第113話:平穏な日々を




 約束の日。

 いつもより少しだけお洒落な服装をしたマティアスが、フローレスを迎えに来た。

 あくまでも平民の服を逸脱しないように、とローゼンに念を押されていたが、醸し出す雰囲気は貴族のだ。

「普段はそうでも無いですけど、気合い入れると駄目ですね」

 フローレスを迎えに来たマティアスを見たローゼンの第一声は、駄目出しだった。


「駄目!?」

 マティアスが焦って問い返すと、ローゼンは笑顔を見せる。

「はい。お嬢様の相手に望む事は、平和平穏に暮らせる立場を持っている事です」

「いやいやいや!、平民ですけど!?」


 マティアスの抵抗は、一笑いっしょうされた。

「平民だから何だと?むしろ、何かあった時にお嬢様を守れますか?貴族っぽいのに何も権力が無いなど、1番たちが悪いですね」

 ローゼンの言葉にマティアスが絶句した時、フローレスが現れた。



「お待たせいたしました。あら?何かありました?」

 清楚なワンピースに身を包んだフローレスがエントランスにたたずむ。

 マティアス以上に平民に見えないフローレス。

 この人を守るには、単なる平民では駄目なのだとマティアスは目を細めた。


 いっそ実家の侯爵家に泣きついて、遠縁の後継の居ない下位貴族にでも養子に入り……そこまで考えて、にこやかなローゼンの冷たい視線に冷静になる。

 そもそもフローレスは貴族を無意識とはいえ嫌悪しているのだから、貴族に戻った時点で一縷いちるの望みも無くなるのだと。




「街の近くまでは、馬車で行きましょう。貸馬車で来ましたので」

 マティアスのエスコートで馬車に乗ったフローレスは、馬車の窓から外を眺める。

「この前のオーブリー様達と出掛けた時より、自由に街を歩けますよね?」

 ワクワクした様子を隠す事なく、フローレスがマティアスへと顔を向ける。


「そうですね。貸切の個室ではなく、外の見える席でお茶も出来ますね」

 マティアスはそっと胸ポケットへ手を当てる。

 そこには、同僚女性に聞いたお薦めの雑貨屋や、男性陣に聞いたデートに使うカフェ等がメモしてある紙が入っている。


『可愛い雑貨ならここ、ちょっとお高い上品な物ならここ。変わり種ならこのお店ね』

 ノリノリの同僚女性達は、地図付きでお店を教えてくれた。

 外観の様子も書かれており、店を間違える心配も無い。


 街に着いた馬車からフローレスをエスコートして降ろしたマティアスは、1番近い雑貨屋へと向かった。


「可愛い雑貨を取り揃えており、若い女性に人気のお店だそうですよ」

 デートと言うより観光案内のようだが、元貴族のマティアスに雑貨屋巡りのデートなど元々無理なのだ。

 しかもフローレスも、その駄目っぷりが判るほどの経験が無い。


「もう店構えが可愛いのね」

 白い壁に淡い緑の窓枠。そこから見えるカーテンはレースに縁取られている。

 扉を開けると、カラランとベルの音が鳴る。

「いらっしゃいませ」

 若い女性の声がフローレスとマティアスを迎えた。



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