第5話 ナイスキック
フィンを抱き上げ、結界から出る。
すると、布で顔を隠した一団は、俺たちを見て、ぎょっと目を開いた。
きっと、あちらから見れば、俺たちが突然、現れたように見えただろう。
「っ……貴様、どこから」
「なに、気にするな」
一団のリーダー格らしきヤツが声を上げる。
けれど、驚いたのも一瞬で、すぐに指示を出し、一団は俺たちを囲むようにじりじりと下がりながら移動を始めた。
それを目の端で確認しつつも、気にすることなく、ただリーダー格を見返す。
すると、リーダー格は腰に佩いた剣へと手を伸ばした。
「その子供を置いていけ」
「大人がよってたかって。こんな小さな子供の相手をするなんて、笑えるな」
一団の数は五人ほど。
全員がそれなりに鍛えた男に見える。前侯爵夫人がわざわざフィンを殺すためにこの人数を雇ったとすれば、心底、反吐が出る。
俺は顔を顰めたが、フィンは怪しい集団をしっかりと確認すると、リーダー格を見て、言葉を発した。
「あなた方がわたくしを殺そうとしているのは侯爵家のためなのですか? それならばその必要はありません。わたくしは元の名を捨てました。侯爵家に関わることは今後一切ありませんわ」
凛とした声。
丘の上に響くその音は普通の生き方をしているものならば、説得することができたかもしれない。
けれど、その声に、一団はより殺気をあふれさせた。
「子供の意思は関係ない。与えられたのは生け捕りか死の選択肢のみ。――ならば我らは死を与える」
「そんな……」
「……苦しみは短いほうがいい」
リーダー格の男は最後に一言呟いて……。
そして、話は終わりだというように、剣を抜いた。
……暗殺者ってやつはどいつもこいつも。
俺はそのやりとりにはぁーとため息をつき、やれやれと肩をすくめた。
「お前らはすぐにその謎理論を展開するよな。どうせ死ぬなら今死んだほうが楽だ、とか俺なら苦しまずに殺せる、とか。国や主人のためだから正しいことだ、とか。自分が殺すことで相手を救った気分になりやがる」
まあ、そうとでも思わないと暗殺者なんて仕事は続けられないのだろうが。
子供だから楽だと思うか、子供だからつらいと思うかは暗殺者によるが、その先の結末は一つだ。
「フィンはな、もう未来を見ているんだ。お前らの出てくる幕はない」
そう。暗殺者の見る結末は一つだけ。
だが、そんな結末は懸命に生きようとしているフィンにはふさわしくない。
「お前らも知ってると思うけどな。……痛い思いをすると、生きてるって感じられるぞ。体の芯が痺れる」
くくっと笑って、フィンを抱く腕に力を入れる。
「俺が生を感じさせてやるよ」
それだけ告げると、俺は右へと一気に走り出した。
「フィン。お前がこれから生きるには護身術ぐらいは知っておいたほうがいいかもしれない」
「っはい!」
そうして、走りながら話しかければ、必死に抱きつきながらもフィンは返事をする。
だから、フィンにわかりやすいように俺の動きを言葉にしていった。
「囲まれたら一点突破を狙え。まずは構えるのが遅いヤツ」
そして、目の前にはすでに一人目の敵。
こいつは剣を構えるのが遅く、いまだに剣を抜いてさえいない。
ただとろいのか、おっさんと幼女だからと舐めていたのか、子供相手の仕事に気が乗らなかったのか。
理由はわからないが、こういうときに一番に狙われるヤツだ。
「フィンなら顔に向かってナイフでも投げて、怯ませた隙に脇を走って逃げろ。囲みを抜けたら、街なら人混みに。森なら余裕があれば木に登るか、姿を隠せる茂みを探してじっとしろ」
「はい!」
「俺はこのまま当て身だ」
フィンを庇うように右肩を後ろに下げ、左肩でぶつかっていく。
すると、一人目の敵はあっけなく飛び、地面に叩きつけられた。
「転がった敵は腕と膝で体を守ろうとするから、とりあえず鳩尾を思いっきり蹴る」
地面の上で体を丸めているが、肘と膝の隙間を狙い、靴先をねじ込み蹴りあげる。
鈍い音と男の悲鳴を聞きながらも、体を反転させ、次の敵に備えた。
「一人やられるとだいたい殺気立って、まっすぐに突っ込んでくる。筋が読みやすいからしっかり剣の動きを見て、避ければいい」
そうして、振り返れば二人目の敵が剣を上げている。
そいつは右斜め上に剣を振り上げていたので、そちらに向かって避ければ肩の可動域の関係で当てにくくなるのだ。
だから、あっさりと避ければ、目の前にあるのは無防備な横半身。
「あとは背中に向かって回し蹴りだ」
無防備なそこへ俺の蹴りが当たった瞬間、ゴキッと鈍い音が鳴った。
背中側の肋骨が何本か折れたのかもしれない。
「次に走れ。浮き足立って一直線に並んだ敵はまとめて飛び蹴りで吹き飛ばす」
愚かにも直線に並んだ敵。
正面から、その胸に向かって助走をつけた蹴りを放てば、二人まとめて後方へと飛んだ。
ぐぅと呻く声と男二人が折り重なった体。
後ろにいた敵は気を失った前にいた敵が邪魔なようで、なかなか体が抜け出せないでいた。
「……これでは鳩尾に蹴りができませんわ」
フィンがその体勢を見ながら、ぼそりと呟いた。
確かに、折り重なった体が邪魔になり意識のある敵の鳩尾は見えていない。
フィンはとても真面目なのだろう。
俺に必死に抱きつきながらも、すぐに学習し、次の行動を考えているのだ。
だから、鳩尾以外の方法も教えておく。
