徳川の悲願




「ボクは⋯⋯ボクたち徳川の血筋を命をして守ってくれた家臣たちに報いたい。彼らに再び徳川が作る太平の世を見せてあげたいんだ。身勝手な願いだが、これはボク1人の力では成し遂げられない。だから、オウガ⋯⋯。どうかボクにキミの力を貸してくれないか?」


 桜河から景家の表情は見えなかったが、それでもひしひしと悲痛な思いが伝わってくる声音だった。



「あんたの言いたいことは分かった。その志もご立派だと思う。だが、俺には無理だ。前世の記憶なんてさっぱりだし、人の為に命をかけて戦う理由も、殊勝しゅしょうな志もない」

「そうか⋯⋯。それは残念⋯⋯と言いたいところだけど、それならこのままキミを黙って帰す訳にはいかないな」

「はあ!? 従わないからって俺を殺すのかよ!?」

「⋯⋯⋯⋯」


 桜河の問いに、景家は沈黙をもって答える。


(まじかよ!? 俺に残された道は二つに一つってことか!?)


 命の危機の前に、あまりにも人は弱い。桜河は深くため息を吐いた後、渋々と口を開いた。


「分かったよ! やりゃいーんだろ!? でも、あんまり期待すんなよ! 革命なんて大層なこと、俺に出来るとは思えねえし、死ぬようなことは絶対に御免だ!!」

「ありがとう。オウガならそう言ってくれると思っていたよ。それに、キミに出来ない筈がない。ボクはそう信じているよ」

「言わせたくせになんなんだよ⋯⋯! お前絶対友達いないだろ!」

「ボクたちは出会ってしまったんだ。これも運命だと、諦めも時には必要なことだよ」


 桜河渾身の嫌味も景家には全くと言って良いほど効かず、軽くいなされてしまう。


「早速だけど、オウガ。これからセイジと一緒に指南役の先生の元へ行っておいで。彼から色々と教わると良い」








✳︎✳︎✳︎






「ふふっ。悪の組織では無いのだから、オウガを殺すなんてことはしないさ。協力してくれないというのなら、ボクたちに関する記憶を消して帰すだけだったのだけれど⋯⋯まあ、オウガが勘違いしてくれたのなら重畳ちょうじょうかな」


 人が出払った部屋で、景家はひとり小さな声で呟く。



「キミは覚えていない、なんて言っていたけれど⋯⋯戦いの中できっと思い出すよ。圧倒的なハンデを抱えながらも昔の“ボク”や無辜むこの民の為に命を賭して戦ってくれていたキミの、あの真っ直ぐな瞳は変わっていないのだから⋯⋯」


 御簾の中で、景家のクスクスという鈴の音のような笑い声が響いた。




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