第32話:予想外の提案




 いつものように第二王子とルロローズと一緒に馬車で学園へと向かったフローレスは、第二王子がルロローズをエスコートしたのを確認して、席を立った。

 二人が歩き始めたタイミングで馬車の出口へ立つと、馭者が手を貸してくれるのだ。

 立ち去る前だと、第二王子が手を出す可能性が有る為に、馭者は手を出せない。


 目の前に差し出された手に、フローレスは何の疑問も持たずに触れた。

 馭者だと疑っていなかったからだ。

 いつもと違う感触に思わず顔を上げると、最近やっと見慣れてきた麗しい顔があった。


「なっ!?」

 驚いた拍子に、馬車の階段も踏み外した。

 ガクンと崩れ落ちる体を、手の持ち主であるアダルベルトが抱きとめた。

「大丈夫ですか?」

「申し訳ありません。ありがとうございます」

 思わずしがみついた腕を解き、フローレスはアダルベルトへ謝罪する。

 そして、本人にしか聞こえない小声で、咎めるように問い掛けた。


「何していらっしゃるんですか?こんな所で」

 フローレスの問いに、アダルベルトはフワリと……いや、ニヤリと笑う。

 どちらにしても、周りからは黄色い声が聞こえてきた。

 思った以上に注目されていた。




「ほら、恋愛小説でよくあるじゃないですか。悪役令嬢が不貞を捏造されて婚約破棄されると、反撃してハッピーエンド。他国の王子と結婚して幸せってアレですよ」

 アダルベルトを特別応接室へと引きず……案内したフローレスは、なぜ学園に居るのかを質問した。

 返って来た答えが、上記の意味不明なものである。


「それは、私が悪役令嬢で、反撃されるのは第二王子殿下ですよね?」

「そうなりますね」

 二人は無言になる。

 その表情は正反対で、アダルベルトは大変良い笑顔であり、フローレスは苦虫を噛み潰したような顔である。


「……それ、第二王子殿下が不幸になるアレですよね?」

「そうですね」

「駄目じゃないですか」

「え?駄目ですか?」

「駄目でしょう」

「それは、なぜですか?」



 アダルベルトに問われ、フローレスは即答出来なかった。

 そう言われると、なぜ駄目なのだろうと考えてしまったからだ。

 別にフローレスが望んで婚約者になったわけでは無いのに、なぜか最初から敵意剥き出しだった。


 交流会にはまともに来ず、スッポカシた事もある。

 それが侯爵家で交流するようになり、初回にフローレスの了承無く、ルロローズを勝手に参加させた。

 まだフローレスが婚約者だった頃に、ルロローズに懸想した。


 今の姉妹二人が婚約者候補になっている状況は、フローレスが密かに希望して誘導したので気付かなかったが、普通に考えたらかなりの駄目男だ。

 出来の良いフローレスをキープしておいて、ルロローズが王子妃確定したら、フローレスをポイ捨てするのだ。


 ルロローズが育たなかった時の為に、フローレスが婚約者から婚約者候補になった事を発表していない時点で、フローレスだけが負担を強いられていた。



 あれ?別に駄目じゃなくない?


 フローレスは、目からポロリと大きな鱗が落ちた。

 今までは第二王子の婚約者と周知され過ぎていて、周りに年頃の男性が寄って来なかった。

 しかしなぜか、帝国の第三皇子であるアダルベルトは、協力する気満々である。


 フローレスは婚約者なので、小説ほどの酷い制裁は第二王子に科される事は無いだろう。



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