第10話 「神獣」
「疲れた…もう歩けないわ…」
「我慢しろ、もう少し前に進んで起きたい」
とぼとぼ歩くシエルに、ゴルドが言う。
現在は6日目のお昼頃。
つまり、もう6時間以上休憩なしで歩き続けているのだ。
無理はない。
むしろ、今現在も元気に前を歩いている虎太郎が異常なのだ。
「なんだ、歩けないなら背負ってやろうか? 人1人くらい背負えるくらいには元気だぞ」
「病み上がりに世話にならないわよ…」
虎太郎の提案を断り、シエルは歩き出す。
「前方から川の音がする。 そこに着いたら休憩にするぞ」
「了解よ…」
「ほら、これ使うか?」
虎太郎は、どこから見つけてきたのか、丈夫そうな木の枝を持ってきてシエルに渡した。
シエルは木の枝を杖のようにして歩くと、顔に少し元気が戻った。
「何これちょっと楽じゃない! 杖代わりにはちょうどいいわね!」
「だろ! 何かに使えないかなと思って拾っといたんだ!」
「…ババァみたいだな」
ゴルドがボソッと呟くと、シエルの唇がプルプル震え出した。
そして…
「ふんっ!!!」
という掛け声と共に、虎太郎から渡された木の枝を膝で真っ二つに折った。
「あー!! 俺の枝が…!」
「ほら行くわよ!そんな杖なんかに頼らなくても、まだまだ元気なんだから!!」
シエルは怒りをパワーに変えたのか、今度はシエルがどんどん先に進む。
「俺の枝…良いの見つけたと思ったのになぁ…」
虎太郎は折れた木の枝を悲しそうに見つめながら持ち、今度は虎太郎がとぼとぼと後ろを歩いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぅー…やっと休憩出来るわね…」
「水うめぇー!」
「時間がない。 座りながらで良いから見ろ」
ゴルドが地面に丸を書く。
そして四方に四角をかく。
「これが魔獣の森、俺達が入ってきた場所はここで、今俺達がいる場所はこの辺りだ」
ゴルドが丸の中に点を書く。
その場所は、ほぼ中心と行って良い場所にあった。
「じゃあ、もうすぐ中心って事か!」
「あぁ。 だが一つ問題がある。 魔獣の森は、中心に大きな岩山が2つ並んでいて、その岩山と岩山の間に昔人間が作った通り道がある。 つまり、中心を抜けるにはそこを通るしかないって訳だ」
「ん? それの何が問題なんだ? 道が1つなら楽じゃね?」
「馬鹿ね大問題よ。 もしその通り道に強い魔獣がいたら、私達は終わりよ」
「あー…」
確かに、今の実力では魔獣に勝つ事は出来ないし、時間的にも戦っている余裕はない。
「そういう事だ。 1番は魔獣がいない事が1番だが、もし魔獣がいた場合、回り込まなければいけない」
ゴルドは、岩山を迂回するルートを提示した。
「だがこのルートの場合、7日目が終わる頃までに辿り着ける保証はない。
休みなし睡眠無し、尚且つ急ぎで移動するようになる」
虎太郎とシエルは唾を飲む。
6時間歩いたからこそわかる。
これ以上にキツくなれば、虎太郎はまだしも、ゴルドとシエルには辛いだろう。
「「魔獣いませんように…」」
虎太郎とシエルは神に祈る。
ゴルドは川へ移動し、川の水を飲む。
「あと少し休んだら移動するぞ。 午後からは寝るまでひたすら移動だ。
気合いいれろよ」
「おう!」
「…虎太郎、もし私が限界になったら、背負ってちょうだい」
「まかせろ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
午後になり、虎太郎達はひたすら歩いていた。
道中なんどか魔獣の気配を感じたが、木の裏に隠れたりしゃがんだりしてなんとか遭遇は避けてきた。
中心に近づけば近づく程、魔獣の数は増えていった。
だが…
「…おかしい」
「なにがだ?」
ゴルドが呟く。 虎太郎が質問すると、ゴルドは答えた。
「今俺達がいるのはほぼ中心、もう少し歩けば岩山だ。
なのに、さっきから魔獣の気配がねぇ」
「やっぱりそうよね? お昼の休憩が終わってから移動を開始した頃は、何匹か魔獣の気配を感じだけど、今はびっくりするくらい何も感じないわ」
