うん。よく戻って来たね!」
「お帰りなさい」
そんないつもの元気のいい娘を見れた公爵夫妻は頰を緩ます。
(あぁ、やっぱり赤髪の美人さんはローズのお母さんだったんだな。まぁ普通はそうだよな。流れ的に)
内心で納得をする須藤。
「――公爵閣下。申し訳ありません。私が付いていながらローズお嬢様を危険な目に合わせてしまいました……」
公爵夫妻の元に近寄るダニエルは片膝を付くと自分の失態を臆面もなく伝える。
「ダニエル、面を上げなさい」
「はっ!」
公爵から言われたダニエルは高らかに返事をし、顔を上げる。
「しっかりと聞いてるよ。君も頑張ったんだ。それよりも、最後まで娘を守ってくれて――君の元気な姿を見れて良かった」
「そうです。貴方は何も悪くありませんよ」
「――ありがたきお言葉、頂戴致します」
公爵夫妻の言葉を聞いたダニエルは静かに肩を震わせる。
その後も少し話、ダニエルを立ち上がらせると公爵夫妻はナタリーやチャンにも声をかけていた。
須藤がそんな光景を背後から見ているとローズ達と一通り話し終わった公爵にいきなり顔を向けられる。
「君が話に聞くエルザット殿か! 僕はここフラット公爵領の領主を務める――レイン・フラットだよ。この度は娘と従者を助けて頂き感謝するよ」
公爵は自己紹介をすると人の良さそうな笑みを向ける。
「私はローズちゃんの母親のマリー・フラットと言います。ローズちゃんとダニエル君を救ってくれてありがう」
ローズと似た顔で優しく自己紹介をして来る公爵夫人。
ただ公爵本人と公爵夫人を見た須藤の感想は――
うわっ、マジで美丈夫と美女。コレが勝ち組という人種か。目が、目がァァァァァァ。
全てにおいて羨ましいという気持ちに駆られ目をやられていた。が、今はふざけている場合じゃないと思い、ここに来るまでに執事長のチャンに教えて貰った挨拶を試す。
「――有難き言葉頂戴致します。そしてお初にお目にかかります。フラット公爵様。公爵夫人様。私は『旅の商人』を生業にしている――スカー・エルザットと申します。本日はお呼ばれ頂き恐悦至極」
須藤は挨拶をする前に右手を胸の前に上げ拳が左に来る様に曲げる。そして左手は背中に回し、その場で右膝が上を向く様に片膝を付く。最後に首を垂れる。
(――よし! 初めてにしては上出来だろう。多分、公爵と公爵夫人にも変な印象は与えていないはずだ)
そう思いを込め、公爵達を見る。
「――うん。エルザット殿。別にそんなに畏まらなくて大丈夫だよ。ここは顔見知りしかいないし。ローズとダニエルの恩人だ。楽にして良いからね!」
「……」
そうバッサリと切り捨てられる。
「夫もこう言っていますし、エルザット君は楽にしてね。恩人でもあり、客人でもあるのですから」
「……」
今もニコニコする公爵の顔と優しく微笑んでくる公爵夫人を見て無言になってしまう。
恥ずかしくなった須藤は自分に挨拶を教えた
「……」
「(サッ)」
「……」
直ぐに目を逸らされてしまう。
なんか、俺が滑ったみたいになったんだけど。実際滑った訳だが。
ただ言われた通り、その場で立ち上がる。
「エルザット殿。そこに腰を下ろすといいよ。他のみんなも楽にしてね」
「――わかりました」
公爵にそう言われてしまったので、須藤は目の前に用意されていた席に腰を下ろす。
須藤が席に腰を下ろしたことを確認したローズはすかさず左隣の席に座る。
メイド長のナタリーと執事長のチャンはローズの背後に立っている。扉側をチラリと見るとダニエルが待機していた。
「――色々と折りいった話はしたいが。まず、エルザット殿。この度は娘とダニエルを救って頂き感謝します。そのことでお礼をしようと思っているが……エルザット殿は何か欲しい物はあるかな?」
須藤達が座ったことを確かめた公爵は改めて感謝のお礼を伝える。そして今回のお礼の謝礼を問う。
「お礼、ですか……」
公爵に問われた須藤は考える様なそぶりを見せる。ただそれはフェイク。
その内心は「待ってたゼェこの
そう、俺はコレを待っていた。今回は完全な成り行きで助けることになった。そこに打算も少しは無きにしも非ず。そして異世界ものでお偉い方を助けたら貰える「謝礼」。ラノベとかの主人公達は何故か断っているイメージだが、そんなことは馬鹿のすることだ。貰える物は貰うのが吉。そして――ここで今後有利になるのは――
須藤はそう考えると腰に付けていたポーチに右手を伸ばす。
そして――
「――父上、その件ですが私から一つ提案があります!」
「何かあるのかい?」
「……」
自分が何かアクションを示す前に、ローズが公爵に話しかけてしまう。そのことで役目を果たせない自分の右手が虚空を漂う。
ろ、ローズ貴様! さてはわかってやっているなぁ!?
