【短編版】【追放した側の物語】追放したテイマーが神獣を使役して最強になった上に俺のパーティーを貶めてきたので、タイムリープして神獣を逆に俺達が使役した結果
八幡寺うまみち
追放の代償
ギルドの貸し会議室。
俺は、仲間の一人につらい宣告をした。
「ダレン・シーラン。お前をクビにする。
「え……?」
ダレンの顔色がみるみる青ざめていく。
気持ちは分からんでもない。さっきまで共にクエスト達成を喜び合っていた仲間から呼び出されたと思ったら、いきなり解雇を言い渡されるなんて誰が想像できるだろうか。
しかし、現実は無情である。
「聞こえなかったのか? 俺は出て行けと言ったんだぞ」
「テリー! ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、何か悪いことしたか!? それなら謝るよ。ごめ……」
「うるさい!」
未練がましく言い寄るダレンが煩わしくて、思わずドンッと机を叩いた。
俺の怒鳴り声にビクッとなりながらも、しかしダレンは必死に食い下がってくる。
「お願いだよ! 理由を教えてくれ! このままじゃ納得できない!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でプツンと何かが切れた音がした。
怒りに任せて勢い良く立ち上がり、そのままダレンへと詰め寄っていく。
「いい加減にしろよテメェ! お前みたいな役立たずをこれ以上置いておく理由がどこにあるって言うんだよ!」
突然豹変した俺の様子に驚いたダレンだったが、それでも負けじと言い返してくる。
「俺は皆のために一生懸命働いてきたつもりだ! こんな仕打ちを受ける謂れはない! テリー、頼むから考え直してくれ……!」
「一生懸命だと……!? ふざけるな! もしあれがお前の精一杯だというなら、どの道もううちには置いておけねえな! ソレ以上にはならねぇってことだろ!?」
「それは……」
荷物運びにも便利だし、いざという時の食料にも困らない。
ただ、それだけだ。
それら全ては、無くてはならないというほどの必然性はない。
この世には
ダレン能力は、簡単に代替できるのだ。
何よりも……こいつには、向上心がない。
いつまで経っても
「大体お前は何なんだ! いつも偉そうにしやがって、それでいてあの程度の仕事しかできねぇのか? そんな奴はもういらないんだよ!」
「……」
とうとう黙ってしまったダレンを見て、少しだけ罪悪感を感じたものの、今更撤回するつもりはなかった。
こいつは俺達のパーティーに必要ない。
これは仲間の誰もが一致した意見だ。
ダレンは観念したのか、黙ったまま俯いて、トボトボと部屋をあとにした。
──結果として、ダレンをクビにした俺達の判断は間違っていた。
追放した翌日から、ダレンは銀髪の美女とコンビを組んで、怒涛の快進撃を見せたという。
というのも、その銀髪の美女というのが、神獣と謳われている銀狼だというのだ。
神の力を手にしたダレンは、瞬く間にギルドのトップ冒険者に躍り出た。
対する俺達は、ことごとくクエストの失敗を繰り返した。
最初こそダレンが抜けた穴を埋めるために調整していたから仕方がないとはいえ、それでも立て続けにクエストを失敗するのは、どうもおかしかった。
まるで疫病神に取り憑かれているかのような……。
あまりにも不運が続きすぎたんだ。
本来ならばそこにいるはずのない遠方の強力な魔物がクエストの最中に現れたり、雑魚も妙に耐久力があって、そのくせ、異様に統率が取れた連携攻撃を繰り広げてくるのだ。
魔物は知性が低く、連携といっても同種によるワンパターンじみたものしか知らないはずなんだ。
それなのに、異種族同士がまるで軍隊のように襲ってくる。
耐久力の高い俺や前衛の味方を素通りで、後衛の魔法使いや僧侶を狙ってくるのも、これまであり得なかった。
そんなわけで、俺達は失敗続きでボロボロに消耗するばかり。報酬も出ないので、みるみるみすぼらしくなってしまった。