「あぁ…これは仮説なんだが…っ!隠れろ!」
突然のゴルドの声に、虎太郎とシエルは咄嗟に物陰に隠れた。
すると数秒後、虎太郎達の進行方向から巨大なダチョウ型の魔獣が走り去っていった。
ダチョウ型の魔獣は傷だらけで、虎太郎達に気づかずに去っていった。
「…やっぱり、そういう事か」
ゴルドは、何か分かったかのように話し出す。
「魔獣達は、何かから逃げている。 この先に、何かいるぞ。
それも、とてつもなく強い奴がな」
「強い奴…」
「あぁ。 他の魔獣がいないのはそのせいだ。 だが、逆にこれはチャンスでもある。 他の魔獣がいないなら、素早く中心を抜けられる可能性がある」
「おぉ!」
「急ぐぞ」
虎太郎達は、急ぎ足で中心へと向かった。
数分歩いていると、ゴルドの言った通り、巨大な岩山が姿を現した。
そして、2つの岩山の間に、苔むした岩で出来た歩道が見えていた。
「やはり、他に魔獣はいないな」
「やったわ! ラッキーね! …というか、急に風強くなったわね…」
「確かに風つよいなぁ」
岩の歩道に近づくと、3人は歩みを止めた。
何かがいるのだ。
姿は見えない。
声もない。
だが、気配だけは感じる。
そして、その気配の主は、前方…つまり、岩の歩道の中から感じる。
「なん…むぐっ…!」
虎太郎が声を出そうとすると、咄嗟に虎太郎の口をゴルドとシエルが塞いだ。
どうやら声を出すなという事らしい。
虎太郎は頷き、3人で静かに岩の歩道の奥を見た。
その姿を見て、3人は言葉を失った。
白く綺麗な毛を持ち、顔は凛々しく、尻尾は鋭い、まるで剣のようだ。
大きさは大きな馬くらいで、背中に3人は乗れそうだ。
その白い狼は、その綺麗な身体を岩山にぶつけていた。
そして、狼の周りには風が吹き荒れており、周りの岩や地面を削っている。
狼は虎太郎達の気配に敏感に反応したのか、大声で吠えた。
「なんっ…だあれ…!」
狼は完全に虎太郎達を敵として見ており、睨みつけている。
だが、一向に襲ってくる気配はなく、何度も頭を壁に打ちつけては、苦しそうにしている。
「あいつも魔獣なのか!?」
「あれは…神獣よ…」
シエルが言う。
「無差別に人を襲う魔獣と違って、神獣は人間に害はないわ。 人間に協力的な神獣もいる。
あれは…風属性の神獣…
「ルナ…ウルフ」
「えぇ…でもおかしいのよあの子。 月狼は普段はあんなに暴れる子じゃないはずなのに…」
「他の魔獣は、あいつを見て逃げていたって訳か」
虎太郎は、もう一度月狼を見る。
確かに毛並みは白く、美しい。
だがよく見ると、所々傷だらけだ。
月狼が出す風は収まる気配がなく、むしろ強くなっている。
さらに、風が強くなる度に月狼は苦しんでいる。
「もしかしてあいつ…」
何かに気づいたらしい虎太郎に、シエルは首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや…もしかしてあいつさ、魔力が上手くコントロール出来ないんじゃねぇかな…」
「…確かに、そう言われればあの苦しみ方には納得がいくわね…」
「魔力がコントロール出来ねぇから、常に風の魔法を外に放出し続けてるって訳か。
あのままじゃアイツ、魔力切れで死ぬぞ」
ゴルドの言葉に、2人は俯いた。
だが、虎太郎はすぐに顔をあげ、月狼の方へ歩き出した。
「おい…?」
「すまん。 5分だけ時間くれ」
そう言って、虎太郎は月狼の方へ走り出した。
「あの馬鹿…!」
「ちょっと虎太郎! 何する気なのよ!」
ゴルドとシエルも、走り出した虎太郎を追って走り出した。
月狼は、近づこうとする虎太郎に向かって強い風魔法を打つ。
「ぐあっ…!」
虎太郎はそのまま壁に激突し、地面に倒れる。
だが、すぐに立ち上がり、両手を上げながら近づく。
月狼は、また風魔法を打ち、今度は虎太郎を打ち上げる。
「うおおっ…!」
虎太郎は地面に激突し、口から血を吐く。
「おい馬鹿やめろ! 離れるぞ!」
「あんた怪我人って自覚あんの!? 」
