二章 見習い魔導士編

第11話 「青髪奴隷は蹴りが強い」

魔導士認定試験に無事合格し、自宅に帰ってきた虎太郎は、その日風呂にも入らず、気絶するように眠りについた。


その次の日。


ドンドンドンドン!!!


と扉を叩く音で、虎太郎は目を覚ました。


「ん〜…?」


寝ぼけたまま立ち上がり、壁に手をつきながらトボトボ歩き、扉を開ける。


扉の前には、水色のワンピースを着たシエルが、腰に手を当てて立っていた。


「おはよう。 早速だけど、病院行くわよ」


「…んぁ…?」


「寝ぼけすぎ…それにアンタまさか、お風呂入ってないの…?」


シエルは、未だにボロボロの虎太郎を見て引き気味に言う。

虎太郎はまだ寝ぼけている。


「待っててあげるから、さっさとお風呂入ってきなさい」


「…んー」


虎太郎は言われた通り、お風呂へ向かった。


「30分後にまたくるから、寝ちゃダメだからね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おっすおはようシエル。 なんで病院なんだ?」


30分後、風呂に入り完全に意識が覚醒した虎太郎は、シエルと共に街を歩いていた。


虎太郎が元々着ていた服は今洗濯中の為、虎太郎の今の服装は上下スウェットだ。


「はぁ…アンタねぇ、自分がどれだけ危ない状況だったか理解してんの?」


シエルは、呆れ気味に言う。


「お腹に3つも穴が空いて、毒キノコを素手で触って、月狼の風魔法を直で食らったのよ? 逆になんで今歩けてるのか不思議なくらいよ」


「確かに…なんで俺生きてんのかな」


「私に聞かないでよ…とにかく、今は元気でも、とりあえずの治療は必要なの」


「へいへい」


シエルに連れられて、虎太郎は元々入院していた病院へやってきた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よっバリアンさん。 また来たぜ」


「医者のあたしにそんな挨拶をするのはあんたくらいだろうさ」


病室に入ると、バリアンが呆れた顔で虎太郎を見ていた。


「なんだい? 認定試験で怪我でもしたのかい」


「すげぇなバリアンさん。 大正解だよ」


「はぁ…で、そっちのお嬢さんは誰だい」


バリアンがシエルを見る。


シエルはビクッとしたあと、答えた。


「わ、私はシエルです! 虎太郎とは一緒に試験を受けました!」


「なるほど、じゃあアンタに聞いた方が的確だね。 何があったんだい」


シエルは、バリアンに魔獣の森で虎太郎に起きた事を話した。


話を聞き終えた後、バリアンはため息をついた。


「…なんでお前さんは生きてんだい」


「医者の台詞かそれ…?」


「本気で言ってるのさ。 お仲間の応急処置は確かに上出来だった。 だが、それでも普通は死んでるよ」


シエルが唾を飲み込む。


「…服捲って腹を見せな」


「ん、ほい」


虎太郎の腹には、まだゴルドに巻かれた服が巻かれていた。

風呂の時に取ろうか考えたが、結局は取らずに来たのだ。


バリアンは、そんな虎太郎の腹に巻かれた服を破いた。


「ほら、やっぱりお前さんは異常だ。 お嬢さんも見な」


言われた通り、シエルも虎太郎の前に周り、腹を見る。

そして、目を見開く。


「嘘…傷が…塞がってる」


「ただ、傷跡は残っている。 こんなに大きな穴は、3日どころか、1ヶ月経っても普通は塞がらない。 高等の治癒魔法を使わない限りはね」


バリアンが言うと、シエルは頷いた。


「お前さん、本当にただの人間だったのかい?」


「どういう事だ…?」


「向こうの世界で、お前さんは本当に普通の人間だったのかって聞いてるんだよ。 何か変わった事は無かったのかい」


「いや…本当に何も無いんだよなぁ。 人より優れた所なんか1つも無かったし」


虎太郎が言うと、バリアンは考える。


「…ふむ、とりあえずは分かった。 痛みはあるのかい?」


「歩く時に少し腹が痛いくらいだな」


「え…!? そうだったの!? 早く言いなさいよ!」


虎太郎の告白にシエルがびっくりしていた。

シエルに心配させまいと黙っていたらしい。


「じゃあ痛み止めを出しておくよ。 塗り薬と飲み薬だ。

忘れずに服用しな」


「あいよ。 ありがとなバリアンさん」


「あたしは仕事をしただけさね。 …でお代だけど…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ごちそうさまですシエルさん」