……冒険者ランクも、これまでAだったものがBに降格。次、失敗すれば一気にD以下に落ち込むとも言われた。
最悪だ……。
むしゃくしゃして、俺は一人で街へ繰り出した。
まだ日は高いというのに酒を飲みながら騒ぐ冒険者達の姿が見える。……あいつらも俺と同じようなものなのだろう。
ふらりと立ち寄った酒場で適当に注文を済ませると、出された酒を一気に飲み干す。
少し酔いが回ってきたところで、何気なく店の入り口の方を見た。……そこにいたのはダレンだった。
気まずそうに顔が引き攣るダレンに、俺は自然と声を掛けた。
「……よう、久しぶりじゃないか。元気にしてたか?」
「……」
俺の言葉に対し、ダレンは何も答えない。ただ俯いているだけだ。……隣にいるのは、くだんの銀狼か。
それは眉目秀麗を絵にかいたような美女だった。長い銀髪をかき上げるその何気ない仕草にさえ、息をのむ。
しかしその姿は幻想にすぎない。
銀狼の本来の姿は、巨人も一飲みしてしまうほどの巨体と獰猛さを併せ持つバケモノだ。
うちの僧侶は生臭坊主だが、神話を紐解く研究者でもある。そいつが教えてくれたのだが、すっかり銀狼にブルっちまって、次の日には「修行し直します」と書き置きを残して自らの宗派の総本山に逃げ帰りやがったがな。
……まあ、そんなの今の俺には関係ない。
要は使えないゴミが、運良く最強の魔物を使役だきただけで、ダレン自身に何らかの変化があったわけではないのだ。
それなのに、いつの間にかダレンは褒め称えられ、今やSランク冒険者に。
俺達は、明日にはDランクに落ちてるかもしれないというほど落ちぶれた……。
腹いせに、ウザ絡みしてやろうってだけだ。
「おい、聞いてんのかよダレン」
「……あぁ、久しぶりだね。テリー」
ダレンは力無く笑うと、カウンターに座った。てっきり出ていくかと思ったが、やはり隣に銀狼が睨みを効かせてくれるってのは相当な頼りになるようだ。現に俺、睨まれてるし。
「どうしたどうした、暗い顔してるぜ? Sランク冒険者様がなにしみったれていやがる。それとも何か? 俺の落ちぶれようを見て、憐れんでんじゃねえだろうな……あ?」
冗談交じりに笑いかけてやったが、ダレンは暗い顔をしたままだ。つまんねぇ奴……。
「本当に、とんだお笑い種だよなあ、ダレン。使えねぇゴミだと思っていた奴が、実は神獣様を使役できるほどの力を持っていただなんてよ。それを切り捨てちまった俺達は、まさに神から見放されたように、何もかもうまくいかねえ。お先真っ暗ってやつだ」
「……ごめん、テリー。そんなつもりじゃなかったんだ」
謝るときたか。どこまでも俺を惨めにさせてくれる。
そんなつもりじゃないだと……? じゃあなんだって言うんだよ。神獣を使役できるほどの力を持ちながら、俺達の前では手を抜いて、そこらへんの動物くらいしか操ってなかったってか? それを今更、謝罪しているとでも?
知ってるさ。
お前は、どこまで行っても
そこに微塵も変化はない。銀狼が隣にいることで強気ではあるが、むしろその気持ちの変化こそ、奴が何も変わっていない証拠にほかならない。
だから、絶対に、ダレンはラッキーでのし上がっただけなんだ。
神獣や魔人・亜人といった高位の魔物は気まぐれだからな。たまたま人間に手を貸すこともあったって、不思議じゃない。
だからお前が謝って済む問題じゃな……。
……いや、待て。
おかしくないか?
ダレンが抜けてからすぐに、俺達はクエストを失敗するようになった。
それは突然魔物が強くなったり、対策ができていない強力な魔物が、突如として現れたりするようになったせいだが、不思議なことに、そんな事態は、俺達のパーティー以外からは聞いたことがない。
高位の魔物は配下を持つ。
ダレンが、その銀狼と手を組んだのは、俺が追放してすぐ……。
「……ダレン。お前、まさかとは思うが、俺達に何か……仕返しだなんて、していたわけじゃないだろうな?」
ダレンは答えない。しかし、その沈黙こそが雄弁に物語っていた。
こ、こいつ……! 俺達を貶めるように、銀狼に仕向けたな!?
