白色に染められたなら

ケストドン

第1話

 電車から降りて駅のホームに出たとき、あたりは白色に満たされていた。膝までの高さはある積雪量で、徒歩で帰るのは絶望的だと思われる。除雪車が通るまで待たないといけない。ため息をついて、私は駅構内の待合室のベンチに腰を下ろした。

「今のうちに迎えたのんどけよ」

 隣に座ったS君は私に声を掛けてきた。

「ああ、けど朝にちょっと喧嘩してもうたから、迎え来てくれるか分からん」

 私はスマホを取り出して、家に電話を掛ける。数コール目で母親が出た。駅まで迎えに来てほしい旨を伝える。

『お父さんが迎えには行くなって言うとるから』

 予想はしていた。5キロメートルの道のりを吹雪の中歩いて帰ってこいと言うのだ。それも歩道側は除雪されていないのに無茶な話である。私は抗議したが聞き入れてくれることはない。電話が切られてしまった。

 S君に伝えると「なんやそれ、ひどいな。母さん来たらお前も送ってくれるか頼んでみようか」と言っていた。気持ちだけ受け取っておくと返答して、私は徒歩で帰ることに決めた。

 借りを作りたくなかったのもあるが、途中で倒れて低体温症で病院に担ぎ込まれれもすれば、親父に一泡吹かせることができるのではないか。そんな打算だった。

 親父のことは昔から嫌いだ。暴力へのハードルの低さ、アルコール臭い息、信仰宗教に嵌って金をドブに捨てるような真似を繰り返すことも、母親を傀儡のように扱うことも。

 家に帰りたくない。というか、死んでも良いとさえ毎日思っている。白い雪に包まれて最後は、お爺ちゃんと同じように低体温症で息絶えるのも悪くない。一人笑いながら歩き始めた。

 向かい風で歩くのがとてもしんどい。体中に雪が直撃する。冷たく何故か心地よい。

 黒色の制服は白にだんだんと染め上げられる。

 1キロメートルは歩いただろうか。ヘッドライトが体を照らし、車が横を通る音を聞いた。交通量が増えてきた。除雪車が通ったんだとなんとなく理解する。車道側に降りて歩ければ楽だろうが、轢かれる危険性が高くそれはできない。

 呼吸が少し辛くなってきた。冷たい向かい風に反抗するように体を前傾にしながら膝まで雪に埋もれた足を持ち上げて前に踏み出す。何度も繰り返す。歩けてはいるが、もう足の感覚がない。凍傷にでもなったのか不快な痛みが余韻として残る。

 好きな曲を聴きたくなった。かじかんで震える手をどうにか可能な限り制御してリュックサックからイヤホンを取り出して耳に装着しプラグをスマホに差し込む。

 再生ボタンをタップすると外の音はシャットアウトされて、心地よいピアノの音に体が飲み込まれる。先ずは、好きなドラマのメインテーマ。次はロックバンド。ヒップホップ。色んな音で私の溶けかけていた意識を戻すことができた。

 もう何キロメートル歩いたのだろう。意識ははっきりとしていても震えが止まらない。足が持ち上がらない。目の前の世界が斜めに映る。倒れこんだ雪の中。匂いはない。ただ冷たく柔らかい。とてつもない眠気に襲われた。ここで寝てはつまらないだろう。本能的に反抗して体を起こす。足はなんとか動くようになっていた。

 また、無意味に歩き出す。雪から足を引っこ抜いて、前に、前に。

 先ほどと同じように眠たくなってきたとき、細い路地を横目に捉えた。不思議なことにその路地には雪が一切積もっていない。上には屋根もないのに。ただただ不思議な現象を目の当たりにした。人がギリギリ通れるような幅だ。

 その路地に体を入れて、制服に付いた雪を震える手で払いのけてから座り込んでしばらく呆然とした。非現実的な現象だと理解する。上を見ると雪は確かに降っているのに、ここには入ってこない。

 リュックからお茶を取り出して、ゆっくりと飲んで休憩していると、遠くから声が聞こえた。

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