第36話:策士




 ルロローズは、他の生徒が近くを通ったのを確認してから、第二王子に声を掛ける。

「ベリル様!お姉様を責めないであげて!私とベリル様の仲が良いからしょうがないですわ!」

 誰に向けて言ってるのか、すぐに判る位、大きな声だ。


 最近学園内で囁かれ始めた「他国の王子に、惚れられてると勘違いしていた」という恥ずかしい噂を払拭したいのだろう。

 いや、フローレスの不名誉な噂で塗り替えたいのかもしれない。

 婚約者に相手にされない、惨めな女だと。


 論点をズラされた事に苛立ったフローレスが更に注意しようとしたが、その前にアダルベルトが口を開いた。

「今日はやる気が無いようですので、中止としましょう」

 ルロローズは勿論、他の人間もアダルベルトを注視する。

 整った顔が無表情になると、これ程冷たい印象になるのか、とフローレスは変な方向に感心していた。



「な!失礼な!何様のつもりだ!」

 第二王子がアダルベルトへ文句を言うが、お門違いである。

 今、この場でアダルベルトはルロローズの緑属性の教師であり、それで無くとも帝国の第三皇子だ。

 どちらにしろ第二王子より立場が上である。


「緑属性の訓練よりも、デートを楽しみたいようですからね」

 アダルベルトがさげすむようにルロローズと第二王子を見ると、二人はフイっと視線をはずした。

 それを確認して、アダルベルトは横のフローレスへと視線を寄越す。


 アダルベルトの視線の意味に気付いたフローレスは、態とらしく咳払いをした。

「今日は公園での訓練です。既に公園側に許可も貰ってしまってます」

 フローレスの説明台詞を聞いて、アダルベルトは殊更大きな溜め息を吐く。

「しょうがありませんね。今日だけ見学を許可します」

 恩着せがましく、第二王子へと告げた。




【街中でベリアル王太子とのお忍びデートを楽しんでいたピンキーは、最近出来たカフェで休憩しようと提案した。

 それが悲劇を起こすとも知らずに。

 カフェの扉が内側から開き、出て来たカップルとぶつかりそうになった。

「ごめんなさい!」

「気を付けなさいよ!」

 二人の視線が合わさる。

「お姉様」

「ピンキー」

 ピンキーの横にはベリアル王太子が、ホワイトの横には例の教師が居た。】


「ここ!このシーン好きなんですよ。緊張が高まります!」

 馬車の中で、アダルベルトは新作の本を開いている。

 先程の不機嫌さが嘘のように、明るい表情だ。

 いや、実際に嘘だった。

「この後の場面を再現しようとしてるのですね?」

 フローレスが問うと、それはそれは美しい笑顔が返ってきた。



 今現在、こちらの馬車の中はアダルベルトとフローレスと侍女の三人だけである。

 これはアダルベルトの御忍び用の馬車だった。

 第二王子とルロローズは、オッペンハイマー侯爵家の馬車に護衛と三人で乗っている。


「この後の展開は、険悪な雰囲気の四人が公園に移動してののしり合うんですよね」

「言い方!」

 侍女の説明に、フローレスがすかさずツッコミを入れる。

「その為に、険悪な雰囲気にしてくださったに感謝しなくてはいけませんよ、お嬢様」

「解ってるわよ。……ありがとうございます。アダルベルト殿下」


 二人の仲の良さに、アダルベルトは思わず笑ってしまった。


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