「ダレン! お前、自分が何をしているのか分かっているのか? 俺達が受けた依頼を台無しにしたんだぞ? ギルドからも見放されたら、俺達は終わりなんだ。分かってるのか!?」
あり得ない事実に気付いてしまった焦燥が、喉を震わせる。それでもダレンは俯いたまま何も言おうとしない。それがまた、俺の怒りに油を注いでくる。
「何とか言ったらどうなんだよ!」
「……分からないよ」
「はぁ!?」
予想外の返答に思わず声を荒げてしまう。しかし、そんな俺の反応にも構わず、ダレンは淡々と言葉を続けた。
「俺には分からなかったんだ! そんなこと……だけど、アヤメが……この子がどうしてもって、聞かないんだ。気が付けばアヤメはどこかに行ってて、詳しく聞こうとしても『ゴミ掃除じゃ』としか言ってくれないし……それがまさか、君達にそんなことをしていたなんて、思いもしなくて……」
「……お前、正気なのか?」
「俺は悪くないんだよ! わかってくれよ!」
必死に訴えるダレンは――笑っていた。
「お前、狂ってるんじゃねえのか……?」
「そうかもしれないな。……俺はもう行くよ。それじゃ」
ダレンは立ち上がると、そのまま振り返ることなく店を出ていった。
後に残されたのは、困惑する俺と、ダレンが飲んでいた酒だけだった。
それから数日が経った。
当然、俺の中では未だに怒りがくすぶっている。
ただ、ダレンの態度を見て、少し不安になっているのもまた事実だった。
もしダレンが本格的に復讐するつもりなら、こんなものじゃない。なにせ神獣の力は絶大だ。
俺は頭を振って、嫌な考えを振り払った。
そして改めてダレンのことを考える。……俺への恨みがあるのは間違いない。だけどこれから先、どう出るのか、ダレンの考えが読めなかった。……あいつは何をしようとしている?
今まで通りなら、恐らくクエスト中を狙ってくる。
また強大な配下をけしかけるか、もういっそあいつらが直々に表れて、殺しに来るかもしれない。
――ふざけるなよ。
ただで死んでたまるか! 返り討ちにしてやる――!
俺達は、もし次のクエストに失敗したら、もうこの街にはいられない。各々が各地に散って、また一から出直すだろう。
俺達全員に復讐をするというなら、次のクエストだ。
いつ奴らが襲ってきてもいいように、万全の準備で挑んでやる。
――ダレンをぶっ殺す!
「……どういうことなんだこれは!?」
――そんな決意の翌朝、俺はギルドに呼び出された。そしてそこで告げられたのは、予想外過ぎる内容だった。
「ですから、テリーさん。あなた方の冒険者資格を剥奪することになりました」
受付嬢は感情の無い声で淡々と告げる。
「剥奪だと!? ふざけんな!」
思わず怒鳴りつける。
淡々と業務をこなす受付嬢。
「テリーさんは、今回の件で被った被害の全ての責任を負っていただくことになります。具体的には、ギルドから除名処分となり、同時に罰金の支払いが課せられることになっています」
「ちょっと待ってくれ。俺は何も悪くねぇぞ!?」
「もちろん分かっております。ただ、ギルドとしては一度下した裁定を覆すことはできないのです。申し訳ありません。……銀狼の機嫌を損ねてしまった、ご自身の不運をどうか呪ってください」
「そんな……」
……まさかこんなことになるなんて。
先手を打たれた。ダレンの奴、徹底的に俺を貶める気なのだ。
「今後、ギルドへの立ち入りは永久的に禁止いたします。どうかご了承くださいませ」
それだけ言うと受付嬢は何やら指示を出して、間もなく、屈強な黒服の男達が俺をギルドの外へと投げるように連れ去った。
ぽつんと一人になった途端、抑えていた感情が溢れてくる。
――なんでこんなことに……! ダレンを甘く見ていた。あいつはもっと狡猾に俺達を追い詰めると思っていたのだ。
だけど、現実は違った。
あいつは真正面から、堂々と俺達に嫌がらせをし始めた。
それはまるで――子供の喧嘩みたいに。
「ちくしょう……」
悔しさに身を震わせていると、背後から声をかけられた。
「やあ、元気かい?」
「……ダレン」
俺の前に立つ男。その表情にはもはや何の色も浮かんでいなかった。ただ無感動に俺を見つめる瞳があるだけだ。
「ひどい姿だね。あのテリーとは思えないな」
「何か用かよ」
「用というか、宣言だね。……俺はこれからも、君達に報復するつもりだ」
「ふざけんなよ!」
怒鳴りつけるも、ダレンは気にする素振りすら見せない。それがまた俺の怒りを煽ってくる。
「俺達に復讐だなんて、筋違いだろ……! お前がもっとちゃんとしてりゃよかったんだ! お前に向上心があったなら、こうはなってなかった!」
「……ぷっ! 向上心?」
ダレンは笑った。嘲笑だ。
