潜入!前野邸!


「裏口に来たは良いけど、本当に開いてるのかよ⋯⋯?」

「協力者が開けてくれる手筈になってる」



 あれから数分後、龍馬から突入の指示があった。その指示を受けた桜河と誠司は、足音を忍ばせ前野邸の裏口に向かい、今まさにドアノブに手を掛けようとしているところだ。


(本当に大丈夫なんだよな⋯⋯?)


 桜河は僅かに不安を抱きながらも恐る恐る冷たい金属製のドアノブに手を掛け、ゆっくりとひねった。



 ————カチャリ⋯⋯。



「本当に開いた!!」

「ちょっと!! うるさいんだけど!?」

「言っとくが、お前の方がうるせーからな⋯⋯!?」

「っ⋯⋯いいから、行くよ!」


 図星を突かれてムッとした表情になった誠司は、桜河の制服の袖を掴み強引に歩き出した。


「お、おい⋯⋯!!」

「ちょっと! 今の状況分かってる? こっちはアンタと僕の2人だけ。それに対して九頭龍派の兵は掃いて捨てるほどいる。見つかれば多勢に無勢で勝ち目なんて無いんだから。⋯⋯次に大声出したら僕がアンタの首を掻っ切ってやるからね」


 そう言って、誠司は桜河を射抜くような鋭い視線を向ける。コイツならやりかねない、そう思った桜河は喉から出かかった抗議の言葉を既のところでゴクリと飲み込んだ。





✳︎✳︎✳︎







 御伽噺に登場するような屋敷の内部は外観通りに豪奢な造りで、天井にはシャンデリアが煌々と輝いている。

 桜河たちは人の気配が無いのを良い事に、大胆にも駆け足で2階に上がるための階段を目指す。


(まさか、自分が泥棒みたいに人様の家に侵入する事になるなんて思っても見なかった)



 屋敷の間取りは事前に頭に叩き込んである。そして、前野正一の行動パターンやタイムスケジュールなどの情報も協力者によって提供されていた。

 それによると、彼は日付が変わる前には就寝しているようだ。現在の時刻は1時21分。ちょうど眠りが深くなる頃合いだろう。



 木製の螺旋らせん階段を登り、2階に辿り着くと空気がピンと張り詰めるような心地がした。妙な寒気と緊張から、肌があわ立つ。

 シンと静まり返った廊下で細心の注意を払いながら、目指すは一直線に前野正一の眠る寝室だ。



(順調だ)


 桜河が好調な滑り出しにホッと胸を撫で下ろしていると、顔をしかめた誠司が口を開いた。


「おかしい⋯⋯」

「何がだよ⋯⋯?」

「⋯⋯余りにも上手くいきすぎてる」

「はぁ? それの何がいけないんだ⋯⋯?」

「敵の罠かも、って事。⋯⋯いくら真夜中とはいえ、こんなにも人の気配を感じないのはおかしい」

「⋯⋯⋯⋯?」

「まだ分かんないの? ⋯⋯これだからバカと組むのは嫌だったんだよ」

「っ⋯⋯仕方ねーだろ!? 初めてなんだから!」

「⋯⋯言っとくけど、そんな舐めた事言ってる奴から戦場では死んでいくんだ。敵はアンタに戦闘経験が無いからと言って手加減なんてしてくれないよ。寧ろ、ここぞとばかりに攻撃してくるだろうね」

「⋯⋯⋯⋯っ」


 痛いところを突かれた桜河は言葉に詰まる。


「いくら前首相といえど、ここまで屋敷の警備が手薄なんてあり得ない。⋯⋯これじゃあ殺してくれと言ってるようなものだ」


 誠司は険しい顔で独り言のように呟いた。



「⋯⋯俺たち以外にも狙ってる奴がいるのか?」

「いるよ。しかも、僕たちよりもずっと過激な奴らがね」

「へえ⋯⋯⋯⋯?」




「さ、無駄話はここまでだよ」


 誠司はそう言ってとある部屋の前で立ち止まった。

 彼はほのかに殺気立った空気を纏わせており、それが桜河にまでも伝わりぶるりと身震いする。


「僕たちの任務は眠っている前野前首相をここから運び出す事だ。そして、外で待機してる別働隊に引き渡す。万が一抵抗するようならアンタの持ってる麻酔銃を撃ち込んで黙らせてよね」

「わ、分かった⋯⋯」


 先ほどまでとは比べ物にならないほどの緊張感から、桜河はゴクリと息を呑んだ。



「あ、開けるぞ⋯⋯!」


 声を潜めて誠司に合図をし、桜河はドアノブを慎重に捻る。



「「!!」」


 扉を開けて目に入った光景に、桜河と誠司は思わず声にならない声を上げた。




 真っ暗だと思っていた部屋の中は予想外に明るく、その目映さに目を細める。

 そこに目的の前野正一の姿は無く、居たのはベッドに浅く腰掛ける気の強そうな長髪の少年と、彼の傍らに控えるやや気弱そうな雰囲気のおかっぱ頭の少年。2人は白髪に赤い瞳を持つ、年の頃は桜河たちとそれ程変わらない少年たちであった。

 そして、その側には涙目で座り込むエプロンドレス姿の女性がいる。



「やっと来たァ! 待ちくたびれたよ、反逆者さんたち♡」


 ベッドに腰掛け足を組んでいる少年はそう言って、ニィッと笑みを深めた。





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