第105話:日常的な非日常




 なぜこんな事になった……フローレスは、目の前ではしゃぐオーブリーを見ながらこっそり溜め息をく。



 途中、キメンティ国の宿で宿泊しつつ、薔薇の街まで帰って来た。

 プリュドム伯爵邸の前で別れようとしたら、お茶に誘われた。

 近いのでローゼンを先に帰し、フローレスとマティアスだけが呼ばれた。


「フローレスの家はここから近いの?」

 オーブリーの問いに、嫌な予感がしながらも頷く。

「うちの屋敷よりも広いですぞ」

 ヴィルジールが笑いながら言うのを、フローレスは密かに睨みつけた。

 そして予想通り、オーブリーとアダルベルトが屋敷へ来たがったのだ。


「狭いので」という断り文句は、ヴィルジールのせいで使えない。

「先に帰って準備だけさせてください」

 そう言うのが、フローレスには精一杯だった。




「皇族の宿泊ですね?」

 執事長が嬉しそうに言う。

「まぁまぁ先々代オッペンハイマー侯爵以来ですわね」

 メイド長もどこかうれしそうだ。

 先々代となると、フローレスの祖父の代である。


 フローレスが子供の頃はまだ現役だった祖父だが、フローレスには王族も皇族も宿泊に来た記憶は無い。

 それならば、メイド長でも新人だった頃の事だろう。

 執事長は生まれていただろうか?

 間違い無く、フローレスとホープは生まれていない。



「なぜ皆嬉しそうなのかしら?」

 フローレスが不思議そうに呟く。

 皇族が来る事を聞いた邸内は、歓喜に湧いていた。

 メイドは客室準備を始め、執事達は銀食器を磨き始めた。

 話を聞いた厨房も、半数が買い出しに走って行った。残った者達は夕食の準備と、おもてなしの菓子作りに分かれている。


「王族や皇族が来る事は、とても名誉な事ですからね」

 ローゼンがフローレスへと説明する。

 客を持て成し、如何に満足してもらうか。

 使用人達の腕の見せどころなのだろう。


 自分達の功績が、そのまま主人の評価に繋がるのである。

 フローレス大好きな使用人達が張り切らない訳が無い。




 オーブリーとホープの夫婦にアダルベルト、そしてなぜかマティアスが屋敷に泊まる事になった。

 プリュドム夫妻は夕食後、自邸に戻る事になっている。


「本当に教授の屋敷より広いわ」

 オーブリーがフローレスの屋敷に入る前、門扉の所で感動している。

 なぜ門扉か。

 いつも歩いて遊びに行っていると言うレオノールの話を聞き、自分も歩きたいとオーブリーが言い出したからだ。


「姉上は言い出したら聞きません。諦めてください」

 アダルベルトが言い、ホープが静かに頷いたのを見て、フローレスは諦めた。

 そして冒頭に戻る。



 フローレスの使用人達に迎えられたオーブリー一行は、まずはサロンで寛ぐ事になった。

 使用人達を見て、ホープの眉が一瞬上がったが、特に何も起こらなかった。

 サロンで出されたクッキーを1口食べた時に、「あぁ」と妙に納得したように頷いたくらいだろうか。


「懐かしいな。オッペンハイマーに行く楽しみの1つが、出されるお菓子だったんですよね」

 同じくクッキーを食べたアダルベルトは、こちらは遠慮せず思った事を口にした。

「まぁ!こんなに美味しいお菓子を食べてたの?狡いわ」

 オーブリーがアダルベルトの背中を叩く。


 どうやらオーブリーのいつもの強い口調は、対外的なもののようだ。

 アダルベルトをめているオーブリーの様子を見て、可愛いなと呑気に思っているフローレスだった。



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