たけど次の瞬間には途端に笑顔は消え、真顔で、怒りにも似た声色で言う。
「はぁ……? テリー、そりゃないよ」
ビリッと空気が張り詰めて、喉が震えた。
俺は今、こんなやつに……ビビっちまってる。
「こんな状況になっても言い訳ばかり……もう、いいや」
ダレンの表情が変わる。それは初めて見る感情の発露だった。怒りとも悲しみとも違う、憎しみに満ちた目だ。
「もういいや。終わらせてやる……。こんな腐った奴が少しでも反省すると期待してた俺がバカだった!」
「待ってくれ! 落ち着け!」
「俺はもう決めた。この手で全てを終わらせる。だから、テリー」
ダレンの目に狂気の色が宿るのを見た。
「もう、死ね」
――ドンッ! という音が響いた。
「ぐっ……!?」
衝撃と共に俺の体が宙を舞う。そして床に叩きつけられた。
痛みに耐えながら立ち上がる。
「……どういうつもりだ」
「ずっと考えてたんだ。最終的に、君達には死んで貰うつもりたけど、それまでにどうやったら反省するのか……」
「な……」
「魔物共に蹂躙させるか、それとも銀狼のおもちゃにしてやろうか。でも、無理だった。君達は変わらない……」
「だから死ねよ」
言いながら、馬乗りになったダレンは俺を殴る。異様に固く、重い拳が頬骨を砕いた。
「ぐあああ――ぎゃっ!」
叫び声は次の殴打でせき止められる。鼻が痛い。灼熱の炎が顔面を襲っているかのように、燃えるほど熱い。鼻が折れたんだ。呼吸も苦しい。血が、止まらない。
「どうしてもこの手で君を殺したかった。僕を捨てたあの日から、ずっとずっとずっと……」
振り上げた拳が俺を穿つ。何度も何度も何度も……。
俺はAクラス冒険者の前衛だった男だぞ。身体強化術は並みの攻撃じゃ傷一つつかない。なのに、こいつのパワーは、動物を操るだけのサポーターなはずのこいつは、いともたやすく俺にダメージを与えてくる。
殴られた衝撃で、眼窩から飛び出した右目が、銀狼の美しい顔を映した。
呆れたように嘆息していた。
残った左目で、ダレンが振りかぶるのを見た。この一撃で死ぬだろうと察した。致命の拳が、無慈悲に振り下ろされる。
ゴッ!
俺の意識は暗闇に沈んだ――。
☆
──ギルドの貸し会議室。
俺は、仲間の一人につらい宣告をした。
「ダレン・シーラン。お前をクビにする。
「……え?」
ダレンの顔色がみるみる青ざめていく。
気持ちは分からんでもない。さっきまで共にクエスト達成を喜び合っていた仲間から呼び出されたと思ったら、いきなり解雇を言い渡されるなんて誰が想像できるだろうか。
しかし、現実は無情である。
ダレンの顔色がみるみる青ざめていく。
気持ちは分からんでもない。さっきまで共にクエスト達成を喜び合っていた仲間から呼び出されたと思ったら、いきなり解雇を言い渡されるなんて誰が想像できるだろうか。
しかし、現実は無情である。
……あれ?
なんだか、これ……前にもやらなかったか?
「テリー! ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、何か悪いことしたか!? それなら謝るよ。ごめ……」
「ふざけんな!」
余りにもすっとぼけるので、奴の胸倉を掴んで壁に叩きつけた。
「ぐうっ!」
「ハっ! よくもまあ俺を殴り殺しておいて、『何か悪いことしたか?』じゃねえぞこの野郎! 謝って、済む話じゃ……?」
言いながら、訳が分からなくなる。
俺がダレンに殴り殺されたって? いやいや生きてるじゃねえか。そもそも、身体強化術も使えないこんなサポーターなんかに誰が殺されるってんだ。自分で言ってて自分でその可能性を否定する。
……だけど、どういうわけか、そんな状況が
なんだこれ……それ以外も、どんどん情報が
「テリー? な、殴り、殺す? 君を……? 何を言ってるんだ? てか、い、痛いよ! 放してよ、テリー!」
「あ、ああ……」
ぱっと手を放してダレンを開放する。ちょっとだけ床から足が浮いていたもので、ダレンはうまく着地出来ずに尻餅をついた。
「痛って! もう、なんなんだよ!」
悪態をつくダレンが睨む。『未来の記憶』によれば、こいつがパーティーを抜けた後の俺達は、それはもう大惨事だった。
Aランク冒険者だったというのにどんどん評価を落としていき、そしてその黒幕は、俺達を逆恨みしたダレンの仕業だった。
神獣である銀狼を使役して、その配下にある魔物に俺達を襲わせていたんだ。
トドメとばかりに。ギルドを脅して俺の冒険者資格を剥奪させ、孤立したところを最後はボコボコに殴り殺した。
ゾっとする。奴はその時……笑っていたんだ。
夢……では済まされないリアリティ。当時の痛みすら、思い出せる。
これはなんなんだ……妄想? 幻覚? 予知?
