第7話 一緒に行くか

 錬金術師。

 その称号は俺が生活魔法や空間魔法が得意なところからきたものだ。

 薬を作ったり、魔道具を作ったり、生産が好きだったからというのもある。

 だから、唯一の錬金術師と言うと聞こえはいいが、自分の好きなものを好きなように作っていただけだ。

 そして、【紫電しでん】というのも、剣を持つと紫の稲妻が出るから、という単純なもの。

 俺にとってはどうでもいい呼び名だが、フィンは夢見るようにそれを呼ぶと、ぎゅうっと俺の腰に抱きついた。


 ……いやいや、今は稲妻が出てるところだぞ。

 本当に怖くないのか?


 思わず、おいおい、と少し狼狽してしまう。


「フィン。俺はこの状態で攻撃しないヤツを触れたことがないから、どうなるかわからない。痺れてないか?」

「大丈夫ですわ。この雷はあなたと同じようにあたたかいのです」


 そんな俺の様子などどこ吹く風でフィンが嬉しそうに碧色の目をきらきらと輝かせる。


「……温かくはないだろ」


 そう。温かいはずはない。

 けれど、フィンは離れるような気配を見せず……。

 俺はやれやれと息を吐くと、またさっきと同じようにフィンを抱き上げた。


「怖くなったら言え」

「あなたといればなにもこわくないのです」


 碧色の目がたくさんの光を浴びている。

 ……こんなにまっすぐな目を向けられたのはいつぶりだろう。


「フィン、俺は今から躾をする」

「しつけ、ですの?」

「ああ。犬に言葉はあまり通じないが、繰り返せば犬でも覚えることができる」

「そうですわね」

「『メシだ』と言って、餌をやり続ければ、そのうち『メシだ』と言っただけで涎を垂らすようになるんだ」


 嬉しい出来事と言葉が繋がる。すると、言葉が出ただけで、嬉しい出来事につながる。

 だから、その反対に悪い出来事と言葉が繋がれば――


「コイツらには俺とお前の名が出ただけで、痛みを思い出してもらおうと思ってな」


 そう。暗殺者は生かしておけば、また命を狙ってやってくる。

 だから、二度とそんな気が起こらぬよう、体に刻み付けてやればいい。


「フィン、目を閉じてろ。まだお前に見せたいものじゃない」

「わかりましたわ」


 俺の言葉にフィンは頷くと、そして、ぎゅっと肩口に顔を埋めた。

 これならフィンが暗殺者を見ることはない。

 だから、俺はフィンから這いつくばったままの暗殺者へと視線を向けた。


「待たせたな。楽しい躾の時間だ」


 意識はあるが動けない暗殺者たち。

 見下ろして、記憶に残るよう、できるだけ凄惨に笑ってやる。


「ご褒美は生への実感だ」


 そして、俺は何度も何度も稲妻を暗殺者たちに突き刺していった。


「ゆる……じで……っギィッ!」

「フィンに二度と近づくな」

「ひィっ……グゥ、わか、た」

「フィンに二度と近づくな」

「ぎゃっ………わがだぁぁわがたがらああ」

「フィンに二度と近づくな」

「グぅぇぇえ!」

「フィンに二度と近づくな」

「やめ、て、やめ……あぐっ」

「フィンに二度と近づくな」

「……ヒッ……っ」

「フィンに二度と近づくな」

「ギィッ……」

「フィンに二度と近づくな」

「……っ……」

「フィンに二度と近づくな」

「ッ……」

「フィンに二度と近づくな」

「……ッ」


 そうして、続けていけば、暗殺者たちは弱い息を吐きながら、稲妻が刺さったときにビクビクと体を痙攣させるだけになる。

 体の弛緩と収縮を繰り返したヤツらは、自然と水分が体の外へと出ていく。

 目、鼻、口、その他。体中の水分を色んなところから垂れ流しながら、ヒグッと言葉にならない言葉を上げる暗殺者を冷たく見下ろした。


「まあ、こんなもんか」


 これだけやれば復讐しようという気など湧いてこないだろう。

 だが、まだ問題もある。


「コイツらはいいとしても、大元をどうするかだな……」


