第63話:これからどうする?




 2度の馬車乗り換えをして、目的の街まで辿り着いたフローレス一行は、とにかく空いている宿屋を端から予約した。

「家族単位の者は、そのまま家族として。恋人が一緒の人は婚前旅行のフリよ」

 メイド長と執事がそれぞれ指示を出す。


 執事長と老獪な執事は、オッペンハイマー侯爵家へ残った。

 執事長は「オッペンハイマー侯爵家と最後を共にします」との事だった。

 何代もオッペンハイマー侯爵家に仕えてきた執事の家系である。

 フローレスも気持ちは理解出来た。


「でも、息子はこっち来ちゃったのよね」

 中堅の使用人を纏める立場の息子は、妻と娘と生まれて間もない息子を連れて、フローレスに付いて来てしまっていた。

 因みに老獪な執事は半年後には退職予定で、先に妻だけ来ている。



「凄い今更だけど、爵位持ってる人も何人か居るわよね?」

 侯爵家の執事や家令となると、本人が伯爵以下の爵位を持っている事も少なくない。

「そこは自己責任ですわ」

 侍女が荷物の整理をしながら答える。

 フローレスの方へ顔を向ける事さえしない。


 フローレスも、買って来た下着をベッドへ並べながら話し掛けていたので、お互い様である。

「侯爵家程のお給金は出せないし、そもそもそんなに沢山の使用人は要らないわ」

 ベビードールを繁々と眺めながら、フローレスは首を傾げる。

 首を傾げたのは、誰にあげようかしら?と思ったからである。



「ねぇ、これをあげるなら恋人同士かしら?夫婦かしら?」

 ベビードールを手に振り返ったフローレスは、侍女を見て固まった。

 いつもはカッチリと結い上げている髪をほどき、片側に寄せて軽く結んである。

 素顔に見えるが、実はしっかりとメイクしてありキツイ印象の顔は、目元パッチリふんわりやわらかい印象に変わっていた。


「誰!?」

 解っていても、つい聞いてしまう位の変わり様である。

「お嬢様は誰と会話しているつもりだったのですか?」

 侍女が呆れた声を出す。

「だって、変わり過ぎよ!?」


 付き合い自体は長いフローレスと侍女だが、あくまでもお嬢様と侍女での間柄だった。

 侍女がお嬢様大好き過ぎて、殆ど私生活プライベートが無いせいもある。



「本当は不本意なのですが、お友達同士の旅行をよそおうので」

 どこから見ても『高貴なお嬢様』が居た。

 フローレスと並んでいたら、間違い無く『お嬢様二人のご旅行』に見えるだろう。

「探しているのは、貴族のお嬢様と侍女の逃避行です。今なら裕福なお嬢様二人の旅行に見えるでしょう」

 侍女がワンピースを摘んでお辞儀をしてみせる。


「それなら私は貴女をローズと呼べば良いのかしら?」

 フローレスが侍女の名前を呼ぶと、呼ばれた侍女は心底嫌そうな顔をする。

「なぜ私の名前はルロローズ様の愛称と同じなのでしょう」

 態とらしく大きな溜め息をく侍女を、フローレスは苦笑しながら見つめる。


「でも、今までみたいに名前を呼ばないのは無理よ?友達なのだから」

 そう。今までは侍女の希望で、フローレスは彼女の名前を呼ばなかったのだ。

「この際、愛称として別の名前を名乗る事にします」

 侍女はニッコリと良い笑顔で宣言した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る