それとも、本当に起きた出来事なのか……?
俺は未来で、本当に奴に殺されて……そして過去へと戻ってきた……。
バカげてる話だが、鮮明に覚えているこの記憶。この痛み……。
く、狂ってしまったのかもしれないが、ひとまず、こいつをクビにするのは保留だ。
幻想にしろ事実にしろ、こいつをクビにしなければいい話なんだ。
「俺は皆のために一生懸命働いてきたつもりだ! こんな仕打ちを受ける謂れはない!」
当然の権利のように逆ギレしてくるこいつをとりあえずなだめて……。
「わ、わかった、俺も熱くなりすぎた。一旦お互いに冷静に……」
「だけど、そこまで言われちゃ、俺にだってプライドがあるさ。わかったよ。潔く、このパーティーを抜けさせてもらう!」
「え!?」
ここで、未来と違うことを言い放つダレン。おいふざけるな! お前は未来では、まだ必死に食い下がっていたじゃねえか!
「い、いや、ダレン、落ち着けって! 俺も考え直した! 別に今すぐって話じゃない。お前がもっとしっかり働いてくれりゃ……」
「だから俺だって一生懸命やってるだろ! これ以上どうしろっていうんだよ! 畜生、バカにしやがって……さっさと出ていけって言ったな。そうしてやるよ!」
「おいおいおい! 頼む、抜け――」
突然扉がバンと開く。そこには、俺の仲間達……!
ああ、そうだ。ダレンが抜けた後はこいつらもやってきて、それでみんなで悪口を言い合ってたんだな……。
――今それはまずい!
だけどもう、遅かった――!
「だはははは! ダレェン! まだこんなところにいたのかこのゴミカスが! もうお前の顔を見なくて済むと思うと済々するぜ!」
「ほんとよ! 後衛の私よりも後ろで動物と荷物の番をしてた時、知ってるんだからね! 私の事ジロジロ見ちゃって、イヤラシイ!」
「おやおや、それは仲間としてはおろか、人間としてダメですねえ。みんなが命がけで戦っている最中に欲情してたんですか? せっかくフリーになるんでしたら、一度、我が宗派の総本山で煩悩を断つ修行でもしてみますか?」
お前らぁ……! 煽ってんじゃねえ!
このままだと本気でパーティーを抜けて行っちまうじゃねえかよ!
「おい! いい加減にしろバカ共! ダレンを悪く言うのはやめろ! こいつだって頑張ってんだぜ!」
「……は? テ、テリー?」
全員がぽかんと押し黙る。ダレンだって目を丸くしていた。
焦燥が呼吸を荒くさせる。見かねた仲間達が……トドメをさす。
「テリー、どうしたってんだ。一番ダレンを追放したいって言ってたのはオメェじゃねえかよ。今にも殺してしまいそうだって、酒の席じゃいつも言ってただろ」
「え、あ、いや……!」
ダレンを見る。
目を細めて、奴は俺を見返す。
「さよなら、みんな」
意志を固くダレンは去り、仲間達の笑い声の中、俺だけただただ絶望した……。
☆
「追放されたダレンが、神獣である銀狼を仲間にして、俺達を潰しに来る?」
「そうだ! だから、あいつをクビにするのは本当にマズかったんだよ! どうしてくれるんだお前ら!」
俺は酒場で、仲間達に自分の見た『未来の記憶』を話していた。
「どうするったってなあ……」
「確かに、最近のダレンはちょっと様子がおかしかったですけど……まさかそんなことをするようになるとは……」
「はーん、銀狼ねー。そんなもん、本当にいるの? ちょっと信じられないかなー」
仲間達は話半分。ヤバいクスリでもやってんじゃないかってすら思っているかもしれない。
だけど今にいたり、これまでの流れがほとんど記憶通りに進んでいるのを鑑みれば、嫌でも気付く。
俺は未来から戻ってきたんだと。
