第83話:さすがに駄目だった




【一国の王女と他国の侯爵。

 二人はなかなか会う事もままならなかった。

 そもそも国が違うのだ。

 王族が他国に招かれるなど、結婚式か建国祭などか、弔事である。

 まさか弔事を起こすわけにもいかず、お互いがお互いの居る空の下に想いを馳せるしか出来なかった。】


 フローレスは、庭のテーブルで執筆していた。

 書き終わった原稿用紙はテーブルの空いた所へ置いてある。

「お嬢様、王太子を殺しちゃいます?」

 原稿を読んだローゼンが、中々に過激な事を言った。

「殺さないわよ!恋愛小説よ?」

 フローレスがむきになって否定する。

 実はちょっと「話の中なら、仕返しにベリアル王太子に死んでもらおっかな~」と思っていた。


「あぁ、そうか。話の中の王太子は第二王子あのクズでしたね」

 フローレスが首を傾げると、ローゼンは苦笑する。

「ほら、あの何もしてくれない本物の王太子もね、ギャフンと言わせたかったなぁと」

「あぁ……」

 フローレスが遠い目をする。


 本当に何もしない人だったな……と、フローレスはペアラズール王国のある方向へ顔を向ける。

 王妃がフローレスを理不尽にさげすんでも、第二王子がルロローズに傾倒しても、何もしない人。

 知らないのではなく、知っていても大した事ないと放置していたのを、フローレスは気付いていた。



「悔しいから、男色だから王位継承権剥奪された、とかで出してやろうかしら」

「あ!良いですね!クローム王女と元王太子が恋敵!」

「セルリアンを巡って、外交問題に発展するのよ!」

 二人で「きゃ~~~!」と手を取り合って盛り上がった。


 フローレスはノリノリで原稿を書いていた。

 その時に来客を告げる鐘が鳴り、執事がマティアスの来訪を告げる。

 庭へ直接来てくれるようにお願いし、フローレスは手を止めた。



「さすがに却下です」

 原稿を読んだマティアスは、溜め息と共に頭を抱えた。

 今日は、例の色見本を取りに来たらしい。

「元王太子って、これ、ペアラズールの王太子がモデルですよね?しかも、許可取ってませんよね?」

「あぁ、まぁ、そうね」

 フローレスが頷く。


「恋の相手が王女ならともかく、なぜそっち行っちゃったんですか」

「悔しいから?」

「王女相手でも出したら駄目ですよ。当て馬役なんて絶対に抗議が来ますからね」

「抗議が来たら『自意識過剰』って返してやれば良いのよ」

 フンッと拗ねたように顔を背けるフローレスを、マティアスは苦笑しながら見つめた。




【会えない時間は、二人の気持ちを尚更燃え上がらせた。

 そしてセルリアンが取った策は、外交官になる事だった。

 王太子であるベリアルを、妹のピンキーと共に支えます。

 そのように建前を振りかざし、無理矢理侯爵の地位を使ってみずからをじ込んだ。

 最初は風当たりも強く、上層部も難色を示していた。

 しかしセルリアンが外交になった事で、クローム王女の治める国が、驚く程に友好的になったのだ。】


 フローレスは原稿を読み直しながら笑う。

「本当に外交官になったら、あの高慢な態度のせいで速攻クビになりそうね」

 チョコチップの入ったクッキーを囓る。


「それとも曖昧な言い方をして、揚げ足取られて終わりかしら?」

 ホープお得意の「周りが勝手にやった」という言い方が通用しないのが外交である。

「侯爵令息で自国内だけだから通用する手よね」

 コクリと一口、紅茶を含む。

 口の中の甘さを、少し渋めの紅茶で流した。



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