 そう。暗殺者は所詮、依頼を受けただけの末端。手足に過ぎない。

 発端である、指示をした前侯爵夫人自体をなんとかしなければならない。


「フィン、どうする?」


 だから、フィンに尋ねると、フィンは肩口から顔を上げ、まっすぐに前を見た。


「わたくしは前侯爵夫人をどうにかするような力は持っていません。そして、わたくしはわたくしの人生を輝かすために生きたいのです」


 フィンの半生を聞けば、それが不遇だったことは誰にでもわかる。

 だから、恨むのが当然で、俺に復讐を頼んだっておかしくないのだ。


 ――けれど、フィンは前を向く。


 自分の人生を誰にも邪魔されたくはないのだ、と。


「勝ち犬だな……」


 ふっと呟き、その小さな頭をそっと撫でる。

 そんな俺の行動にフィンはまた目を大きくして……そして、嬉しそうに目を溶かした。


「フィン、コイツらが珍しいものを持ってるぞ」


 そうしていると、ふとリーダー格の胸元に変わったものを見つける。

 近づき、俯せになっていたリーダー格を足先でごろりと仰向けに変えると、胸元からそれがころころと転がり出た。


「……これは、なんですの?」


 フィンが不思議そうな顔でその物体を見つめる。

 俺は少しだけ屈んで、それをフィンに取らせた。

 それは俺の拳大ほどの透明な水晶球。


「これはな、映像を記録する魔道具だ」

「映像を記録する……?」

「ああ。魔力を流すと、この魔水晶が赤く光る。すると、その前面にある映像がこの魔水晶に記録されるんだ。一度記憶した映像は消えないし、上書きすることもできない。使い切りだが値段が馬鹿みたいに高いから、ほとんど市場には出回っていないものだ。……これは金がある前侯爵夫人がコイツらに持たせたんだろうな」


 ……フィンの死体を映像として記録するために。


 もちろん、それをフィンに伝えることはしない。

 だが、何かを悟ったのだろう。

 フィンはその小さな唇をぎゅっと噛んだ。


「フィン。これで勝ち犬のふふんをしてやればいい」

「これで?」

「ああ。言いたいことがあるだろう? だったら言ってやれ」

「……はいっ!」


 フィンを抱き上げている手で、その魔水晶に魔力を流す。

 すると、魔水晶は赤く光った。

 そして、その光はフィンを照らして……。


「フィン」


 合図を送るように小さく名前を呼べば、フィンはそれに頷いて返した。

 そして、碧色の目にぐっと力を入れて、しっかりと魔水晶を見る。


「わたくしはすでに侯爵家を出ました。元の名を名乗ることもありませんし、あなた方の前に出ていくつもりもありません」


 フィンは努めて冷静に振る舞っているようだった。

 けれど、胸の内には怒りや悲しみ、苦しみが当然あるのだろう。

 だから、フィンの言葉、ひとことひとことにはしっかりと実がある。


「――あなたの人生が輝かないのはあなた自身の問題です。わたくしに責任を被せるのはやめてくださいませ」


 そして、その強い目のまましっかりと言い切った。


「わたくしは元気に楽しく生きていきますの! わたくしの人生には今後一切、関わらないでください!」


 力のある声が。

 生きようとする声が。

 魔水晶相手だというのがもったいないその声が丘に響く。


 俺はそれをしっかりと聞き届けて……。

 そして、それに合わせるように、自分の顔をぐいっとフィンに近づけた。


「おい。俺が分かるな。俺の目が見えるな?」


 この紫の虹彩を見れば、すぐに誰だかわかる。

 自分が相手にしようとしている者の名が。


「今後、この子にまた暗殺者が送られてくるようなことがあれば、俺が直々にお前に会いに行ってやる。なに、気にするな。死んだ旦那が恋しいんだろう? そんなに愛した旦那なら、お前も早く死んで会いに行きたいってことだもんな」