「信じようと信じまいと、俺が言ったことは確実に現実になる。俺が奴を追い出したせいで、銀狼と手を組み、銀狼は配下の魔物に俺達を襲うようにしむけていった。……奴自身が悪いのに、俺を逆恨みしてな。そしていずれ、間違いなく俺を殺しにくる。だから、なんとかしないと……」
「まあ待てよテリー。お前さんの話が本当だったとしてもだ。俺達は冒険者なんだぜ?」
「そうですよ。魔物が襲ってくるなら、返り討ちにしてやればいいんです。我が宗派の教えにもあります。『右の頬をぶたれたら、どちらが上か徹底的に分からせてやりなさい』とね」
「それは……いや、ダメだ。銀狼の配下は何とかなるかもしれないが、銀狼は別格だ。……ダレンに、身体強化済みの俺を殴り殺させられるくらいの強化魔法を簡単にやってのける。あいつを倒すのはどうやったて無理だ」
「でも、そーなるとダレンをクビにした事はやっぱり失敗かー」
「ああ、だから頼む! もう一度ダレンを呼び戻してくれ!」
「まあ、あなたがそこまで言うんじゃ仕方がないですね。そこら辺を探してみますか」
「でもさー、探すったってねー? この街中を私らだけで探すのむりじゃないー? ギルドの奴らにも手伝ってもらう?」
「いや、ダレンは森の中で銀狼と出逢ったと言っていた。あいつの移動速度で森となると、街の西門にある『やぶ蛇の森』しかない」
「わかったぜ! ……だけどよ、ダレンの奴、まさか神獣を従えられるほどの
「本当ですよ。そのせいでクビになったわけてすし、逆恨みまでされては、未来の僕達は、ほんと可哀想ですね」
何気ない二人の会話に戦慄する。
ちょっと待て。おかしくないか、今の会話……。
確かにあいつは、未来では銀狼を使役していたんだが……俺が奴に感じた印象は違う。
あいつは、どこまで行っても平凡なテイマーだったはずだ。
銀狼を使役していたわけじゃない!
ということは……!
「お……お前ら! 作戦変更だ!」
「うおっ! な、なんだよ急に!」
「違うんだ! あいつは、ダレンは銀狼を使役しちゃいなかったんだ! 銀狼をいいように飼い慣らしてはいたが、あれはダレンの力をじゃない……銀狼が勝手に行動をともにしていただけなんだ!」
「なにっ!? いやでも……そんなこたあるか? 神獣がただのテイマーなんかに、どうして」
「知るかよ! ただ、あの森で、銀狼とダレンの間に何かがあったことは間違いない。そして、その何かを……俺達が引き起こすことができたなら……!」
「ほえー! なっるほど! 要は、未来ダレンがやったように、私らが銀狼を仲間にしちゃえばいーんだね!?」
「そのとおりだ! だから探すのはダレンじゃねえ! 銀狼だ! 『やぶ蛇の森』で銀狼を探すぞ! ダレンより先に『仲間加入イベント』を起こしてやるんだ!」
もうあんな仕打ちはゴメンだ!
絶対にダレンよりも先に、銀狼を仲間にしてやる!
今度は俺が、貴様を殴り殺す番だ!
──『やぶ蛇の森』は新米冒険者にとって丁度いい練習場だ。魔物の強さも報酬も、実に丁度いい。今だって、あちらこちらで精進に励む声が聞こえてくる。
こんなところに、本当に銀狼がいるのか……?
おそらく、ダレンはまだ森に立ち入ってはいないだろう。
あいつの移動スピードと出発地点からざっと目算しただけだが、他にも色々と手を打った。
スラムのゴロツキにはした金を渡して、ダレンを見かけたら足止めするように言ってきた。
ダレンは腐っても冒険者。それもAランクパーティーにいた奴だ。ごろつきなんて相手にならないだろうが、時間稼ぎはできる。
あいつはまず話し合いで相手とコミュニケーションを取る傾向にあるからな。時間稼ぎにはもってこいな作戦ってわけだ。
それに……。もう一つの作戦がある。
今まさにそれを実践中なわけだが……!
