1話-②

 初日のカリキュラムが終わり、早速寮に向かう。

 誠心高校は寮の施設がかなり充実していて、学校のすぐ隣の敷地に大きなマンションが建っている。

 寮は全部で三棟あり、それぞれ一年生、二年生、三年生の建物だ。

 凄いと聞いていたものの、まさかここまで大きいとは思いもしなかった。

 正面玄関の上に大きな看板でそれぞれ一、二、三と表記されている。

 事前に言われていた通り、一の看板が掲げられた寮に入った。

「初めまして。寮母の清野です。以後お見知りおきを。鈴木日向くん」

 入ってすぐにとある女性が声をかけてきた。

「あれ? どうして僕の名前を?」

「寮母ですから、これから寮暮らしの生徒達の顔と名前は既に覚えています。こちらにルールブックがありますので、必ず目を通しておいてください」

 年齢は四十代くらい、年齢以上に綺麗な顔立ちだが、目元が鋭いのが相まって、どこか冷たいイメージを抱く。

 ただ入学前から寮暮らしの俺達の顔と名前を覚えているくらいだから、その優しさは本物だと思う。

 玄関で少し待たされると、数人の生徒がやってきてまとめて説明を受けた。

 俺の部屋は三階の三百七号室。部屋の中は十畳と広く、ベッドが一つ、机と椅子が一組、クローゼットもある。それに一人一室与えられる。

 寮といえば、共同部屋のイメージがあったけど、誠心高校は探索者を手厚くサポートしており、寮も彼らのためにあるようなモノだそうだ。

 それを知らずに入った俺は、寮生の中でも既に浮いた存在になっている。

 正直……知っていれば、別の高校にしていた。手厚くサポートしている時点で気づくべきだったな。

 荷物は段ボール箱が一箱が届いており、すぐに開けて片付ける。

 元々片付けは嫌いじゃないし、得意な方なので段ボール箱の中身を整理できた。

 ガチッ――。

 一息つくために椅子に座ると、静かな部屋の中に時計の音が響き渡る。

 今日は入学日であり入寮日なので、寮生達の親睦会が開かれるため食堂に向かう。

 食堂に向かっている他の寮生達をちらっと見ると、どの寮生も右手の甲にライセンスが刻まれていた。

 やってきた食堂のテーブルにそれぞれの名前が書かれていて、俺の名前が書かれた場所に座って程なくして親睦会が始まった。

「では、これから節度を持って寮生活を送ってください」

 大人なら酒だろうけど、未成年者の飲酒は禁止されているので、それぞれお茶やジュースが入っているコップをあげて、入学と入寮を祝った。

 各テーブルは四人ずつ座るようになっていて、俺が座っているところには女性が一人、男性が二人座っている。

 それぞれ自己紹介をする。そこで問題になったのは、みんなが潜在能力のランクまで明かしていることだ。

「いいわね~ちょうどランクも近いし、みんなでパーティー組まない?」

「お~いいね。俺もパーティーメンバー探していたところだったからな」

「うんうん。僕もいいよ。むしろメンバーがいなくて困っていたところだよ」

 まだ俺だけ自己紹介をしていないのに、一瞬で仲良くなった三人は即座にパーティーを組む事になったみたい。

 他の卓も近い潜在能力ランクの人達の間でパーティーの話が出ている。

「あれ? そういえば、君は?」

 女子生徒が俺に話を振った。

「え、えっと、俺は鈴木日向。その……探索者はFランク…………」

「ええええ!? Fランクで寮に入ったの!?」

 彼女の驚く声が食堂に響くと、周りの寮生達が一斉にこちらに注目した。

「ご、ごめん」

 彼女は申し訳なさそうに両手で謝るポーズを取る。

 俺がFランクだと知り、食堂が微妙な空気になって、冷たい視線が集まるようになった。

「でもまぁ、探索者以外でも寮生になる人がいるんだね。初めて知ったよ」

 正面の男子生徒が驚く。

「えっと、誠心高校の寮って探索者以外は珍しいのか?」

「そりゃ珍しい。そもそも誠心高校は探索者を優遇するために設立された学校だからね」

「やはりか……」

 碌に調べもせず、ただ寮が充実しているところばかりが目に入り、迷わず入学してしまった。

 というか潜在能力部分にFランクって書いたはずなのに、どうして入学できたのか。

「呆れた~その手袋はライセンス隠し?」

「えっ? う、うん」

「ふふっ。でもFランクだからって活躍できない訳ではないからね」

「えっ!? それってどういうこと?」

 思いもしなかった答えが、俺の興味をそそる。

「潜在能力が低いからといって、必ず探索者として弱い訳ではないのよ。それこそ潜在能力がAランクの探索者だとしても、能力属性次第では伸びない人もたくさんいるのよ。Sランクだけは別格だけどね」