 魔水晶にしっかりと俺の紫の虹彩を映して。

 その目をぎらぎらと光らせて。


「――俺がお前を殺してやるよ」


 どこにいても。

 必ず探し出す。即座に。


 そして、そこまで言うと、魔水晶から赤い光が消えた。

 ちょうどよく映像を記録する時間が終わったのだろう。

 それを見て、手に持っていた大剣を空間へと放り込む。そして、フィンへと声をかけた。


「フィン。それをコイツらに返してやれ」

「はい!」


 魔水晶を持っていたフィンがそれをリーダー格に向かって投げる。

 すると、魔水晶はリーダー格の頭に落ち、ゴンッと鈍い音が。

 その音に俺はくくっと笑った。


「いい、勝ち犬のふふんだ」


 そんな俺の言葉にフィンは少しだけ照れて笑う。

 年相応のそれを見て、俺はゆっくりとフィンに言葉をかけた。


「フィン。俺は見ての通りの流れものだ。【色持いろもち】なんて持て囃されているが、気性は荒い。基本は野宿の根無し草だ。ギルドに行けば、お前は守ってもらえる。ギルドはな、領主たちの横やりに辟易としているから、独立性を強くしているんだ。お前を前侯爵夫人に渡すことはしないだろう」

「はい」

「前侯爵夫人も俺の加護があるお前に手を出すことはしない。まあよっぽどの馬鹿ならわからないが、そのときは俺が行くから心配するな」

「はい」

「この街ではレガート侯爵の息がかかることもあるかもしれない。それなら、もっと別の土地のギルドに行ってもいいんだ。ギルドは各地に支所があるから、その世話もしてくれるだろう」

「はい」


 だから、ギルドへ送る。


 そう伝えようとした。

 けれど、その言葉はフィンの強い目に止められて――


「でも、わたくしはあなたと生きたい」


 喉元で止まった言葉にフィンの言葉が重なる。


「最初に会ったときに決めましたの」


 そして、広がるのはきらきらと光る碧色。


「あなたについていく、と」


 そのまっすぐさに……。

 柄にもなく、少し照れてしまって……。


「……俺はな、少し前に勇者に罵られたところだ。役立たず、と」

「わたくしは勇者さま方を存じません。ですが、それは愚かとしか言いようがありませんわ。けれど、それはわたくしにとっては幸運だったかもしれません」

「幸運?」

「はい。だって、それは今はちょうどよく自由ということですわ! でしたら、わたくしを育てて下さい!」

「そだてる」

「はい! わたくしに生きる力を教えてくださいませ!」

「生きる力、か……」

「はい! わたくしは知らないことがたくさんありますの。さきほどいただいたロールキャベツでもそれを感じましたわ。わたくしはレガート侯爵の跡取りでありながら、こんなにおいしい調理法があることを知りませんでした。だから、わたくしに教えて欲しいんですの」


 生きる力。それはもうフィンにはある。

 だが、まだまだ知らないこともある。それは生きる術。この世界にあるたくさんのものをフィンはまだ知らない。

 そして、それを俺が教えることができるのなら――


「……それもありか」

「はい! ありです!」

「……一人旅のつもりだったが」

「二人旅も素敵ですわ!」


 俺の呟きにフィンがぐいぐいと言い寄る。

 その様子がおかしくて、くっくと笑いが出てしまった。


「じゃあ、一緒に行くか」


 フィンを抱き上げたまま、歩き始める。

 キャンプ地は結界で守られているが、早く撤収し、違う場所へと移動しなければ。

 そんな俺にフィンはやりましたわ! と声を上げて喜んでいる。

 そして、ぽわぽわと紅潮した顔で俺を見上げた。


「これからよろしくおねがいしますわ! 【紫電】さま!」

「……それなんだがな。俺はその名を気に入ってない」

「そうなんですの?」


 とてもかっこいいのに……とフィンが呟く。

 けれど、この歳で【紫電】なんて呼ばれるのは、なんというか背筋がぞくぞくするのだ。

 だから、その碧色の目を見下ろして、そっと俺の名を告げる。


「カイ、だ」

「カイ、ですの?」

「俺の名前だ。これからはそう呼べ」


 すると、フィンはとびっきりの笑顔で応えた。


「はいっ! カイさま! 一緒にいきますわ!」

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最強錬金術師のゆったり放浪旅 しっぽタヌキ @shippo_tanuki

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