「……おかしいですね。森の動物たちが、どれだけ命令しても頑なに近寄らない場所があります。こっちの方角に2kmほど行った場所なんですけど」
「でかした。もういいぞ」
「ありがっとねー。これ、報酬ねー」
他のテイマー冒険者を雇って、森の動物達に周辺を探索させてみた。ダレンならそうするだろうと思ったんだ……。
俺も、やるもんだな。伊達に長い事一緒にいただけある。
場所が割れたのでさっさと報酬を渡して、もう用済みだ。
後は俺達だけでやる。
正直少し不安を感じている。
理由は二つ。一つは、神獣相手に交渉でなんとかなるかということ。
そしてもう一つは……ダレンだ。
あいつはもう、俺の知っているあいつとは違う。行動が予測できない。どうか、大人しくしていてほしいものだが……。
考えながらも、森の中を進む足は止めない。
道中、何度か戦闘があった。奥のあたりになると、さすがに初心者向けではない。
まぁ、それでも俺たちにとっては、どうってことないが。
「おっ、見えてきたぜ!」
やがて前方に開けた空間が見えてきた。
ここが、銀狼が隠れ住む場所。ダレン程度が仲間に引き込むことが出来るんだ。俺達だって、不可能じゃないはずなんだ。
意を決して、そこへ飛び込む――!
「うおっ!」
「きゃー!」
「な、なんですかこれは……!」
「むぅ……」
思わず全員が声を上げてしまった。
だって……そこに広がっていた光景は、あまりにも非現実的だったから。
それはまるでお伽噺に出てくるような……幻想的な風景。
「すっげぇ……なんだこりゃあ……」
そこには銀色に輝く巨大な狼がいた。
その美しさに、誰もが息を呑んだ。
「これが……銀狼」
「綺麗ー」
「ほぉ……素晴らしいですねぇ」
俺達は感動していた。
神獣と呼ばれる存在が、こんな美くしく気品あふれるものだとは……! 人間に变化しないほうが、よっぽど美しいぜ。
「お、おい……なんか様子が変じゃないか?」
「えっ?……あっ!」
銀狼は、俺達が近づいても逃げるどころか身じろぎひとつしなかった。
そればかりか、その瞳からは光が消え失せており、どこか虚空を見つめているようでもあった。
そうか……。ダレンなんかが銀狼を仲間にできたのは、これのおかげだってわけだな。
「……間違いないですね。『魅了』の状態異常にかかってますよ」
「魅了!? じゃあ、銀狼は操られてんのか!?」
やはり『魅了』になっていたか。
だが、様子を見る限り、まだ完全に操られているわけではないようだ。希望はある。
「操られてはいないようだ。こいつの『魅了』は不完全……つまり、魅了にはかかっているが、まだ肝心の対象指定がなされていないっぽいな」
「なるほど。なら、話は早いですね。魅了の対象を、僕質にしてしまえばいいわけですから」
そうだ。恐らくダレンもこのことに気づいて、魅了の対象を自分に指定しやがったわけだ。
ならば俺達もそうすればいいだけの話だ。やっぱ奴は、ラッキーであそこまでイキり散らかしてたってわけかよ……!
クソが!
「ふーん、で? じゃあどーすればいいのさ?」
「簡単ですよ。名前をつけて、呼んであげればいいだけです」
「な、名前って……そんなんでいいのかよ」
「ああ、そんなんでいいんだ。魅了に掛かった者は名前を呼ばれることで、その相手を魅了の対象指定するわけだ。ようは刷り込みだな。鳥のヒナが初めて見た相手を親と思うのと同じだ」
そして、野生の魔物なんかは名前がないから、魅了した魔物は勝手に名付ければ、それで完了なんだ。
「なーるほどね」
「だから、まずはこの銀狼の名前を決める必要があるわけだが……。こいつの特徴と言えば、何と言ってもあの白銀の毛並みだ。それに因んで――シロでどうだ?」
ダレンはそういえば、こいつにアヤメとつけていたな。癪だから絶対に同じ名はつけてやらん。
「安直すぎる気もするが……。ま、俺はいいぜ。なんでも」
「私もさんせー。てか早く仲間にしよーよ」
「じゃあ決まりだ。銀狼! お前は今日からシロだ! そして今この時から、俺達の仲間だぜ!」
ビシッと指を指して銀狼にそう言いつける。
そこでようやく、神々しい墓銀の毛並みを揺らして、シロは目を輝かせた。
「ワオォォオオーーーーーーーン!」
シロは歓喜の雄叫びと共に、大きく跳躍した。
くるくると回って着地すると、そこには銀狼の巨体はなく……代わりに、銀髪で見女麗しい絶世の美女が君臨していた。
「ふふふ……まさかこのワシが、人間ごときに魅了されるとはな……。おもしろい!」
「へっ、そういう割には、なんか嬉しそうじゃねえか?」
「うむ。ようやく魅了の呪縛から開放されたのじゃ。嬉しいに決まっておろう」
「おお、マジか! 本当に仲間になったぞ!」
「やりましたね!」
「わーい! ねーモフモフさせてー!」
こうして俺達は、念願の神獣を手に入れたわけだが……さてと。ここからが本番だ。
俺達の目的は、あくまで絶望の未来を改変する事。
こいつが仲間になったから、そんなことにはならないと信じたいが……。
やはり、遺恨は残したくない。
ダレンを始末する。俺の安寧は、それをせずには訪れない……!