左側に腰を下ろし、笑みを浮かべているローズを恨めしそうに見る。
ただ今は既にローズのターン。自分がしゃしゃり出ることは許されない。今は機会を見計らう時間だろう。
「はい。スカー殿の『婚約者』に私がなる――と言うのは如何でしょうか?」
機会を見計らっていたはずが、とんでもないことを言い出すローズ。
なっ!? な、なんとなくはそういう流れになるのかなぁとは思っていたが……恥ずかしげもなく直接自分の父親に伝えるとは、それも俺が近くにいるのに。
須藤が内心で驚いている中、他の面々も驚いていた。ただ一人――ダニエルだけはわかっていたと言うように頷いているが。
「――ローズ。『婚約者』――その意味をわかって口にしているんだよね?」
公爵はさっきまでの優しい雰囲気を潜める。今は少し低い声を出し、ローズに問う。
いいぞ公爵様。その調子だ。分からず屋の娘なんて黙らせてしまえ!
口に出来ない代わり心の中で公爵を応援する。
「勿論です。父上、私は今回スカー殿に助けられました。そして――好きになりました!」
そんな父親に負けじと真剣な表情を作り自分の
そのことに須藤とダニエル以外がまた驚く。
「――ローズが? あの自分よりも弱い男性と付き合わないと他から来る『婚約』の話も全て突っぱねていた君が?」
「はい。一目惚れだったのでしょう。ですが話していくうちにスカー殿のことをもっと知りたいという想いが募り。今はこの気持ち――初恋を成就したいと、早く結婚をして素敵な家庭を持ちたいとまで思っています!」
「ふぅ」
ローズの話を聞いた公爵は椅子の背もたれに深く腰を掛け、深い息を吐く。
待って待って。何さその「ふぅ」は。あれでしょ? どうせ公爵という高位な立場なんだから『婚約者』はいなくても『許婚』とか言う存在の1人や100人ぐらいいるんでしょ?――だから「諦めなさい」という「ふぅ」なんだよね?
頼むからやめてくれ、と思いながら待つ。
「本気なんだね」
「はい!」
公爵はローズの目を見て、隣に座る妻を見る。妻は何も言わない。ただ「あなたがしたいように決めてください」と言うように頷く。
「――わかった。許可しよう」
許可すんのかーい。
「あ、ありがとうございます!! 父上、母上! 私、ローズはスカー殿と共に末永く幸せに暮らします!!!!」
いやはえーよ。気持ちが早いよ。それに『婚約』『結婚』とかって近しい階級の人同士でやるもんじゃないの? 知らんけど。
そんなことを思っても何も言えない。言い出せない。
「ふふっ。そうだね。僕も娘には好きな人と共になって欲しいと常々思っていた。それに学園も卒業して丁度良かったのかもね」
「ありがとうございます。父上がそこまで考えていたとは……」
「考えるさ。僕だって一人娘が政略結婚で好きでもない男と一緒になるのなんて考えられない。君は君の好きにすればいい」
「父上……」
「ローズちゃん良かったわね。頑張るのよ?」
「はい、母上の様な立派な母親になります!」
短い言葉。それでも確かに
フラット公爵親子は須藤を置き去りに勝手に話が進んでしまう。
公爵夫人とローズが話している傍ら公爵は須藤に顔を向け、話を振る。
「エルザット殿――いや、スカー君。すまない、君の気持ちを聞いていなかったね。君は娘と『婚約』してくれるかい?」
「――私の様な何処の馬の骨かもわからない根無し草で良ければ」
この状況でそれも高位の存在からの話を断れるわけないだろ!と思いながらもせめてもの抵抗で皮肉げに自分を比喩してみる。
なんかもう名前で呼ばれてるし。
「その点は大丈夫だよ。ローズは見る目がいい。それに君はローズ達を助けれるほどの『力』を持っている。話しやすいし、しっかりと君に任せられるよ」
「ありがとうございます」
皮肉も軽く流されてしまった須藤はただ返事を返すだけのただの屍。
いや、アンタの娘目腐ってるよ!それにこの短時間でよくそんなこと言えるな!!なんか言えないし――詰んだ。
両親の許可を貰い須藤と『婚約者』に無事なれたローズは須藤の腕に抱きつく。その時に伝わってくる胸の柔らかさに「うっ!」となるが、平常心を保つ。
「スカー殿。いや――あなた。むむっ。まだ少しスカー殿を「あなた」呼びは気恥ずかしい。暫しの間、スカー殿と呼ばせて頂こう。スカー殿は私のことを「ローズ」と、呼び捨てで呼んでくれると嬉しいな!」
「――ローズ」
平常心を持ちたかった。あぁ、それは本当だ。だが――なんかローズが可愛くて、その――こんな関係でもいいかなぁとか思ってしまった自分がいた。別にお胸様が恋しいからとかは……思ってない。
自分に色々と言い訳をしながらも満更でもない馬鹿。
「スカー殿に呼び捨てで呼んでもらえた!――あ、そうだ――」
須藤に呼び捨てで呼ばれた事がとても嬉しかったのか小躍りでもしたくなるローズ。その時に何かを思い出したようで両親を見る。
「父上、母上。スカー殿は『旅商人』として旅をしているということですが――グレン兄様が家を継ぐとして私はスカー殿の旅に着いて行っても宜しいでしょうか?」
「――え?」
ローズが口にした内容に頭が追いつかず、声を上げてしまう。
「――そうだね。学園も卒業して僕の跡継ぎはグレンもいるから、ローズは好きにしても良いけど――」
そして須藤の顔をチラリと見る。
「ローズの言う通り自分は『旅商人』だと言っていたね。スカー君はどうして『旅商人』を?――そこに理由があるのは確かだけど。話せる範囲で教えて欲しい。何か手伝えれば僕も助けたいからね」
公爵は寄り添う様にそして優しく理由を聞いて来る。そんな公爵に続く様にローズ達も須藤に注目する。
「私は――」
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