2人に抑えられるが、虎太郎は、月狼に笑顔を向ける。
「お前、本当は俺に攻撃したくないんだろ…?」
虎太郎は、月狼に優しく問いかける。
「本当は誰も傷つけたくないけど、無意識に傷つけちまうから、魔獣達を遠ざけた。 違うか?」
月狼は、虎太郎の言葉を聞いて、数歩後ろへ下がった。
だが、虎太郎は2人の手を振り解き、月狼の元へ歩き出す。
「お前が凶暴な奴なら、ここら一帯は死体の山になってるはずだ。 そうだろ?」
風魔法が、虎太郎の身体を包み込む。
無数の風の刃が虎太郎の身体を切り刻み、虎太郎の顔は血まみれになる。
「虎太郎っ…! もうやめなさいって…!」
シエルの静止を無視し、虎太郎は走り出す。
「今、助けてやるからな…!!」
虎太郎は、身体を切り刻まれながらも、なんとか月狼の身体に触れた。
その瞬間、月狼の身体の周りに発生していた風は、徐々に消えていった。
「風が消えた…?」
「えっ…虎太郎…? あんた何したの…?」
月狼自身も、目を見開き、虎太郎を凝視している。
虎太郎は月狼の頭に手を置きながら、笑顔で言う。
「この腕輪だよ。 この腕輪に触れた奴は、魔力を外に放出できなくなるんだろ?
なら、俺がこの月狼に触れば、強制的に魔法を消せるんじゃないかって思ってさ」
虎太郎が言い終わると、シエルは腰が抜けたのか、その場に座り込んだ。
「あんた…無茶しすぎよ…」
「ははは…すまん…それよりお前、モフモフで気持ちいいな〜」
虎太郎は月狼の体毛に顔を埋める。
月狼は、虎太郎の事を認めたのか、虎太郎の顔をぺろぺろと舐める。
「ははっいてて…傷が痛いからやめろって、いてて…」
「…仲良くしている所悪いが、そいつどうするんだ。 俺達はゴールへ向かわなきゃいけない」
虎太郎が触っていない限り無限に魔力を放出してしまう月狼は、虎太郎が離れればまた元通りになってしまう。
「んー…そうだ! お前、一緒に来るか? 俺達をゴールまで連れてってくれよ!」
虎太郎が言うと、ゴルドとシエルは目を見開いた。
そして月狼は、大きな雄叫びをあげると、姿勢を低くした。
どうやら乗れという事らしい。
虎太郎は笑顔で月狼の背中に乗り、月狼の頭を撫でる。
「何やってんだ2人も乗れよ!」
「えぇ…? 神獣に乗るって…本気…?」
「…無茶な事考えやがる」
虎太郎の後ろにシエル、シエルの後ろにゴルドが乗ると、月狼は立ち上がった。
「よーし月狼! このまま真っ直ぐ進んでくれ!」
虎太郎が言うと、月狼は凄まじい速度で走り出した。
そのスピードは、虎太郎達が全力疾走した時の倍以上だろう。
周りの魔獣達は月狼の威圧によって姿を見せないため、邪魔が入らずに真っ直ぐ走る事ができている。
「ははっ…! はえぇ!」
「いやっ…! 流石に…早すぎない…!?」
虎太郎達は振り落とされないように必死に月狼の身体にしがみついている。
本来は数時間歩き続ける予定だった道のりを大幅に短縮しながら、月狼は走り続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔導士認定試験の試験官を務めるゴリスは、ゴールとなる魔獣の森の入り口に待機していた。
「ふむ…やはり6日目に到着は厳しいか」
もうすっかり夜になっており、夕飯の時間だ。
ゴリスはその場に座り、焚き火で暖まっていた。
すると…魔獣の森の中から、かなり大きな足音とともに、人間の叫び声が聞こえてきた。
「きゃあああああ…!!!!」
「うおおおおお!!!」
その姿を見た瞬間、ゴリスは目を見開いた。
今までゴリスはさまざまな受験生を見てきたが、過去にこんな形で試験のゴールを潜った者はいなかった。
神獣の背中に乗って、笑顔と、涙目と、虚無の表情でゴールをした者達など、今まで居なかったのだ。
「ははははっ! 楽しかったー! ありがとな! 月狼!」
「し、死ぬ…! もう無理…止まったのにまだ揺れてる…!」
「……やっと終わったか」
皆それぞれ違う表情で、月狼から降りる。
「あ! ゴリスさん! 久しぶりだなぁ〜」