「ああ。こういう場合は顔を蹴ってもいい」
「顔、ですの?」
「ひぃっ」
俺とフィンの会話が聞こえたのか、急いで顔を手で庇おうとする男。
だが、その程度では庇いきれるものではない。
だから、守ろうとしている手の上から遠慮なく顔を蹴り上げた。
すると、ぐきっという鼻の折れる音がして、血が飛び散って……。
「……ただ、顔を蹴ると血が出て汚れる」
返り血を浴びた右靴先。
それを忌々しく見つめると、フィンはよく覚えておきます、と頷いた。
「さあ。お前で最後だな」
そう。これであっという間に四人は戦闘不能に陥った。
残りはリーダー格の男、ただ一人。
ただじっと動くことがなかったそちらを見れば、そいつはただ無言で俺を観察していた。
その姿にはどことなく既視感が。
「なるほど。お前はギルドにいたヤツだな」
「え……そうなんですの?」
俺のそんな質問にリーダー格は答えない。
だが、その視線を見れば、答えは明らかで……。
「フィン。お前は侯爵家を出てどれぐらいだ?」
「一週間ぐらいですわ。なるべく侯爵家から離れようと思っていたのですが、銀貨数枚ではここまでが精一杯でしたの。だから、なんとかお金を稼がないと、とギルドへ行ったのです」
「川で石を拾ったのは?」
「三日前ですわ。この街に入る前のことですわ」
「すると、この男に見つかったのはそれより後だな。先に見つかっていれば川原で殺されていただろう」
俺の言葉にフィンがごくっと息を飲む。
そう。この男がここに来るまでフィンに手を出さなかったのはフィンが街中にいたからだろう。
一人で街から出たり、野宿などをしていたら危なかったかもしれない。
この街でようやくフィンを見つけ、観察し、ずっと機会を伺っていたのだろう。
そして、俺と一緒に街を出たフィンを見て、チャンスだと思ったのだ。
「ギルドで俺が髭の男を伸したのを見ていただろう?」
「ああ…だから仲間を集めたが……見誤った」
ギルドでの騒ぎ。
あのとき、俺の戦闘を少しは見ていたようだが、どうやら仲間を連れて行けば倒せる相手だと思ったようだ。
「どうする? もっと仲間を集めるか? しっぽを丸めて逃げ帰るか?」
くくっと笑って、左手でしっしと追い払う仕草をする。
するとリーダー格は布からのぞかせた目をぎらりと光らせた。
「お前を倒すのに手間をかける必要などない。たかが男一人と子供。何も考えず、初めから一人でやればよかっただけだった」
低くぼそりと呟いて、そしてリーダー格がこちらへ走る。
構えた剣は細身で素早く動かせるように軽量化が図られているのだろう。
スピードに乗ったその剣筋は鋭く、一撃で命を絶つことはできないが、食らえば重症は免れないものだ。
……そう。食らえば。
「くそっ……なぜ、当たらない……!」
リーダー格が鋭い筋を何度も繰り出す。
だから、俺はそれを右に左に。そして後ろへ身を引きながら、すべて避け切っていた。
「まあ、手数を増やせば当たるってものでもないからな」
「……っだまれ」
剣筋を読みながら、言葉を変えれば、リーダー格は焦ったように、剣を横へ薙いだ。
それを避けるために、とんっと後ろへ飛べば、リーダー格とは少し距離が空く。
はぁはぁと肩で息をしているリーダー格を見れば、その疲れは明らかだ。
「疲れた相手はなんとか決めようと大技を繰り出そうとしてくる。隙ができるからこちらも大技を返してやればいい」
そこまではさっきと同じように伝えて。
そして、次は少しだけ声を潜めて、言葉を告げた。
「フィン。俺の首筋に捕まり、体を丸めろ。そして、合図とともに思いっきり体を後ろに向かって伸ばせ。最後はお前が決めろ」
「っはい!」
俺たちのやりとりを見ていたリーダー格が焦れたように剣筋を斬から突に変える。
俺のような男であれば、的が大きいから、突きのほうがいいと踏んだのだろう。
でも、それは俺の待っていたもの。
リーダー格が俺のわき腹を狙って出した突きを体を半転させながら避ける。
そして、その伸びきった腕に狙いを定めた。
さっきまでフィンを抱き上げていた右手で、リーダー格の右手首を。
そして左手で右上腕を固定する。
すると、リーダー格の右肘はしっかりと固定されて……。
――ガギィッ!
その肘に膝蹴りを入れれば、その関節は音を立て、本来なら曲がらない方向へと動く。
「うぐっ……」
そして、痛みをこらえる呻き声と、地面に当たる金属の音。
リーダー格が剣を落としたのだ。
俺はその音を聞きながら、素早く身を引くとぎゅうっとしがみついているフィンに声をかけた。
「行くぞ」
これまで生きてきた力を込めて。
苦しみも悲しみも怒りも。
全部まとめて――
「――蹴飛ばせ」
その言葉を合図にフィンが思い切り、体を伸ばす。
俺はそれに合わせて、フィンの手が離れないよう腰に手を当て、支えた。
さらに、少しだけ体を回せば、フィンの体に遠心力も加わる。
――フィンの体重と回転の力が加わった渾身の一撃。
その蹴りは、リーダー格の顎に見事に決まり、後ろに数歩たたらを踏んだ。
そして、ぐしゃりとくずおれる。
「や、りましたわ……」
それを見て、フィンが呆然と言葉をこぼした。
俺はその丸くなった碧色の目を見て、ああ、と笑った。
「フィン。いい蹴りだ」
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