倒幕の立役者、坂本龍馬




 むっつりとした顔でだんまりを決め込む誠司の案内の元、桜河は行き先も分からずただひたすらに屋敷の長い廊下を歩いて行く。

 屋敷の中には美術館に展示してあるような掛け軸や如何いかにも高そうな壺、さらには刀などの調度品が至る所に置いてあった。


 桜河は時々、興味が惹かれるものを見つけて足を止めるが、誠司は脇目も振らずにスタスタと足早に歩みを進める。後ろをついて歩く桜河のことなどお構いなしだ。



「アンタさぁ、さっきの若様に対する態度は何なの? バカなの? ふざけてるの?」


 不意にクルリと振り返った誠司は、まくし立てるように言い放つ。彼はというと、相変わらず視線だけで人を殺してしまいそうなほどの鋭い目つきで、景家の前ではぱっちりと開かれていた丸い瞳をこれでもかと細めて桜河を見ていた。


「お前こそ初対面から刃物突き付けてくるなんて頭沸いてんのかよ! てかお前、絶対歳下だよな? 何歳だよ! ちなみに俺はっ! 16歳、だっ!!」


 彼の幼さが残る顔を見て歳下だと確信した桜河は、詰まらないマウントをとってしまう。

 そんな桜河に誠司は深くため息を吐く。そして、眉間にこれでもかと深いしわを刻み不機嫌な表情で口を開いた。


「年齢でしか僕に勝てるところが無いからって、これだからバカは⋯⋯。15歳ですけど、何か?」

「ほら、やっぱり! 歳下なら歳上を敬えよ、敬語を使えっ!」


 予想が的中したことに桜河の気分は高揚こうようし、とたんに先輩風を吹かせる。

 学生の1歳差というものはとてつもなく大きなものであり、ひとつ歳が上というだけで大人っぽく見え、尊敬と畏怖いふの対象となるのだ。



「ねぇ、知ってる? 敬語って相手への敬意を表すために使うものなんだよ。そんなことも知らないの? セ・ン・パ・イ」

「つまり何だ? 俺は敬うに値しないってことかよ⋯⋯っ!」


 フンっと馬鹿にしたように鼻で笑う誠司を見た桜河は、思わず彼の胸ぐらを掴みそうになる。

 しかし、その時近くのふすまが開き、そこからひとりの男が顔を覗かせた。



「外が騒がしい思うて見たら、今度の新人は威勢がええのう!」


 男はニッカリと白い歯を見せて笑う。



「坂本先生」


 誠司がその男の名を呼ぶと、彼は桜河に向き直り、程よく筋肉がついて日焼けした雄々おおしい手を差し出した。


「わしゃ坂本龍馬さかもとりょうまじゃ。ここで指南しなん役を務めちゅう。これから長い付き合いになる思うきよろしゅうな」



「さ、坂本龍馬って⋯⋯あの!?」


(こんな有名人までいるなんてここってもしかしてめちゃくちゃすごいところなんじゃ!?)


 桜河の反応を見た龍馬は慣れているのだろうか、「そうじゃ」とだけ言ってスッと襖を開けてみせた。


「ここが維新部隊の本部じゃ。さ、入っとおせ」



 龍馬に案内された帝都維新部隊の本部だというその場所は、和風な建物にはおよそ似つかわしくない最先端の電子機器がずらりと並んでおり、床には畳ではなく一面、白い大理石が敷き詰められている。

 いやに近代的なその部屋だけが、古びた屋敷の中で異様な雰囲気をかもし出していた。





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