第61話 盗み聞き
浴衣に着替えた千紗乃はお風呂へと向かう準備を始めた。
夕飯まではまだ時間があるので、先にお風呂に入ろうと父さんから連絡があったのだ。
お風呂に行く準備をしている千紗乃とは対照的に僕は座布団に座りテレビを眺めている。
父さんと一緒に風呂に入るのは問題無いが、そうなれば千紗乃の父親も一緒に入ることになるだろう。
それは流石に気まずすぎるので、僕は父さんたちとお風呂に入る時間をずらすことにしたのだ。
『ウチの娘はどうだい灯織君』なんて聞かれた日にゃあ回答に困りすぎて、どう回答しようか悩んでいる間にのぼせてしまう。
まあもし本当にそんなことを聞かれたのだとしたら、『最高です』と答える他ないのだが(本音)。
それにしても千紗乃さん、君美少女すぎやしないかい。
テレビを眺めるフリをしながら、浴衣姿の千紗乃の方へ舐め回すように視線を送ってしまっている。
「それじゃあ行ってくるから」
「は、はいよ。いってら」
急な声をかけられ即座に視線をテレビへと移す。
まさかずっと視線を送ってたことに気付かれたりはしてないよな……。
そう不安には思いながらも、気分転換にと千紗乃が部屋を出て行ってからバルコニーに外の空気を吸いに出た。
ふぅ……。
あまりにも変則的な旅行ではあるが、今のところは大きな問題もなく楽しめている。
父さんと母さんも千紗乃の両親とかなり仲良さげに話していたし、昔から一緒に働いているだけはある。
両家総動員の旅行がこうも上手く行ってしまうとなると、このまま僕が千紗乃と結婚する未来もあり得なくはないのかもしれない。
「……いよねぇ。うちの子、頼りないし」
「そんなことないですよ。ウチの子には勿体無いくらい。灯織君礼儀正しいみたいだし、旦那も喜んでます」
バルコニーで外の空気を吸っていると、隣のバルコニーから僕の母親と千紗乃の母親が会話をする声が聞こえてきた。
しかもどうやら僕と千紗乃の話をしているらしい。
盗み聞きするのは申し訳ないが、お互いの母親が今僕たちに与えている評価が今なら聴き放題かもしれない。
そう思った僕はできるだけ母さんたちの部屋の方に体を寄せた。
「なんの取りえもない灯織から礼儀正しさまでなくなったら何も無い男になっちゃうわね」
「取り柄がないなんてそんなことないですよ。千紗乃がいつも灯織君は優しいって自慢してきてるくらいですし」
母さんたちの僕たちに対する評価を聞けるかもしれないと期待して耳を傾けていたが、予想外の話を聞いてしまった。
まさか千紗乃が僕のことを優しいと言ってくれていたなんて……。
いや、舞い上がるなよ僕。きっとその発言は僕たちが付き合っていると信じ込ませるための工作なんだ。
だからきっと、心の底では優しいだなんて思ってはいないだろう。
「それならいいんだけど……。灯織の様子を見てたらね、灯織と千紗乃ちゃん、本当に付き合ってるのかなって思う時があるの」
その発言を聞いた僕は思わずバルコニーから落ちてしまうのではないかという勢いでずっこけそうになる。
「え、なんの音?」
「猫か何かでしょうか」
危なかったぁ。僕が盗み聞きしていたことがバレると厄介だし、気付かれなくてよかった。
「そ、それならいいけど。それでね、取り柄があるわけじゃないのにあんなに綺麗で可愛くて優しい千紗乃ちゃんを無理矢理灯織の許嫁にしてよかったのかなって思う時があるの」
「それは大丈夫です。千紗乃、灯織くんのこと本当に好きそうですから」
千紗乃母の発言を聞いた僕は、再びバルコニーで大きなリアクションをとってしまった。
「な、なに⁉︎」
「また猫でしょうか?」
よ、よかった。怪しまれはしたが、僕がたてた物音を猫か何かだと思い込んでくれている。
それにしても、また聞いてはいけない話を聞いてしまったな……。
もう盗み聞きはやめておこう。
それにしても僕と千紗乃が付き合っていない様に見える時があるってのは何事だ?
上手く欺けていると思っていたが、僕たちの親だけはあると言ったところだろうか。
僕たちの関係に気付かれる前に、僕と千紗乃が将来を誓い合ったカップルであると信じ込ませるための行動を起こさなければならなさそうだ。
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