第2話 ギルドに幼女

 ――これからは好きなことをして過ごそう。


 それは勇者たちと過ごしながら、ずっと考えていたことだった。

 だから、まずは最寄りの街のギルドに行き、採取した素材を適当に売って、当面の金を手に入れるのがいいだろう。

 そう思い、ギルドへと移動する。

 ギルドが相手にするのは冒険者が主だから、やはり荒くれものの男が一番多い。

 女の冒険者もいないことはないが、だいたいはどこかのパーティーに所属していて、一人でやっているフリーのやつは少ないのが現状。

 だが、俺の前ではそんな珍しい存在である女の冒険者がぽつんと一人で立っていた。

 しかも、そいつは――


「うぉーいぃ! なんだ、なんでこんなところに子供がいるんだぁー!?」


 ――そう、明らかに子供だったのだ。


 歳は十もいかないぐらいだろう。

 肩までの金色の髪を三つ編みに縛り、それなりに質の良い服を着ている。

 明らかにこのギルドに似合っていない。


 そんな幼女はすぐにうるさい男に目をつけられたようで、周りを何人かに囲まれている。

 そして、その中で一番大きな体をした髭の男が、幼女に大げさに声を張り上げながら、ぎゃははは、と笑った。

 明らかに侮蔑を含んでいるそれ。

 幼女は自分より何倍も大きな男を涙目で見返して……ぐぅっと喉を鳴らしながらも、必死に胸を張った。


「わたくしはたしかに子供ですわ。けれど、回復魔法がつかえますの。ですから、まずはギルドに登録をして、どこかのパーティーに入れてもらうために、ここにきたのです」


 少し震えているけれど、凛とした声。

 けれど、その言葉を聞いた男たちから出たのは、ギルドの室内に響き渡る大音量の笑い声だった。


「おまえみたいな子供がギルドに登録ぅ!? 使えなさそうなヤツをパーティーにいれるやつがいるかよぉおー! こりゃ傑作だぁあー!」


 ぎゃははと心底、おかしそうに男が笑う。

 その声に幼女の碧色の目はいまにもこぼれそうにゆらゆらと揺れた。


「おい、どけよ」


 俺はそんな幼女と男の間に割って入り、ドンッと肩で男を押す。

 ちょっと触れただけのつもりだったが、見た目よりも貧弱だったらしいその男は、それだけで数歩たたらを踏んだ。


「あぁん? なにすんだぁあ!?」

「べつに。おい、そのポケットの中身を俺に売れ」


 凄んでくる男を適当にかわしながら、幼女へと声をかける。

 すると、幼女は不思議そうな顔をして、ポケットから小さな石を取り出した。


「これ、ですの?」

「ああ。ギルドに登録してないならまだ取引はできないんだろ? だから、俺が石を買い取ってやる」


 なんの変哲もないただの灰色の石。

 けれど、見た目よりもずっしりと重い石を幼女から受け取ると、ギルドはどっと笑いに包まれた。


「うぉおい! 何言ってんだよ、おっさん! おままごとなら家に帰ってやったらどうだぁあー?」


 さっきまで俺に凄んでいた男がバカにするように囃し立てる。

 そして、それに合わせるように何人かから野次を飛ばされた。


 ……うるせぇ。


 だが、それに気を向けることなく、腰につけていた皮袋から一枚の硬貨を取り出し、幼女の前へ屈みこむ。

 それを渡すと、幼女はびっくりしたように目を丸くした。


「こんなに?」


 そして、そこへ大きな声が被さった。


「うぉえっ! 金貨じゃねえかぁあ! おっさん、呆けてんのかーぁ!? だったらオレにくれよぉー!」


 男が大声を上げながら、幼女に向かって右腕を伸ばす。

 俺は素早くその右腕を取ると、ぐぃっと背中側にひねりあげた。


 ――ゴキッ!


 そして、響いたのは骨と骨がきしみ、関節が限界を迎えた音。


 ……こいつの筋肉は飾りか?

