第二十七話:とあるギルド従業員の受難
一人の青年が今日も冒険者ギルドに向かう。
ギルドに近づくにつれ、周りがいつもと違う雰囲気である事に気付く。
お行儀が悪いとは思ったが、気になった青年は同じような雰囲気を醸し出している一組の会話に耳を傾ける。
「マジ? アイツにそんな趣味あったの? キモッ! 近寄りたくないんだけど…… 受付辞めてくんないかな」
「受付どころかこの国から居なくなって欲しいわ。いや、まずはアイツがいたという記憶を俺の頭から消去してほしいわ」
「「わかる~」」
青年は他にも同様な雰囲気で会話している集団からコッソリ盗み聞きしていたが、同様の内容ばかりだった。
(昨日と全然雰囲気が違う…… 一体何が…… それにさっきから会話に出て来る『アイツ』って誰だろう? 色んな話を聞いている限りは同一人物っぽいけど)
青年は首を傾げながら冒険者ギルドに向かう。
向かう途中で不快感な表情をしている人を何人も見かけるが、服装や振る舞いから冒険者である事が判る。
ただ、それ以外のお店の従業員、主婦、少年少女などは至って普通だ。
(冒険者だけっぽい? ……ギルドだったら何か原因がわかるかもしれない。早く行ってみよう)
早歩きでギルドに向かう。どんどん空気が重くなっていくのを感じる。
ようやくギルドが見えた所で女性の悲鳴が聞こえてきた。
「いやああああああ。ちっ…… 近寄らないで、このケダモノ!」
青年は急いでギルドの入口を力いっぱい開けて建物に入る。
その時目にしたものは……
「ちょっ、だから違うんだって! あと、その台詞は誤解を生むから止めてー!」
女性従業員に必死の弁解をしようとしている男性従業員――その名はハンス。
「ハ、ハンスさん!? 一体何をやってるんですか? というか…… 何があったんですか?」
「ディック君、良い所に! お願い! ミランダちゃんを説得して」
状況をまるで把握できていない青年――ディックはミランダに事情を聞こうと振り向くと、ミランダは真っ青な顔でディックに向かって大声を出す。
「ダメ! ディック君、そのゲスに騙されないで! この最低男、純真無垢なディック君に何を吹き込もうとしてるのよ。心底見損なったわ」
感情的になっている二人を見て話を聞くのは無理かと悟ったディックは第三者に聞こうと辺りを見渡すと……
その場に居たディックを除いた全員がミランダと同様、軽蔑の視線をハンスに向けている。その光景を見たディックは察した。
(もしかして、さっきの冒険者さん達が話していた『アイツ』ってハンスさんの事かな? みんな感情的になってるみたいだし、僕が聞いてみるしかないかな)
「ミランダさん、落ち着いてください。事情が分からないと僕もどっちを説得していいのか分からないんですけど……」
「ディック君はやっぱり天使……」
「ハンスさん、今日ここに来る途中で色んな人が噂していたんですけど、恐らく同様の話だと思うんですよ。一体何の話がキッカケになったのか、ハンスさんは覚えがあったりします?」
「えっと…… それは……」
言い淀むハンス。それはまさに「原因はわかってるし自覚もあるんだけど、口にできない。というかディック君にみんなと同じ目を向けられたらマジで生きていけない」という最後の防波堤を守る為にどんな言い訳をするか必死に悩んでいた。
(天使ディック君ならワンチャン理解者になってくれるかもしれない。)
「言い難いなら、こっそり僕にだけ耳打ちしてくれますか?」
ディックは耳に掛かっている髪をかき上げてハンスに向けて「はい……どうぞ」と呟いた。その仕草が誰から見ても女の子にしか見えないので、視界に入っていた冒険者達は一斉に頬を赤らめてゴクリと喉を鳴らしていた。
それは女性であるミランダも例外ではない。ディックの仕草を見入ってしまい、言葉を失っていた。当然ハンスの事など一瞬忘れていた。
ギルド内が静寂に包まれたその時、裏手にあるギルド事務所のドアが開いた。
そこに居たのは見た目還暦前後だが、それを思わせない程のビルドアップした筋肉はビクン、ビクンと踊っているようだった。
「ハンス、君には暫く内勤を命じる。事務所に入ってきなさい」
「ギルマス! で、でもこのままじゃみんなに誤解――」
「いいから、人の噂もなんとやらだ。しばらくすれば皆も飽きるし、ただの性癖…… さすがのワシもドン引きするけど、諦めろ。今は何を言っても火に油を注ぐだけだ。ミランダ、すまんがここを頼む。人員の調整は後ほど行う」
「わかりました。代わりの人員よりも早くそこの異常性癖者を隔離してください。あと、ぜーったいディック君には近づけない様にお願いしますね。教育に悪すぎるので!」
「分かってる。それに…… ワシもこれ以上”彼女”を怒らせたくないのでな」
ギルドマスターはそう言うとディックを一瞥してハンスの首根っこを捕まえて事務所に入っていった。
(彼女って…… 僕は男なんですけど)
そしてディックにはいまいち通じていなかった。
「それにしてもギルドマスターはやっぱりかっこいいですね。キレッキレの筋肉なんて男の憧れです」
その言葉にミランダの顔面は血の気が引いて真っ青になっていった。
「なんて恐ろしい事を言うの、君は! ダメダメダメ、ぜーったいお姉さんは許しません。ディック君にあんな達磨スタイルが似合うわけないでしょ。そんな事よりさっきのえっちな仕草をお姉さんにもう一度やって見せてくれない?」
「えっちな仕草ってな、な、何言ってるんですか! ぼ、僕そんな事してませんけど!」
えっちという言葉に過剰反応するディック。その慌てように少々興奮して舌なめずりするミランダ。直後、背中に激しい悪寒を感じて我に返った。
その一部始終を見ていた冒険者の一部は前かがみになりながら、ギルドを出て行ってその日は戻ってこなかったとか。
そしてその場にいた誰もが思った。
”カワイイに性別は関係なかった”のだと
◇
そんな険悪なムードだったギルドがほっこりし始めたのとほぼ同時期、とあるダンジョン内で一組のパーティが口論をしていた。
「今……なんて?」
「あ? 理解できなかったか? なら一回言ってやるよ。お前はもういらねえ、パーティから出ていけ…… 追放だ」
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