第93話:最初で最後の




 ローゼンとの買い物から戻ったフローレスは、出迎えた使用人の数と、雰囲気の変わった屋敷内に、エントランスで呆然と立ち尽くしていた。

 今までの裕福な商家で誤魔化せた内装と違い、屋敷が威厳に満ちた歴史ある貴族家に変貌している。


「オッペンハイマー家に残っていた移住希望者、全員がこちらへ参りました」

 代表して挨拶をする執事へ、フローレスはギギギと顔を向ける。

 まるで油の切れた機械人形のような動きである。


「えぇと、勘違いでなければ、貴方とメイド長は、オッペンハイマー家を引退した後に来るはずでは?」

 責めているのでは無い。戸惑っているのだ。

「はい。ですので、参りました」

 良い笑顔の執事は、オッペンハイマー家で前執事長の下で働いていた者だ。



「……とりあえず、皆、長旅お疲れ様でした。まずはゆっくり休んで……何でもう制服着てるの?」

 混乱しているフローレスは落ち着こうと皆に声を掛け、全員が既に制服に身を包んでいる事にやっと気が付いた。


「久しぶりにお嬢様のお世話が出来るのです。長旅の疲れなどございません!」

 キッパリと言い切るのは、年若いメイドだ。

「ホープ様は着飾らないし、湯上がりのマッサージもしないし、正直物足りませんでした」

 別のメイドが手をワキワキと動かす。


 それを見て苦笑してから、フローレスは我に返る。

 そう。今、名前が出た人物の事を、聞かなくてはいけないのだ。


「そうよ、そのお兄様はどうしているの?まさか皆をクビにしたの?」

 他人を思いやれないというか、人を見下しているところのあったホープだが、理不尽な事はしないと思っていたのに。

 フローレスは少し残念に思いながら、新しい使用人達に問う。


「クビと言うか、まぁ、クビですけど」

「退職金はしっかり頂きましたし」

「お目出度めでたい話だから、私達も気持ち良く旅立てましたし」

 若いメイド達がキャイキャイと話す。

 仕事中には見られない、年相応の姿ではしゃぐ。



 パンッと軽く手を合わせる音が響いた。

 メイド長からの「静かに」と言う意思表示である。

 メイド達が黙ると、最初に挨拶をした執事がまた話し始めた。


「ホープ様は、オルティス帝国の第二皇女殿下の所へ望まれて行かれました。王配として、と正式文書が国とオッペンハイマー家に届いたのです」

「え?」

 オルティス帝国の第二皇女殿下?とフローレスが呟くが、余りにも小さい声なので誰にも聞こえていない。


「それに伴い廃家手続きを取られました。もうオッペンハイマー家は存在いたしません」

「廃家手続き……」

 さすがのフローレスも、驚いて目を見開いていた。


 爵位返上と廃家は違う。

 爵位返上は、持っていた爵位を与えてくれたもの──この場合、ペアラズール王国に返上するのであり、家自体は存続する。

 物語の中のセルリアンが行ったのはこちらだ。

 廃家は、家自体を無くすのである。

 一度手続きをすると、復活は出来ない。



「それだけ覚悟を決めて、オルティス帝国へ行かれるのです」

 執事は真面目な顔で頭を下げる。

 ここでフローレスの為でもある事は、一言も告げない。

 前執事長からも、今更フローレスの負担になる事を伝える必要は無いと言われていた。


「家具や調度品は、欲しければ持って行けと言われましたので。残しても国に奪取されるだけですし」

 嘘では無い。

 実際には「欲しい物を持って行け。売ってお金にしても良い」とホープには言われた。

 行き先がフローレスの所だと判ってから、言われた言葉だった。



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