第90話:いざ、お嬢様の元へ!




 オルティス帝国領内キメンティ国のある街に、まるで輿入れのような一行が現れた。

 何台も馬車が連なり、家具や調度品を積んでいる。

 そして多数の使用人。

 表情の明るさが間違い無く吉事であると示していた。


「隠れる必要が無いから気が楽ですね!」

 一人の若いメイドが窓から外を眺めながら明るい声を出す。

 屋敷の準備の為にカーテンやら何やらを持ち出した第一陣は、オッペンハイマー家にバレないようにこっそりと夜中に屋敷を出発し、経路も馬車ごとにそれぞれ変えたりとかなり用心していたのだ。


「そうね。ホープ様が最後に、オッペンハイマー家を廃家手続きしてくださったからね」

 年嵩としかさのメイドは、最後までオッペンハイマー家に勤めると言っていたメイド長だ。

 そのオッペンハイマー家が無くなってしまったので、皆に説得されてフローレスの元へと向かっていた。


「お嬢様一人に対して、使用人が多過ぎないかしら?前は使用人達でお嬢様をやしなうつもりだったからあれだけど、今はお嬢様にお給金を頂いているのでしょう?」

 他のメイドが不安を口にする。

 使用人全員がフローレスの所へ来たわけではない。

 それでも一般的に考えて、年若い令嬢一人が雇うにしては多過ぎる。



「使用人というより、警護?じゃないですか?」

 同じ馬車内に居た他のメイドも話に参加する。

「警護?」

「はい。だって、今のお嬢様は、本当に平民になっちゃいましたよね?オッペンハイマー家無くなっちゃいましたし」

「確かにそうね」

 そう。今までのように、実はペアラズール王国の貴族です!とはならないのだ。


「でも凄い収入があるんですよね?私達全員を雇えるくらいの」

 あぁ、と会話に参加していない者も含め、馬車内の全員が遠くを見る目をする。

 貴族のような屋敷も、多数の使用人も、世間への威嚇なのだ。

 実はどこかの国の大貴族の令嬢に違いない、と誤解させる為の。


「兵士が身軽な独身ばかりで良かったわね。殆どが先にお嬢様に付いて行ったものね」

「お嬢様に付いて行ったのか、メイドに付いて行ったのか怪しいですけどね~」

「職場結婚が多いのは、職業柄しょうがないわよ」

 皆がそうよね、と笑った。



「結婚と言えば、お嬢様は結婚しないのかしら?あの緑の君とか」

 若いメイドがキラキラとした目で問うと、もう一人の若いメイドが首を横に振る。

「ローゼンいわく、お嬢様に警戒されてしまったそうよ」

「警戒?」

「出国の際に馬車を貸してくれた上に、途中の宿を手配してくれて、護衛騎士まで付けてくれたらしいのよ。でもそれがお嬢様には『監視』に感じたみたいで」


 メイド達は、皆、納得してしまった。

「ペアラズール王国でのお嬢様を知っていれば、しょうがない反応ですわね」

 自分より上の立場の人間にしいたげられ、利用され続けたフローレス。

「こちらからも変装した護衛が付いてましたものね。護衛騎士はやり過ぎよね」

「親切心だったのかもしれないけどね」

 メイド達は溜め息をこぼす。


「ローゼンにしては珍しい失態ね」

「たしか緑の君を応援してなかった?」

 メイド達が話を続ける。

 他人の恋話コイバナは、やはり楽しいのだ。


「お嬢様の気持ちを知る為だったのでは?皇子に対して好意があれば「私の為に?嬉しい!ありがとう」になったのでは?」

 メイド長が窓の外を眺めたまま、ポツリと呟く。

「あ~、その後に何回も貸馬車乗り換えたり、用意周到だもんね。わざとか~」

 その、ローゼンがアダルベルトを巻いた街が目前に迫っていた。



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