第75話:辺境の街にて




 王都から馬車で1ヶ月近く掛け、ベリルとルロローズはオベリスク伯爵領へと辿り着いた。

 ペアラズール王国は縦長な形をしている為、隣国へ行くよりも国内の辺境地へ行く方が時間が掛かる。

 更にベリルが長時間馬車に揺られていられない為に、やたらと休憩が多かったのだ。


「ねぇ、何で王都で結婚式をしなかったの?」

 ルロローズがベリルへと問い掛ける。

 正式に婚約者となってあまり間を置かず、ルロローズとベリルは婚姻を結んだ。

 神殿でサインをするだけの簡易な結婚である。


実家は伯爵位に降格しちゃうし、最低」

 隣で消炎鎮痛作用のあるお茶を飲んでいるルロローズを、ベリルは黙って見つめる。


「このお茶、不味~い」

 ベリルの為のお茶を勝手に口にしておきながら、ルロローズは文句を言う。

 そして有ろう事か、ポットの中身まで地面にぶちけた。



「また休憩ですかな」

 結婚式に参加する為だとホープに言われ、一緒に移動しているルロローズの両親が、ベリル達の所へ近寄って来た。


「なぜ態々わざわざ辺鄙へんぴで不便な所を新婚旅行先に選んだのかしら。ホープってば女心を解ってないわね」

 ルロローズの母親が扇で口元を隠しながら毒を吐く。

 あぁ、そういうていで追い出されたのか、とベリルは一人で納得する。


 辺鄙で不便な領地には、この両親の屋敷も用意されているのだろう。

 ベリルへの処罰を知っているホープは、さすがに妻の両親と同居はさせないだろうからだ。


 ルロローズの初夜の相手はベリルでは無い。


 今回の結婚は、白い結婚であっても離縁は許されない。

 その代わり、ルロローズが誰を咥え込んでも、不貞扱いにはならないのだ。

 ただし生まれた子供は平民扱いになり、伯爵位の相続権は無い。



 ベリルの伯爵位は、一代限りのものだった。

 そのベリルも実質は単なるお飾りで、領地の管理は今まで通りの貴族が管理者として行う。

 ベリルを引き受ける迷惑料を王家から貰ったので、当座を譲っているだけである。

 それにベリルが居る間は、税が軽減される優遇処置を受けられるのだ。


 オベリスク伯爵領と銘打ってはいるが、税収は一切ベリル達には入らない。

 ベリル達の生活費は、国から支給される定額だけである。

 贅沢など出来ない。




 王太子である兄を支え、他国の重鎮を相手の外交で活躍し、美人で有能な妻と可愛い子供と共に暮らすはずだった。

 その為に幼い頃から勉強をし、何カ国語も話せるようにした。


 ペアラズール王国にオベリスク大公有り。

 そうたたえられるはずだったのに。


 無能で無愛想なフローレスより、有能で社交的なルロローズを選んだ。

 素直で可愛いところに惚れたのも嘘では無い。

 だが1番の理由は、外交に役立つからだった。



 ベリルの脳裏に王妃の顔が浮かぶ。

 常に「女狐」とフローレスを悪く言っていた。

「あの女は、貴方と結婚するしか道が無いのよ」

 そう言っていたのを、幼いベリルが聞いて、フローレスが自分に惚れていると誤解した。


 実際にフローレスは、ベリルがどれだけ邪険に扱おうと、婚約者から外れなかったし、勉強や王子妃教育を一生懸命に学んでいた。



 今ならば判る。

 優秀なフローレスには、第二王子妃しか道が無かったのだと。


 そして優秀で帝国第三皇子の友人であるフローレスに見捨てられたから、自分はこんな残酷な罰を受けているのだと。



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