最強錬金術師のゆったり放浪旅
しっぽタヌキ
第1話 お役目終了
魔王退治への同行を請け負い、早五年。
長い旅路の果てに、ようやく終わりが見えた。
今まさに、魔王が住んでいた城が白い光に包まれたのだ。
――これは浄化が完了した証。
城から少し離れた森にいた俺は、その光景にやれやれと息を吐いた。
そう。勇者パーティーに同行している俺だか、戦いには参加していない。
俺の役目は勇者たちの生活を整えること――つまりは雑用だ。
だから、魔王を倒し、満身創痍であろう勇者たちをすぐに休ませることができるよう、一人、せわしなく動いている。
まずは返り血や汚れ、汗などをすぐに落とせるよう、たっぷりの温かい湯と清潔なタオルを用意した。
さらに、傷の手当てもできるよう、薬や包帯なども準備。
そして、すぐに横になれるよう、人数分のテントを立て、内部を清潔に保つ。
あとは飲み物を用意し、要望があればすぐに食事も作れるよう、かまどには火を起こし、勇者の言葉を待つだけだ。
そうして、動いていると、森の木々を縫い、こちらに向かってくる勇者たちが見えた。
「一、二、三、四。よし。全員いるな」
毎度のことだが、この瞬間はやはり緊張する。
五年間、誰一人欠けることなく目的を達成できたことに、俺はほっと表情を崩した。
すると、そんな俺とは対照的に勇者はその眉間に皺をよせ、明らかにイラついた空気を出す。
周りにいるパーティーメンバーの女たちはそれを感じ取り、一斉に俺へと視線を向けた。……まあ、要は睨んでいるってことだな。
「おい、なんだそのゆるんだ顔は」
先頭を歩いていた勇者が俺が用意した丸太の椅子に腰かけながら、嫌そうに顔を顰める。
そして、周りの女たちはそれに同意しながら、俺が作った疲労回復効果の薬草が入った冷たい水をごくごくと飲んだ。
勇者もそれを飲み、俺を見て、言葉を吐き捨てる。
「やっと終わった。……俺が魔王を倒し、世界を救った。……お前が一度も戦闘に参加しないうちにな!」
「本当に信じられません。なんでこんな人がこのパーティーにいるのかしら」
「……みんなで助け合っているのに、一人だけ安全な場所にいるなんて……最低です……」
「何度伝えても改善されない。君には心底愛想が尽きたよ」
勇者と三者三様の美女たち。
高い武力と魔法力、そして魔王への耐性を持つ四人。これが魔王退治に選ばれたものたちだ。四人とも素晴らしい美貌だが、今はその顔にありありと嫌悪が浮かんでいた。
「役立たずが。俺たち四人の命がけの旅にお前の名も刻まれると思うと、反吐が出る」
「ご心配には及びません。国に帰れば、お父様に事情を説明いたします。お父様がこんな人を許すわけがありません」
「……私も、神殿に伝えます……」
「ああ。君に与えられる富も名誉もない」
四人のその言葉に、俺はやれやれと肩をすくめて、息を吐く。
すると、そんな態度が気に食わなかったようで、勇者が丸太の椅子からバッと立ち上がり、俺へと詰め寄った。
「どうせ俺たちについて回れば、なにもしなくてもおこぼれがもらえると思っているんだろう! 卑しい犬が! この五年、役に立たないお前のことを許してきたが、それももう終わりだ! 魔王を倒したこの瞬間さえもその態度! 這いつくばって謝れば許してやろうと思っていたが、もう許さない!」
勇者が俺の胸倉を掴もうと左手を伸ばす。
俺はその瞬間、素早く身を引くと、その左手を支点にして、勇者の体をぐるりと回し、地面へと叩きつけた。
――ドシッ!