「う、うむ…む…?」
ゴリスはまだ状況を理解できていないらしく、首傾げる。
「ちゃんと期間内にゴールしたぞ! 試験は合格だよな?」
「う、うむ。 それはもちろんだ。 …えー、お前達3人とも、よくこの試験をクリアした。
お前達はもう、精神、肉体が鍛えられた立派な魔導士だ」
「んー…! よっしゃああ! 魔導士だああ!」
「やった…やったあああ!」
虎太郎とシエルは喜び、ゴルドはフッと笑う。
「あっ! それよりゴリスさん! この腕輪外してくれよ!」
「そうだな、今外そう」
ゴリスが3人の腕輪に触ると、腕輪の鍵が外れた。
その瞬間、虎太郎達の身体に力強さが戻った。
「ありがとうゴリスさん! で、こいつの事なんだけどさ」
虎太郎は、外れた腕輪を月狼に当てながら、ゴリスを見た。
そして、ゴリスに月狼に出会った経緯を話した。
「ふむ…なるほど、急な成長による魔力増加症だな」
「魔力増加症…?」
「魔獣や神獣に稀に見られる症状だ。 身体の成長に精神がついていけず、魔力が暴走してしまう。
応急処置だが、虎太郎の判断は正しかった」
「ならさ、こいつはこれからどうするんだ? 」
「うむ。 神獣研究部に治療を依頼するのが良いだろうな。
あいつらは神獣の事に詳しい」
「おー! だってさ月狼! 良かったな!」
月狼は、虎太郎の顔を舐める。
会った当初が嘘のように懐いている。
「お前達は疲れているだろう。 神獣研究部には私が責任を持って連れて行こう」
ゴリスは、月狼の足首に虎太郎の腕輪をつけた。
月狼も納得したらしい。
「さて、皆私に触れろ。 転移魔法でそれぞれの家前まで送ってやる」
3人は、言われた通りゴリスの身体に触れる。
月狼は、ゴリスが触れている。
「先に言っておく、明後日に合格者に向けた説明会がある。 初日と同じように魔導士学校のあの教室に集まるように。
明日はゆっくり休むといい」
虎太郎達を光が包み込み、一瞬で姿が消えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
先に着いたのは、ゴルドの家の前だった。
ゴルドの家は、かなり大きな屋敷だったた。
虎太郎達の前には、大きな門が聳え立っている。
「でっか…! ここがお前の家なのか!?」
「そうだが?」
「金持ちで天才とか…お前羨ましいぞこの野郎…」
「ふん…最後までうるさい奴だ」
ゴルドは、笑いながら門を開け、屋敷へ入っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次に転移したのは、シエルの家の前だった。
そして、虎太郎の家の前でもある。
「お、俺の家だ」
「あ、私の家ね」
同時に発した事で、2人は顔を合わせる。
虎太郎は現在、ゴリスの金でこの宿に住まわせてもらっている。
ゴリス曰く、魔導士になったら返せばいいとの事だ。
まさか同じ宿にシエルも住んでるとは思わなかったらしい虎太郎は、目をパチクリさせていた。
「え…お前もこの宿なの…?」
「それはこっちのセリフなんだけど…」
「では、私は月狼を神獣研究部に届けてくるぞ。
今日はゆっくり休むように」
そう言って、ゴリスは転移魔法で消えた。
その場に、虎太郎とシエルだけが残る。
「…アンタ、何号室?」
「203」
「うっそ隣じゃない…私202よ」
「マジ?よく今まで会わなかったな…」
「最近隣うるさいなって思ってたら、あんただったのね…」
2人は、そんな軽口を叩きながら宿に入った。
2階に上がり、自分の部屋の前に立つ。
「んじゃ、また明後日」
「おう」
それだけ言い、部屋に入る。
虎太郎の宿の部屋には、必要最低限の物しかない。
机、椅子、本が入ってない本棚、窓、ベッド、風呂、トイレ。
決して広くはないが、生活には困らないいい部屋だ。
「…風呂は…明日入るか」
虎太郎はベッドに飛び込み、気絶するように眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます