ストゥディオーロの女たち
せち
第1話 少女は戦争に行った
————それがどんな日のことだったかはもう思い出せない。
「私さ、生まれ変わったらやりたいことあるんだよね」
焦げ臭いにおいが鼻につく中、地面に人形のように倒れたレイが灰色の空を見上げながらぽつりと呟いた。夢を語るのはいいことだけれど、何事にもタイミングというものがある。
「その話、今じゃないとダメ!?」
「巻奈、輸血輸血!」
「ユウリも腕やばくない!?」
腕が重たくて上手く動けない。片耳の鼓膜も破れてしまったようで、怒鳴り合ってるみんなの声もどこか遠くから聞こえてるみたいだ。でも銃の音はしないから、たぶんあっちも弾切れなんだろう。
「こっちも弾切れだからなんにもできないけどね」
「なんか諦め入ってる?」
「入ってない入ってない」
「生まれ変わったら大きい家に住みたいなぁ。お庭がついてる、大きい家」
「え、レイまだその話続ける気でいるの?」
「諦めよ、こうなったら最後まで話すから」
地面を血染めにするくらい出血しているのに、意外としっかりした口調のレイラが続きを話し始めるからそちらに視線を向けた。これだけ意識がしっかりしていれば今回も生き残れそうだ。とはいえ安静にしてほしいけど。
「レイの家、今でも十分大きいじゃん」
「だってあの家、来月には爆破されるよ」
「あはは、言えてる」
レイもそうだけれど、私は………私たちは平凡な世界に住んでいない。家は数か月単位でなくなってしまうし、そもそもどれだけ大きな家があったとしても家に帰るタイミングがほぼないんだから意味だってない。
「壊れない大きい家に住んでさ、猫とか飼いたい」
「猫かぁ、私は犬の方がいい」
「どっちでもいいよ。あとサボテンとか育てる」
「なんでサボテン?」
「枯れないでしょサボテンは」
「その程度の覚悟で植物育てないで!」
「うおびっくりした、巻奈どうしたの?」
「で、週末には買い物に行くの。お出かけしてもいいなぁ」
「え、っていうかレイ、それ足とれかけてない?」
「へーきだよ、銃弾ごときで私は死なないし」
「えええ………?」
レイの言うことは理解できる。いや、足がとれかけても死なない人外性が置いといて、家の話。猫か犬がいて、サボテンがあって、そんな場所で見上げれば今日みたいなどんよりとした灰色の空だって綺麗に見えるのかもしれない。それが許されるかどうかは分からないけど。あれ、でも。
—————私たちって、誰のせいでこんな生活してるんだっけ。
「っていうか、めっちゃ普通のこと言うじゃんレイ」
「私だって普通に人間だよ?」
「ふ、普通………かなぁ………?」
「そう、普通普通」
取れかけた足を強引に腕力でくっつけようとしているあたり、普通とは言いがたいけど………本人がそうやって言うならとりあえずは言い分を聞いてあげよう。
「でもそっか、大きい家にお買い物に犬に猫にサボテンか」
どん、と相手側の陣営から破壊音がして曇り空が一気に明るくなる。あーあ、補給が終わっちゃったか。じゃあまた働かないとね。
「え、っていうかさ」
弾の装填を終えたらしいミアが膝立ちで相手の陣地を確認しながら、にこりと笑ってこちらを振り返った。表情は愛らしいのに、返り血と顔にかかったブロンドの髪のせいですごみが出ている。
「それ、今からじゃダメなの?」
「へ?」
「いやだからさ」
相手の陣地にデザートイーグルの照準を向けながら、ミアは事も無げに言ったのだ。
「その夢叶えるの、今からでもいいでしょ」
——————そんな夢みたいなことを。
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