 こんなことぐらいで関節が外れるなんて。


 やれやれと息を吐きながら、男の膝裏を思いっきり蹴り飛ばす。

 すると、男は痛みに声を上げながら、床へと這いつくばった。

 それに駆け寄る者もいれば、遠巻きに観察しているだけの者もいる。……まぁ、ギルドならこれぐらい日常茶飯事だし、問題ないだろう。


 俺は幼女のそばを離れると、この騒ぎをまったく気にしていないカウンターの職員のもとへと向かった。

 そして、年季が入った木のカウンターに、左手に持っていた布袋をドンッと置く。

 基本的に持ち物はすべて空間魔法に入れているが、あまり人前で空間魔法を使うと面倒事に巻き込まれる確率が上がる。

 だから、こういう場では他のヤツと同じように、布袋などに品物を入れ、取引するようにしているのだ。

 職員はその布袋から素材などを取り出しながら、手早く鑑定作業を進めていった。


「Sランク素材が四つとAランクが二十ですね。合計で金貨200枚と銀貨が1200枚。銅貨が376枚になりますが……」

「ああ、銅貨はいい。取っとけ」

「恐れ入ります」

「あと、これも頼む」


 俺と職員の会話にギルドの中がシーンと静まり返ったのがわかったが、気にせず手に持っていた石を差し出す。

 職員はその石を受け取ると、はて、と首を傾げた。


「これはただの石にしては質量がおかしい。けれど、表面を見た限りでは普通の石と変わりませんね」

「ああ。その質量はその石の内部にあるものだ。割ってみろ。中から竜の血が出てくる」

「……なるほど」


 職員は小さく頷くと、石を黒い板の上へと置く。

 そして、そこに銀色に輝くくさびを当て、金づちで叩けば、石はあっさりと半分に割れた。

 そこから出てきたのは真っ青に輝く宝石で……。


「確かに。竜の血を確認しました。大きさはさほどでもありませんが、純度が高い。……代金は金貨一枚というところですね」


 職員が感心したように呟く。

 俺はそれを聞き終わると、離れた場所にいる幼女に声をかけた。


「おい、これはどうやって見つけた?」

「これはわたくしが川原でみつけました。たくさんの石の中で、それだけがなぜか輝いて見えたのです」

「と、いうことだ」


 俺に届くよう、少し大き目の声で話す幼女。

 当然、職員にもその言葉は聞こえたようで、これまで顔色を変えなかった職員がきらりと目を光らせた。


「鑑定の才があるんですね」


 その言葉に俺も同意するように頷く。


「この幼さですでに鑑定の才が現れている。しっかりと教育すれば伸びるぞ」


 そして、職員にだけ聞こえるようにそっと付け足した。


 そう。さっきの男は子供ということで嘲っていたが、子供だからこそできることがある。

 たくさんの石の中から、この竜の血が入った石を見つけられたということは、この幼女には鑑定の才があり、しかも、これからいくらでも伸ばすことができるのだ。

 ギルドの職員は鑑定の才が必要な仕事も多く、万年人手不足。こんなに幼いころから育てることができるなら、ギルドとしても諸手を挙げて喜ぶだろう。


「では、先ほどの額と合わせて金貨201枚と銀貨1200枚をお支払いいたします。額が額ですので、用意するまでお時間を頂いてもよろしいでしょうか」

「ああ。じゃあ明日取りにくる」


 職員との話を終え、カウンターに背を向ける。

 職員が立ち上がった気配がするから、カウンターから出てきて、幼女をスカウトするのだろう。


 ……これで、幼女はなんとか生きていける。


 そう。幼女がすこしばかりの回復魔法を使えたからといって、命の危険がある魔物退治に連れていってくれるパーティーはない。

 もしあったとしても、それがまともなパーティーである可能性は限りなく低いはずだ。

 しかし、鑑定の才を使い、ギルド職員へなるのであれば、安全性も確保され、生活も保障されるだろう。

 ただの思いつきにせよ、覚悟の上の行動だったにせよ、ギルドが目をかけてやれば悪いほうへは行かない。


 最後に幼女へと近づき、その前に膝をつき屈みこむ。

 そして、じっと俺を見る碧色の目にふっと笑って見せた。


「いい目だ。しっかりがんばれよ」


 それだけ告げて、立ち上がり背を向ける。

 職員が幼女へと声をかけたのも聞こえたから、万事うまくいくだろう。

 だから、何の気兼ねもなく、ギルドから出ようと思ったのだが――


「待ってください!」


 後ろから軽やかな足音が近づいてくる。

 そして、それは俺に届く寸前でたんっと飛び上がり、気づけば背中からぎゅっと抱き付かれていた。


「わたくしを連れていってくださいませ」

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