第62話:楽しいおかいもの




 時は少しさかのぼり、フローレス達は食事を終わり、それぞれが自由に動き出したところまで戻る。


「どうしましょうか、お嬢様」

「そういえば、コッソリ出て来たから下着が心許こころもと無いのよね」

 そんな会話を交わしてから、フローレスと侍女は席を立った。



 護衛は全員男性な事は、確認済であった。

 これが正式な護衛であれば、男性だろうと店内まで同行する。

 しかし今回は、アダルベルトが勝手にフローレスに付けたものだった。


 店内に入り、フローレスと侍女は色々と商品を物色ぶっしょくする。

 護衛は当然、店の外で隠れて見張っている事だろう。


「これ可愛いと思わない?」

 胸元にレースがふんだんにあしらわれたスリップである。

「お嬢様、しばらくドレスは着用されませんでしょう?実用的なシュミーズを選んでください」


 スリップはドレスの中に着る物で、見られる事を想定してあり、可愛い物が多い。

 滑りの良い生地で、フワリとしたデザインだ。

 シュミーズは、体に沿ったデザインでシンプルイズベストである。

 生地も全然違う。


「は〜い」

 侍女に注意されたフローレスは、おざなりな返事をしながら店内を更に見て回る。

 先程のシュミーズよりも更に装飾された、胸が強調されたデザインの下着を手に取った。

 すかさず店員が寄って来る。


「素敵でしょう?新作のベビードールですわ。色気と可愛さの両方があって、男性も夢中ですわよ」

「あ、私、違うので」

 よく解らない言い訳をして、フローレスはその場を離れる。

 手にはベビードールを持ったままである。



 侍女と合流したフローレスは、ベビードールを手に「どうしよう?」と苦笑した。

 侯爵家令嬢としては、間違い無くお買い上げ案件である。

 でも今は単なる平民なので、別に無理して買う必要は無い。

「もう、お嬢様ったら」

 フローレスからベビードールを受け取った侍女は、棚に返そうとして、止めた。

 逆にセットとして着用出来るショーツを手に戻って来る。


「あれ?買うの?」

 フローレスが驚いていると、侍女は極上の笑みを浮かべる。

「スリップの倍、シュミーズとはゼロが違いますのよ」

 どうやらベビードールはなかなか良いお値段のようだ。

「安全に店を出る方法を思い付きました」

 ベビードールを手に、侍女は店員へと近付いて行った。




 沢山のシュミーズと、2枚のスリップ、1組のベビードールの入った袋を持って、フローレスと侍女は下着屋の裏口から店を出た。


「本当に出られたわ」

 フローレスが目をしばたたかせながら呟く。

「これだけ購入すれば、平民でも「恥ずかしいから裏から出たい」と言う我儘わがままくらい言えますよ」

 侍女は周りに視線をやり、怪しい人物や例の護衛が居ない事を確認する。


「さ、急いで皆との合流地点へ行きましょう。さすがにあまり長いと、護衛が店に確認してしまいます」

 侍女の言葉に、フローレスも真顔になり頷く。

 不自然じゃ無い程度の早足で、二人はその場を後にした。



 護衛達はフローレスと侍女が店を出た更に四半刻しはんとき後、やっと店を訪れる。

 そして、二人が店内には既に居ない事を知るのである。

 第三皇子付き護衛では、女性の護衛に不慣れでも当然であった。



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