「薬をごちそうさまって意味分かんないわよ。

そういえばあんた、異世界から来たんだもんね、お金持ってるわけないか」


虎太郎は今無一文だ。

当然医療費が払えるはずもなく、シエルに立て替えてもらったのだ。


「まぁいいわ。 お礼に今日は私の荷物持ちね」


「えー…俺病み上がりなんだけど」


「病み上がりは木登りなんかしないわよ」


ぐうの音も出ない正論を言われ、虎太郎はため息をつく。


その後、虎太郎は色々な店を連れまわされた。

服屋4軒、アクセサリーショップ3軒、骨董品店3軒、小物店を2軒。


虎太郎は今、両手いっぱいに荷物を持っていた。


「なぁシエルさん…流石に買いすぎなんじゃ…」


「なーに言ってんのよ。 せっかく荷物持ちがいるんだから、いっぱい買わなきゃ損じゃない?」


「はぁ…」


買い物に夢中になりすぎて、ドラグレア王国の門前付近まで来ていたらしい。


門前付近になると、服屋ではなくお土産屋さんがメインになっている。


「ちょうどいいわ。 なんかあんた食べたい物あ…る…」


シエルが言い終わる前に、シエルの動きが止まった。


「ん? どうした?」


「……」


シエルが、とある方向を見ている。

いや、睨んでいると言った方が適切か。


虎太郎もその方向を見る。


するとそこには…


「なんだ…あれ…」


ボロボロの茶色のワンピース型の服を着た青髪の少女が、首輪を繋がれ身なりがいい男に引っ張られていた。


青髪の少女は、虎太郎達と同じくらいの年齢だろう。

髪は綺麗な青色のセミロングで、顔はかなりの美少女だった。


だが、その少女は特に抵抗する事もせず、ただただ無表情で男について歩いていた。


「…奴隷よ」


「奴隷…!?」


「…悪趣味な男…この国には奴隷市場なんてないのに、奴隷を見せびらかす為に来たんでしょうね」


シエルは、嫌悪感を露わにしながら言った。


男と奴隷少女は、門を出て森の中へ入っていった。


「…気分悪くなっちゃった。 帰りましょ、虎太郎」


「え、お、おう…奴隷って本当にいるんだな…」


「あら、あんたの世界にはいないの?」


「昔はあったみたいだけど、今は聞かないな」


「良いわね…あんたの世界が羨ましいわ。 私、奴隷嫌いなのよ」


シエルは門の方を睨みつけて言い放った。


「…ちょっと語弊があったわね。 正確には、奴隷を売る奴と、買う奴が大嫌い」


シエルは、明確に怒っていた。


「人の自由を奪って良い権利なんて、誰にも無いのに…」


「確かにな…俺も実際に見てみて…っ!?」


虎太郎と、シエルの動きが止まった。


声が聞こえたのだ。


聞いた事がある声。

この声は…


「デスト…」


「…えぇ、いるわよ近くに」


デストの気配は、ドラグレア王国の門の奥、つまり、ドラグレア国外の森の中からした。


「デストの気配に敏感なのは、魔導士だけ。 他の一般人は、デストを見る事は出来ても、気配を感じとる事は出来ないわ」


「つまり…?」


「早めに倒さないと危ないって事」


虎太郎とシエルは、荷物を門の近くに置き、荷物を見張っておくようにお願いし、森の中へ入った。


「なぁ、この方向って…」


「えぇ…まずいかもしれないわ」


今虎太郎達が進んでいる方向は、先程奴隷少女達が進んでいった方向だ。


そして…


「オオオオオオ」


「うわああああっ!!!」


デストの叫び声と共に、男の叫び声が聞こえた。


今回のデストは、クマ型のデストだった。巨大なクマのような体が、所々黒い鱗で覆われ、黒いオーラを放っている。


現場に到着すると、男がデストに掴まれており、奴隷少女がデストに向かい合っていた。


「おいフラン…! 俺を助けろお!」


「はい…」


男は奴隷少女に命令する。

だが、奴隷少女は生身だ。


デストは、フランと呼ばれた少女に拳を突き出した。


「ダメ!逃げて…!」


走りながらシエルが言うが、間に合わない。

デストの拳がフランに当たる…


事はなく、フランはデストの拳を踏んで高く跳び、そのままデストの顔面に強烈な蹴りをくらわせた。


デストはそのまま地面に倒れる。


その際に掴まれていた男は逃げ出し、フランの後ろに隠れた。


「なんっだあの蹴り…」


「すごい威力だわ…でも…」


デストは起き上がり、フランを睨みつける。


「デストは魔力を込めた攻撃じゃないと倒せないの…

虎太郎、行くわよ!」


「おう! 行くぞ、炎魔えんま!!!」


走りながら刀の名前を呼ぶ。

虎太郎の身体が炎に包まれ、虎太郎の姿が変わり、右手には黒い刀が現れる。


その姿を見て、シエルは思わず足を止めた。


「え…装束魔法…? なんであんたが…?」


デストが、フランに拳を突き出す。


虎太郎は素早く移動し、フランを抱いて飛んだ。


「大丈夫か?」


「え…はい…」


フランは状況が飲み込めていないのか、目をパチパチさせている。


