第65話:砂上の楼閣




「フローレスをさっさと登城させなさいよ!」

 王妃は手に持っていた扇を投げつけた。

 投げつけられた相手は単なる連絡係メッセンジャーであり、何の権限も無い。

 完全な八つ当たりである。

 ただでさえ悪い評判が、これで更に悪化するな、と王妃付きのメイドと侍女がこっそりと目配せしあった。


 王妃は第二王子のペドロの婚約者であるフローレスが嫌いだった。

 氷の美貌と評判で、頭も良く、非の打ち所のない完璧な淑女だったからだ。

 自分が苦労した王子妃教育を、通常の半分の期間で終わらせてしまったらしい。


「王太子妃教育と違って簡単だからよ」

 嘘である。

 成人前の教育は、王子妃も王太子妃も変わらない。


 第二王子も王妃と同じで、優秀なフローレスを嫌っていた。

 その証拠に、家族にのみ許される「ペドロ」どころか、親しい友人に許される「ベリル」呼びも許可していない。

 更にフローレスの妹であるルロローズを婚約者候補にしたいと言い出した。



 王も王妃もフローレス以外の結婚相手は考えていなかった。

 王太子に比べると能力が著しく低い第二王子。

 王太子を支えていくには、フローレスの力が必要だったからだ。


 それでもルロローズを婚約者候補に入れたのは、「一度婚約者を外される屈辱を味わえば、再び婚約者に選ばれた後は王家に感謝しくすでしょう?」と言う王妃の助言があったからだった。



「フローレスから是非にと懇願したとなれば、まだ婚約者にえられるわ」

 王妃は出された紅茶を口にする。

 温かくて甘い紅茶を飲んで少し落ち着いたのか、王妃はフゥと息を吐き出した。


「それにしても傷心旅行なんて、そんな可愛げのある事も出来たのね!」

 オーホホホと、フローレスを馬鹿にしたように高笑いをする。

 実は傷心旅行などではなく、王家や侯爵家からの遁走とんそうである。


 それを王妃が、いや、王家が知るのは、第二王子の婚約者をルロローズにするしかないと決定した後だった。




 王宮に滞在していたオルティス帝国第三皇子が突然自国へ帰国した。

 第二王子の婚約の件も、処罰の件も何も決まっていなかったのに。


 議会も、フローレス側からの再度婚約申込みがあれば問題無いのでは?との意見に傾いていた頃である。

 そして第三皇子と友人であるのなら、婚約者に戻った第二王子を取りなしてくれるだろう、と。

 侯爵家の令嬢なのだ。

 それも、長年第二王子の婚約者だった優秀な女性。

 国の為になる事を、拒否する筈が無いと議会も結論付けた。


 勿論、こんな下衆ゲスな提案をしたのは、オッペンハイマー侯爵家嫡男のホープだった。

「フローレスも傷心旅行に出る程、今回の件に心を痛めております。長年第二王子の為にと努力してきたのですから当然でしょう」

 まるでフローレスが第二王子を慕っているかのような言い方である。


 そして議会は、身内である兄が言うのなら……とその話を信じてしまった。

 一部の良識ある貴族は反対したが、多数決により黙殺された。



 そんな議会の最中に、オルティス帝国から祝いの品が届いたのだ。

 第三皇子からの個人的な物では無い。

 帝国として正式に贈られていた。


『ベリル・ザ・ドム・ペドロ・オベリスク ペアラズール国第二王子殿下とルロローズ・オッペンハイマー侯爵令嬢の婚約を、心よりお祝い申し上げる』


 ペアラズール王国としては、否定する事も出来ない。

 帝国第三皇子を国に帰してしまった事が悪手だったのだ。

 第二王子の婚約者は、ルロローズに決定した。



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