同棲終了?
第54話 帰省
時刻は午前九時。
目が覚めた僕はベッドの上でスマホを操作していた。
今日から夏休みに入り、これから毎日グダグダし放題。
明日も明後日も、一ヶ月以上先まで学校へ行く必要はないと考えながらベッドの上でスマホを触っている時間はなぜこれほどまでに幸せなのだろうか……。
リビングから物音が聞こえてくるので千紗乃はすでに目を覚まして何やら活動しているのだろう。
夏休み初日から家事でもこなしてくれているのだろうか。
本当にできすぎた許嫁である。
妹sの襲来を乗り越えた僕たちの関係性はより強固なものになっていた。
苦難を共に乗り越えたことで戦友的な感覚が芽生えている。
強固になったのは僕たちの関係だけではない。
妹sとの関係もあの日の宣言通り、有亜は千紗乃のことをお姉ちゃんと、そして百華ちゃんは僕のことをお兄ちゃんと呼ぶ程度には強固なものになっている。
ここ最近、急に千紗乃と許嫁になったり同棲を始めたりと慌ただしい毎日を送っていたので、夏休みにも何か問題を抱えて突入することになるのではないかと思っていたが、このまっさらな状態で、清々しい気分で夏休みに突入できたのは非常に大きい。
夏休みくらいはゆっくりさせてほしいものだ。
……いや待てよ? よくよく考えてみれば、夏休みということは僕だけでなく勿論千紗乃もずっと家にいるわけだ。
そうなると、学校に行っている時よりも千紗乃と一緒にいる時間は急激に長くなる。
そう考えた途端、期待と不安の様な感情が入り混じり複雑な気持ちになってしまったが、今日はせっかくの夏休み初日。
無駄なことを考えて過ごすよりも、夢と希望を抱きながら過ごしたい。
そして僕は窓のカーテンを開け、日の光を浴びてから自分の部屋を出た。
部屋を出るとリビングではまだパジャマ姿の僕とは打って変わって出かける準備を済ませた千紗乃が何やら荷造りをしている。
「おはーす。やっぱ夏休みは最高だなぁ。時間気にせず寝れるし」
「……出てく」
「え? なんだって?」
千紗乃は同じ部屋にいるのに、聞こえないくらいの小さい声で何かを呟いた。
「もう出てってやるんだから‼︎」
「えっ⁉︎ 千紗乃⁉︎ ちょ、まっ……」
僕は千紗乃を止めようとしたが、千紗乃は一度もストップすることなく家を飛び出していってしまった。
「……え、どゆこと?」
夏休み初日、朝から気分も清々しく最高の夏休みが始まると思った矢先の出来事。
夏休みくらいはゆっくり過ごせると喜んでいた僕だっだが、どうやら夏休みもゆっくり過ごすことはできそうにない。
千紗乃が飛び出していった後、僕はリビングに置かれたソファーに座り朝の情報番組を眺めながら千紗乃が怒っている原因について考えていた。
何か千紗乃が嫌がる様なことしたかな……。
一度裸を見てしまうという大事件は起こしてしまったが、それ以外大きな事件は起こしていない。
どれだけ考えても千紗乃を怒らせてしまった原因に心当たりはなく、僕は途方に暮れていた。
同棲開始から一ヶ月が経過しようとしており、最近少しずつ気が緩んできていたのは確かだ。
パジャマを脱ぎ散らかしたままにしたり、使い終わったコップを洗うことなくそのままリビングのテーブルの上に置きっぱなしにしたりして注意されることも多くなっていた。
それでも、少しずつ築き上げてきたこの関係を崩さないために、千紗乃を怒らせることだけはないよう、千紗乃の気に触ることだけはないようにと気を遣って生活してきたつもりだ。
それなのに、こうして家を出ていってしまう程に怒っているというのだから、僕は自分の知らないところで何か余程のことをやらかしてしまったのだろう。
とはいえ、どれだけ考えても心当たりはない。
まあやられた側にとっては気に触ることでも、やった側は気付いていないなんてことは往々にしてある。
