第83話 伝えたい
「相談があるんだけど」
僕がリビングに置かれたソファーでテレビを見ていると、千紗乃から声をかけられた。
逃げる藤田さんを追いかけて屋上前で会話をした日から一週間が経過したが、なぜか千紗乃の顔色は優れていない。
屋上前で藤田さんと話した内容は全て千紗乃に伝えてあるが、その内容の中に何か気になることがあったのだろうか。
「相談?」
「藤田さんのことについてなんだけど」
「藤田さんのことって、藤田さんは僕のことを諦めてくれたからそれでいいんじゃないのか?」
「私も最初はそう思ってたんだけど……」
藤田さんが僕を諦めてくれたことで問題は全て解決したはずだ。
それなのに、千紗乃は一体何を考えているのだろう。
「何か気になることでもあるのか?」
「私たちって嘘の恋人でしょ? それなのに、本当に灯織君のことが好きな藤田さんの気持ちを終わらせて良かったのかなって……。瀬川さんが発端とはいえ藤田さんは勇気を振り絞って灯織君に声をかけたのに、私たちの嘘のせいで藤田さんの好きを終わらせるのが正しいことには思えなくて……」
実はと言うと、千紗乃が考えていたことと同じようなことを僕も考えてはいた。
藤田さんは引っ込み思案なタイプで、皆無とは言わないまでも恐らく恋愛というものを経験したことは少ないだろう。
そんな藤田さんの大切な気持ちを僕たちの嘘で消し去ってしまっていいのだろうかと。
しかし、僕はその気持ちに向き合うのではなく考えないようにしてしまっていた。
「正しくはないだろうな」
「だからね、藤田さんに私たちの関係は嘘だって伝えたいの」
「それでいいと思う」
「え、いいの?」
僕のまさかの回答に千紗乃は面食らっている。
千紗乃の発言は驚くべき内容で、本来であれば僕たちの関係が今後も続いて行くように止めるべきことなのかもしれないが、僕も千紗のと同じく僕たちの関係を藤田さんに伝えるべきだと思った。
「いいよ。僕も同じ気持ちだったから」
「そ、そう……。驚いて止められるかと思ってたから、びっくりしたわ」
「僕だって藤田さんには申し訳ないと思ってたからな」
「そ、そう。ならよかったわ」
「それにさ、その優しい決断ができる千紗乃が僕は好きだよ」
そう言いながら僕は千紗乃の頭を撫でる。
「ちょ、ちょっと⁉︎ きゅ、急にやめてよ何やってんのよぉ〜‼︎」
本当は千紗乃が僕たちの関係を藤田さんにバラしたいと言った時点で、『じゃあ本物のカップルになればいいのか?』って強気に言える男だったらよかったんだけど……。
藤田さんに僕たちの関係を伝えるのは問題ないが、それではまた一歩僕と千紗乃の関係が後退したことにもなる。
藤田さんが勇気を出して僕に声をかけて来たように、僕もそろそろ勇気を出して、千紗乃との関係を次の段階に進めなければならないのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます