第89話 独占欲

 瀬川さんの馬鹿げた命令にここにいる全員が驚いている、というかもはや引いている。


 この最後のゲームを迎えるまでにも『ハグをする』とか『手を繋ぐ』とかギリギリに見える命令はあったが、実際それらは大してハードルの高い命令とは言えないものばかりでなんとか乗り切ってきた。


 それなのに、瀬川さんは最後に一線を超えた命令をしてきやがった。


 いや、でも冷静になって考えると『指を舐める』という命令は『キスをする』とか『服を脱ぐ』という命令と比べてしまえば比較的やりやすい命令なのではないか……?


 あーダメだ。


 冷静になろうとしてみたが、ここまでの疲労も相まって冷静になることができず正常に思考することができていない。


「さぁ、まず一番は誰なんだい?」


 瀬川さんはテンションが高くウッキウキでそう訊いてきたが、訊かれる側からしてみればテンションが上がるはずもなく瀬川さんとは正反対の反応になってしまう。


 それに、僕は他のメンバーよりも危機感を覚えているので余計にテンションが下がってしまう。


 僕が先程瀬川さんの命令を聞いて舌打ちをしたのはただ馬鹿げた命令をしてきたからではない。


 僕が三番を引き当て、誰かに指を舐められなければならないからだ。


 舐める側になるよりまだ舐められる側になる方が気持ちは楽ではある。

 しかし、僕の指を舐める人の気持ちを考えると心中穏やかではない。


 まあ女子が舐められる側にならなかったのは不幸中の幸いだろう。 

 僕や翔太に指を舐められるなんて地獄絵図でしかない。


 とにかく、僕の指を舐めるのは翔太であってくれ。

 ここまでのゲームでも際どい命令は奇跡的に同性同士が指名されることでなんとか回避してきたのだから。


 いや、そりゃ僕だって翔太に舐められるよりは千紗乃に斜められたいよ?


 でも、それでも女子たちのことを考えると僕の指を舐めるのは翔太であるべきだ。


「あ、わ、わたし……です」


 小さい声でそう言いながら手を挙げたのは藤田さんだった。


 その瞬間、僕は思ってしまった。


『千紗乃じゃないのか……』と。


 女子には僕の指を舐めさせるべきではないと頭ではそう思っていながら、実際女子である藤田さんが指名された瞬間、僕の指を舐める藤田さんに哀れみの視線を送るでもなく、どうせなら千紗乃に舐めてもらいたかったと考えてしまったのだ。


 僕は頭をその考えを吹き飛ばすようにブンブンと頭を左右に振った。


「藤田さん、こんなのただのゲームだし、嫌なら嫌って言いってもいいんだぞ」

「ただのゲームぅ? これは真剣なゲームなんですけどぉ? 命令に背くならそれ相応の対価を払ってもらうんですけどぉ?」


 こいつ、本当に腹の立つ喋り方をしてきやがる。


「だ、大丈夫です‼︎ 私舐めます‼︎」


 藤田さんは決意を固めたようで、ぎゅっと両手に力を込めながらそう言ってきた。


「ほらほら〜。憂もそう言ってるしぃ?」


 瀬川さんの圧力には屈したくなかったが、藤田さんがそう言うなら僕も覚悟を決めよう。


「……はぁ。分かったよ。ごめん、藤田さん」

「いえ。それじゃあ……いきますね」


 そして少しずつ藤田さんの唇が僕の指へと近付いてくる。


 その距離は5センチ、3センチ、1センチと近付いて行き、ついに僕の指が藤田さんの口の中へ入る。


 後は藤田さんが口を閉じて指を咥えるだけとなり僕は覚悟を決め目を閉じた。


「ストーップッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


 大きな声に驚きながら目を開けると、僕の指を舐めようとしていた藤田さんを千紗乃が羽交締めにして僕から引き剥がしていた。

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