思いの外、大きな音が鳴る。
まさかこんなことになるなんて思わなかったのだろう。
情けないことに、勇者は受け身も取れずに、無様に地面へと転がった。
「さて……魔王退治も終わった。お前らも全員生きている。――つまり俺の役目は終わりだな」
俺は転がる勇者を見ることもなく、広げていたテントへと近づく。
丸太に座っていた女たちはぽかんと口を開けて、俺を見上げていた。
「このテントは俺の私物だ。回収するぞ」
魔法で簡単に展開、収納できるテントに手をかざし、中にあった寝具ごと、すべてのテントを畳む。
そして、空間に切れ目を入れ、そこへぽいぽいと放り込んだ。
「うそでしょう!? 空間魔法を使えるのは魔法使いの中でも上位のほんの少しだけなのよ! それをあなたが使えるなんて!」
姫様がいつもの見下すような目ではなく、ただただ驚いて俺を見ている。
その言葉を聞きながらも、作業の手は止めなかった。
「この薬も俺が調合した私物だ」
そう言って、いつでも使えるように置いていた薬をこれも空間の切れ目へと放り込む。
適当に入れても、俺が出したいと思えば出てくるので問題ない。
「そんな……その薬はありえない回復量のポーション……神殿でも作ることができるのは一年に一つ……それをあなたが作っていたの……?」
神殿の巫女長がいつもの生気のない目ではなく、感情を大きく表した瞳で俺を見る。
その言葉にも反応せず、作業続行。
「あと、お湯も水も俺が生活魔法で出していたものだ。その他の備品も俺のものだから回収するぞ」
たっぷりと用意していたお湯。それを入れていた木のたらいやタオル、その他のものも全部、空間の切れ目へ。
「これまでのものは全部君が作っていたのか?」
女騎士団長がいつもの厳しい目ではなく、こちらを探るように俺を見ていた。
「そういう役目だったからな」
その言葉に適当に言葉を返し、周りを見渡せば、残ったのは勇者と女たちの持っていた水だけ。
さっきまでのキャンプ地としての能力はもうそこにはない。
「な、んでだ。なんで黙っていたっ!」
地面に転がっていた勇者はその場に座り込み、左肩を抑えながら俺を見上げている。
だが、その質問の意味がわからない。
なぜなら俺はそのことについては何度も説明したし、自分の役目を説明していたはずだからだ。
「言ってただろう? 魔王はこの森と周辺の土地すべてに結界を張っている。それは強い力を持つ者を感知する結界で、一定以上の力を使えば、すぐに魔王に伝わる。そうなれば、やつらは数で攻めてくるから、人間一人では対応できない、と」
そう。魔王軍の恐ろしさは数。しかも疲れと昼夜を知らないことだ。やつらに集中的に攻撃され続ければ、いかに強い人間といっても、太刀打ちできない。
「だから、お前たちが選ばれた。お前たちは魔王に力を察知されないもの。こっそり近づき、大将首を狙うための隠密だ」
もっとわかりやすくいえば、使い捨ての暗殺者ってところか。
「お前たちより強いものはたくさんいるが、隠密には向かない。だから、お前たちを強くするしかなかった。……言ったよな? 俺の役目はお前たちを強くし、魔王の城までたどり着かせることだ、と」
たった四人。大して強くもなかったこいつらを成長させる。
それが俺の役目だった。
「空間魔法や生活魔法は魔王にはばれにくい。俺は剣を使うにも魔力を帯びてしまうから、戦いに参加できなかった。……と、何度も言ったよな?」
あまりにも説明を聞かないから、ここ一、二年は言うのを諦めたが。
「嘘じゃなかったのか……。俺は……お前が王から貸し与えられた収納魔法が付与された鞄を持っていて、中にすばらしい道具がたくさん入っていると思っていた。……お前はその恩恵にあずかっているだけなのだ、と」
……まあ、俺の話を信じたくない気持ちもわからなくはない。
だから、呆然としている勇者に肩をすくめて見せ、その場を離れるべく、最後の言葉をかけた。
「お前たちが魔王を退治した瞬間に城に光があふれた。そのことは国の上層部に伝わり、速やかにこちらに騎士団が派遣されるはずだ。魔王が消えた今、統率されていない魔物はただの動物に過ぎない。お前たちへの迎えもあるだろうから、それまでがんばれよ」
じゃあな、と、背を向ける。
騎士団が勇者たちを見つけるまでは一週間といったところだろう。
水は置いてきてやったから、なんとか生き延びることはできるはずだ。
だが、俺がいたときのように、毎日風呂に入り、屋根のある寝床でゆっくり休むことはできない。そして、薬もなければ、食事を取ることも難しいだろう。
まぁ、役立たずの俺はさっさとお暇しよう。
そもそも、俺は王宮に戻る気などさらさらなかった。富にも名誉にも興味はない。
魔王退治へ同行することへの報酬は今後、俺を探さない、ということだ。
王宮のくそ野郎どもがいつまでそれを守るかはわからないが、せめて五年は悠々と暮らしてやる。
だから、勇者たちに会うことはもうないだろう。
「お前らが全員生き残れてよかったよ」
それだけ告げて、俺は森の出口を目指した。
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