「なら良かった。 待ってろよ、今あいつ倒してくるからな」


虎太郎は、フランに笑顔を向ける。


「あ…後ろ…!」


フランが、虎太郎に言う。

虎太郎の後ろでは、デストが虎太郎に向かって拳を突き出していた。


虎太郎は振り返り、デストの一撃を刀で受け止める。


そのまま刀でデストの拳を弾き、飛び上がる。

デストの右腕を刀で斬り落とすと、デストは痛みで叫び声を挙げた。


「うるっせぇな…! 今終わりにしてやるよ…!」


虎太郎は空中にいる状態で刀に炎を纏わせ、そのまま力強く振るう。


すると巨大な炎の斬撃が飛び、デストを真っ二つにした後、デストの身体を燃やし尽くした。


「よっし終わりぃ」


地面に着地すると同時に服と刀が消え、一気に疲労がくる。


「やっぱりもうちょっと体力つけなきゃだめだなぁ…」


「ち、ちょっと虎太郎!」


「お、どうしたんだよシエル。 一緒に戦うと思ってたのに来ないし」


「それはごめん…! それより! あの装束魔法はなんなのよ!」


「あー、それゴリスさんにも言われたな。 正直言うと俺にもよく…」


「使えねぇなお前は!!!」


虎太郎の言葉を遮り、男の声が響いた。


見ると、男がフランを土下座させ、背中を蹴っていた。


「お、おいあんた何してんだよ!」


「あぁ!? さっきの魔導士か、躾だよ躾!」


「躾…?」


「こいつ俺に怪我させやがったんだ! こいつがデストの攻撃から俺を守っていれば、俺は怪我しなくてすんだのによ!」


「申し訳…ございません」


謝るフランに構わず、男はフランを蹴り続ける。


流石の虎太郎も頭に血が上っていた。


「お前いい加減に…!」


「…氷針アイススパイク


虎太郎が殴ろうとすると、急に辺りの気温が下がり、男を囲むように氷の針が現れた。


「…いい加減にしなさいよあんた」


虎太郎の横を、シエルが通り過ぎる。

シエルの右手には、水色のレイピアが握られていた。


氷魔法。 それがシエルの能力らしい。


シエルは、レイピアの鋒を男の顔に向ける。


「もう喋らないで、不快だから」


正しく氷のような冷たさで、シエルは言い放った。


男は完全に怯えきっている。


「な、なんなんだよお前達…! 俺が誰だか分かってんのか…!?」


「知らないわよ。 興味もない」


「俺はっ…! トバーブルクの貴族で…」


「知らねぇって言ってんだよ」


虎太郎は、右手に刀を出し、男に向ける。


虎太郎とシエル2人から剣を向けられ、男はかなり怯えている。


「なぁ、その子を解放してやってくれねぇか?」


「なっ…何を馬鹿な事を…! そいつがいくらしたと思っているんだ! 貴様らのようなガキは一生働いても稼げないような額だ!! そんな物を解放だと!? 馬鹿にするのもいい加減…ぶぅっ…!?」


虎太郎は、男の顔面を思い切り殴った。


「いい加減にするのはてめぇだ!! 人の命を…何だと思ってんだ!!!」


「き、貴様…! この俺を…!」


「1人1人に平等に人生があるんだ! それを金で買おうだなんて…ふざけた事言ってんじゃねぇ!!」


「っ! おいフラン…! この男を蹴り殺せ! …フラン…!何をしてる…!」


フランは、涙を流していた。

そんなフランを見て、男は声を荒げる。


「本当につかえねぇなお前は! 奴隷が感情なんて持つな!! 命令にだけ従えよ!!!」


「てめぇ…!」


「虎太郎、下がって」


また殴ろうとした虎太郎の肩を掴み、シエルが前に出る。


そして、一瞬で男の顔から下を凍らせた。


「ひぃっ…!」


「…1度しか言わないからよーく聞きなさい。

この子の首輪の鍵を置いて、全部忘れて逃げるか、ここで氷漬けになるの、どっちがいい?」


「なっ…!?」


「早く答えて。 3.2.1…」


「わ、分かったよ!!くそっ…!」


シエルは、氷魔法を解く。

すると、男は乱暴に鍵を地面に投げ捨て、逃げるように去っていった。


シエルは鍵を拾い上げ、未だに泣いているフランの首輪の鍵を開けた。


「はいっ、これで貴女は自由よ」


「…え」


フランは、目をパチパチさせている。


「何処にだって行くといいわ。 のんびり旅をするもよし、どこかに住むもよし」


「…私は…自由なんですか…?」


「えぇそうよ? 何かしたい事はない?」


シエルが言うと、フランは下を向いて考える。


つい先程までは奴隷だったのだ。

それが急に解放されて、混乱するのも無理はない。


フランは、意を結したのか、ゆっくり立ち上がり、虎太郎の前に立った。


「…ん?」


虎太郎は訳が分からず、首を傾げる。


「私を、あなたのお側に置いてください」


フランは、綺麗にお辞儀をした。


「「……えぇ!?」」


虎太郎とシエルの声が被った。

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