第56話 誕生日へのこだわり
「もう出てってやるんだから‼︎」
「えっ⁉︎ 千紗乃⁉︎ ちょ、まっ……」
灯織君が私を呼び止めてくれているにも関わらず、私は感情に任せて家を飛び出した。
そんな単純なことで怒って家を飛び出すなんて、灯織君に嫌われてしまっても仕方がないかもしれない。
好かれたいと思っているのに、嫌われるような行動をとっちゃうなんて矛盾してるよね……。
でも、でもだよ⁉︎ 嘘でも恋人やってて、しかも同棲してる彼女のさ、誕生日を知らないってどういうこと⁉︎
多少なりとも私に気があるのだとしたら、誕生日くらいは本人なり友人なりに訪ねておめでとうの一言くらい言ってくれたっていいじゃない。
それなのに、灯織君ってば全く私の誕生日なんて気にも留めていませんでしたって感じで、おめでとうの一言すらなかったのだ。
期待してしまっていた私にも責任があるとは思っている。
正直期待してたよ? おめでとうだけじゃなくてどこかに連れて行ってくれたり、プレゼントを買って渡してくれたり、ケーキを買ってきてくれたり……。
別に私の誕生日にお祝いをしなければならないなんていう決まりはないし、そんなことでヘソを曲げていたらこの先も嘘のカップル、ましてや同棲生活なんて上手く過ごしていけるはずがない。
私が我慢して何事もなかったかの様に過ごすのがベストだったんだ。
それでも私は、せめておめでとうの一言を言ってほしかった。
私の中で、誕生日が大切になってしまったのは、私の過去に原因がある。
昔から両親は仕事で忙しく、私の誕生日に家にいないということが何度もあったのだ。
子供ながらに、仕事が忙しいのだからしょうがないとなんとか理解しようとはしていたものの、誕生日当日に両親がいないとなれば本当に自分のことを大切に思ってくれているのだろうかと不安にもなる。
百華は要領が良くて物分かりもいいので自分の誕生日に両親がいなくてもなんとも思っていないようだったが、私は百華のように物分かりが良くなかった。
今でこそ両親の仕事が落ち着いて数年前からは毎年ちゃんとプレゼントを渡してくれてケーキを買ってお祝いをしてもらってはいるが、昔に誕生日を祝ってもらえなかったという過去が、私が誕生日に強いこだわりを持つ原因となってしまったのだと思う。
とはいえ、灯織君からしてみればそんなのは知ったこっちゃない話。
お互いのことを知るのに質問をしあったりもしたけど、まだ出会ってから二ヶ月しか経過していない私たちがお互いの全てを知るというのは無理な話だ。
勝手にこっちの事情で怒って、家を飛び出して……。
灯織君に嫌われてしまってもおかしくない。
好きだからこそ一緒にいたいし、嫌われたくない。
だけど、灯織君が大切な人だからこそ、誕生日をお祝いしてほしかった。
たった一言、おめでとうと言ってもらえるだけで良かったのだ。
それなら自分から灯織君に誕生日を伝えればいい話じゃないかと思う人もいるのだろうけど、それは何か違うような気がして……。
様々な感情が渦巻き、その感情を抑えきれなくなってしまった私は堪えきれずに涙を流しながら実家へと帰宅した。
きっとこれが、結婚した夫婦が喧嘩をして実家に帰るという感覚のだろう。
そう面白おかしく考えながら空を見上げてフッと笑うことで、このどこにもやり場のない感情を薄めようとしていた。
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