第68話:現実を知る




 オルティス帝国から正式に婚約祝いが届いたとの報告を受けた第二王子ベリルは、その顔を喜色に染めた。

 なせならその表書きは、ベリルとルロローズの名前が書いてあったからだ。

 しくも、議会がフローレスを説得して婚約者に戻すと決めた瞬間だった。


「あはは!これであの女は、俺の妻になるという幼い頃からの望みが完全に断たれたんだな!ざまあみろ!!」

 ベリルが声高こわだかに叫ぶと、室内に居た使用人や従者達からは冷たい視線を向けられた。


 いつもなら「そうですね」とベリルの言う事を全て肯定し、媚を売ってくる従者でさえ、何も言わずにベリルを見ていた。

 その異様な雰囲気に、ベリルはさすがに焦る。

「な、何か文句があるのか!?」

 使用人達を見回すが、誰も何も言わずに視線を外した。


 今度は従者達を見るが、そのうちの一人に呆れた溜め息を吐かれてしまう。

 余りにも失礼な態度に怒鳴りつけようと口を開くが、一瞬先に相手に声を出されてしまった。



「何で好かれてると思い込んでるんだか」

 馬鹿にしたような口調とその内容に、ベリルは顔を真っ赤にする。

「何だその態度は!不敬だぞ!」

 顔を高潮させて怒るベリルを見ても、皆の態度は一切変わらなかった。


「フローレス様の居ない貴方など、何の価値も無いのですよ」

 従者の静かな声が、妙に部屋に響いた。



「は?」

 間抜けにも問い返すベリルの耳へ、他の従者がいた溜め息が聞こえる。

「近年稀に見る才女が愚鈍な王子の妻になりたいと思ってるなどと、まさか本気で言ってるんですか?」

「は!?」

 ベリルの様子など誰も気にせず、話はどんどんと広がっていく。


「側近候補になど、ならなければ良かったよ」

「同年代では力不足だからと我々が選ばれたが、せめて一人は学園に付いて行ける年齢の者が欲しかったな」

「まさか本気で妹の方と結婚しようとするとは、思いもしなかった」


「何を言って……」

 驚きに目を見開き、呆然とするベリルを誰も気にしない。


「王太子に頼まれて、とにかく持ち上げてその気にさせていたが間違いだったな」

「やはり現実を把握させた方が良かったんだよ」

「王太子も弟可愛さに見誤ったんだな」

「おだてて勘違いさせておけば、後はフローレス様が上手くやってくれる、だったか?」


 従者達の視線が一気にベリルへと向く。

「な、何だよ」

 ベリルの問いには誰も答えず、またフイッと視線が外された。


「本当の事を知ったら表に出なくなる……って、出ない方が良かったんじゃないか?」

「重圧に弱いからって甘やかし過ぎなんだよ」

「注意する時は遠回しにって、いくら遠回しに指摘しても、それを理解出来る頭が無いんじゃ意味無いんだよな」

「勉強が出来ても、頭が弱いって有るんだな」



 単なる従者だと思って、話をされても真面目に取り合わなかった者達は、ベリルの側近候補だった。

 同年代ではおぎない切れないだろうと、年上の者ばかりが選ばれていた。

 最初から側近として付けるとベリルが萎縮して可哀想だと、従者としてを築くように王太子に命令されていたようだ。


「私達では、ベリル第二王子殿下を支える事は叶わなかったようです」

「本日限りで側近候補を辞退させていただきます」

「王太子殿下に宜しくお伝えください」

「陛下と宰相には、自分達で伝えておきます」


 側近候補だった者達はベリルの前に一列に並ぶと、深々と頭を下げた。

 そしてベリルの反応も確認せずに、顔を上げて部屋を出て行ってしまった。



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