どうすりゃいいんだよそんなの……。
千紗乃が怒って出て行ってしまう原因に心当たりがない僕はどうすることもできず、ただ机に突っ伏したのだった。
千紗乃が出て行って一時間が経過したところで、僕はとりあえずRineでメッセージを送ってみることにした。
千紗乃が怒っている原因に僕が気付いていないということを伝えることになってしまうので、火に油を注ぐような物ではあるが、今できる対策はそれくらいしかない。
灯織『ごめん、僕何かしたか?』
理由は分からないものの、僕が何か千紗乃の嫌がることをしてしまったのは明らかなので、まずは謝罪から入った。
しかし、千紗乃は中々返信をしてこない。
一時間程してようやく既読がついたかと思いきや……。
千紗乃『なんでもない』
返信が来たのはたったこれだけ。
この一言だけでは千紗乃がなぜ不機嫌になっているのかなんて分からない。
ただ一つ、このメッセージから分かるのは千紗乃がただひたすらに不機嫌であるということだけだ。
灯織『何か嫌なことしたんなら謝る』
何も分からない僕はとにかく謝ることしかできず、二度目の謝罪の言葉を送る。
しかし、このメッセージにすぐ既読は付いたものの、千紗乃からこれ以上メッセージが返ってくることはなかった。
千紗乃が家を飛び出して行ってから一週間、結局僕が送ったメッセージにはあれ以来返事がなく、僕はなす術なく今日もリビングに置かれたテーブルに突っ伏していた。
最高の夏休みが始まると思っていたのに、まさかこんなことになるなんて……。
なんて自分本位で考えてしまってはいるが、千紗乃だって僕に何も言わずに家を飛び出して言ってしまう程に嫌な思いをしたのだから、僕が夏休みを楽しめないでいるのは当然のことである。
「はぁ……。なんで家を出てったかすら分かんないのにどうしろって言うんだよ……」
夏の暑さにも当てられて、僕の脳内は完全に溶けてしまい何も考えられないでいた。
ただ一つだけ分かっているのは、千紗乃がいないこの家に一人で住んでいるのがあまりにも寂しいという事実だけ。
ここ最近千紗乃とは距離を縮めていたと思うし、千紗乃がいなくなったら寂しくなるというのは実際にいなくならなくたって分かる。
しかし、実際にいなくなってみるとその寂しさは予想の十倍を越してきていた。
僕にとって千紗乃はもうなくてはならない存在になっているってことか……。
「こうなったら……」
僕はおもむろにスマホを取り出す。
何も考えられなくなった僕がとった行動は、千紗乃に電話をかけることだった。
流石に電話なら千紗乃だって無視できまい。
そう思いながら電話をかけ、一コール、二コールと僕の耳元でコールが鳴り響く。
そうしてコールが十回鳴り響いたところで僕は電話をかけるのをやめた。
「なんなんだよもう‼︎」
メッセージに返信はない、電話にも出ないとなればもう僕が千紗乃と連絡を取る手段はない。
こうなったら、家に直接出向くしか無いが……。
千紗乃は両親になんと言っているかは分からないが、僕が家を訪ねてしまえば僕たちの嘘の関係に気付かれてしまう可能性もある。
千紗乃の方は恐らく、夏休みだから家に帰ってきた、とか適当な嘘をついて誤魔化しているだろうし、やはり僕が突然家に押しかけるのは得策ではない。
もう完全に詰んでるじゃんこれ……。
……いや、待てよ?
まだ一つだけ、千紗乃の現在の状況を確認し、連絡を取ることができる可能性が残っている。
そうして僕が助けを求めたのは、千紗乃の一番の理解者だ。
灯織『ちょっと相談があるんだけど』
百華『じゃあ家いっちゃいますね〜』
こうして僕は、千紗乃がどういう時にどんな理由で怒ったりするのかを全て把握してあるであろう百華ちゃんを家へと呼び出した。
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