「あ~Sランクはやべぇな。三組にSランクが一人いるみたいだしな」

「氷姫様だろう?」

 氷姫様? どうしてか気になる言葉だ。

「うんうん。生徒会挨拶んときもずっとムスッとしていたしね。誰とも話さないみたいだよ?」

 ムスッとしていたという部分から、おそらくひなたさんの事だろうな……。

「ご、ごめん。さっきの話、もう少し詳しく教えてくれない?」

「ん? ランクの話?」

「うん」

「いいよ~ランクというのは、あくまで潜在能力をランク分けにしているだけで、潜在能力が高いからって必ずそのランクの強さになるとは限らないんだよ。例えば、潜在能力はあくまで潜在なのであって、それを全て開花させれとは限らない。それに強くなるのは潜在能力ではなく現実の能力で、レベルの差が一番大きいんだ」

「そ、そうだったんだ!」

「そうよ。だから君も頑張っていれば、報われる日が訪れると思う。潜在能力自体が戦闘向きではない人もたくさんいるし。ただ、Fランクで大成したって人は聞いたことがないけどね」

「その通りだぜ。レベルさえ上げれば、誰にでもチャンスがあるんだ」

「レベル……」

「俺達探索者はレベルを上げて戦力を上げてこそ強くなれるからな。もちろんその力をしっかり使いこなすための訓練も大事だけどな。まずはレベルからだな」

 レベル。その言葉に俺はハンマーで頭を殴られたような衝撃を感じる。

 Fランクであっても希望があるなら頑張りたい。だが俺のレベルは――――0だ。

 レベルは基本的に1から始まるので、俺のレベルが0なのは俺だけレベルが存在しないと言われているのと同じことだ。

 それにレベルを上げる方法としては、探索者としての力を使い続けたり、ダンジョンで魔物を倒したりすると上がっていく。

 魔物を倒した方が得られる経験値が多く、レベルも格段に上がりやすいが、魔物との戦いは命懸けだからデメリットも大きい。

 探索者になれるのは高校生からだが、それまでの日常生活で多少はレベルが上昇し、平均五になると聞いたことがある。

 魔物を倒さなくても、日常生活を繰り返すだけで、十までは上がるという。

「みんなは……まだダンジョンには入っていないよね? みんなのレベルを聞いてもいいかな?」

「俺は6だな」

「僕は4」

「私は5よ」

 やっぱりちゃんとレベルが上がっているんだ。

 …………。

 親睦会が終わり、俺は絶望を抱えたまま、部屋に戻った。

 俺のレベルは0。

 高校生になるまでの生活でもレベルが上がる事はなかった。


 ◆


 誠心高校に入学して数日。

 俺はただただ虚無感を抱えて生活していた。

 授業を受けて、部活を探す気分でもないので真っすぐ寮に戻り、自室に籠もる。

 ご飯も他の寮生と被らない早い時間帯に食べて、勉強を続ける。

 でもどこか心に空いた大きな穴のせいで、勉強も何もかも手に付かない。

 元々ひとり親のうちの家計を少しでも支えられたらいいなと思い、誠心高校に入学したのもある。父親は物心ついた時からいなかった。理由も聞いていないので分からない。

 そういう理由もあり、寮生となれば生活費も気にせず生活できるし、もし探索者になれば、普通の人では手に出来ないほどの大金が手に入ると思った。

 それで少しでも母と妹を楽にさせてあげたかった。なのに、俺の夢はレベル0という絶望に全て打ち砕かれた。

 ――ピロ~リン♪

 俺のスマホから音が鳴る。俺のスマホを知っているのは、二人しかいない。

 スマホを開いて、連絡用アプリ『コネクト』を確認する。

「お兄ちゃん! 新しい学校にはもう慣れた? 私も来年誠心高校に入学できるように頑張るからね~!」

 いつもなら真っ先に電話をかけてくる妹が、メッセージを送ってくるのには理由がある。

 …………。

 …………。

 俺が一人で寮生としてここでやっていくために、妹や母さんに甘えたくないと、次の長期連休まで連絡はしないようにお願いしている。

 妹は家族思いだから、すぐに俺を心配して毎日連絡してしまいそうだから。

 そう思うと、こんなところで諦めたら、我慢させている妹に顔向けができない。

 レベル0だからってなんだ。もしかしたら、ダンジョンで敵を倒したらレベルが上がるかも知れない。

 Fランクだからってレベル0だからって未来が閉ざされた訳じゃない。

 俺は妹からのメッセージが届いたスマホを握りしめた。

 諦めたくない。

 だから、初めてダンジョンに向かう決心をした。

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