奴は俺が、必ず殴り殺す……!
「シロ。早速だが仕事だ。これから一人の人間を殺す。力を貸せ」
「ほう? それはまた物騒じゃのう」
「ああ、俺が安心して暮らすためには、どうしても必要なんだ。頼む」
「……まあよい。魅了された身じゃ。命令には従おう」
「ありがとよ。んじゃあ、早速行くか。……というわけで、お前らは、どうする?」
「は? なんだよ? いきなり他人行儀だな」
「そうですよ。ダレンは元とはいえ仲間でした。僕が黄泉へ送ってあげた方が、喜ぶと思うんですよね」
「ふざけたことを言うな。だってお前ら……まだダレンに何もされてねえだろ。未来は別とはいえ、そんな調子であいつを殺すとこ、本当に耐えられるか?」
「……まあ、あーしはちょっと、情がわいちゃうかもねー」
「ふむ……」
「だよな。別にお前らだって、殺したいほど憎いわけじゃねえだろ。だからここからは俺だけがいく。これは奴に殺された俺のケジメだ。あとはまあ、シロは立会人として、付いて来て欲しいって感じだな」
「いいじゃろう」
「よし、決まりだな。そんじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
俺はシロと一緒にその場を離れようとして……しかしすぐに呼び止められた。
振り返ると、三人の決意の眼差しが俺を貫くのだ。
「水クセェな。人殺しの汚名を、お前だけに背負わせられるかよ」
「神は言いました。『裏切り者には死の制裁を』と。ならば私は神の意志を全うしなければならないのですよ」
「つーかあいつ、私のことジロジロ見てくるのいい加減ムカついてたんだよねー。私が爆破しちゃっていーい?」
こいつら……。
へっ、思ってた以上に、ダレンのことが嫌いだったみたいだな! あいつだって、死ぬほどうぜぇもんなあ!!!
「よしわかった。みんな、ダレンをぶち殺すぞ!」
仲間と共に雄叫びを上げて、俺達は結束を固くした。
「……だが、その前にテリーといったな。ワシに手をかせ。まず最初にやるべきことがあるんじゃ」
「なに?」
シロがそう口を開いた。
☆
『……そうか、お前は、縄張り争いに負けてあの森に逃げてきたのか』
「負けてはおらぬ! あやつの卑怯な手口に対抗するために……戦略的撤退じゃ!」
シロにつれられて、俺達はアイディール火山の山頂までやってきた。大陸の中心にある世界一大きな山だが、これまで誰一人として、その頂きに辿り着いた者はいない。
道中が険しすぎるし、人間の手に負えないほどの力を持つ魔物がうようよいるためだ。
ここは、この銀狼の縄張りらしい。
だがある日、上位悪魔のリリスがこの地を奪いにやってきた。
魔王を復活させるために、この活火山のエネルギーが必要だという。
「ワシは神獣。悪魔とは相いれぬ。三日三晩の攻防の末、奴の魅了にかかってしまった。悔しいが、一度引くほかなかったのじゃ」
「名前を呼ばれる前に逃げたのか……。でも、なぜ俺達には平気で名前を呼ばせたんだ?」
「ふん、いかに強力な魅了状態にあるとはいえ、人間風情に縛られるワシではない。いつでもこちらから契約を断ち切ることは可能なんじゃが……魅了は二重にはかけられん。今は解除せずに、この状態を利用してリリスを今度こそ打ち倒す!」
俺らとしてもぜひそうして欲しいものだ。
魔王なんて復活されては親類なんて滅びてしまうぞ。
「きたぞ……リリスじゃ」
山頂に現れたのは、背中から生えた黒い皮翼をで空を飛ぶ……金色の髪をなびかせる美少女だった。
幼い見た目ながら、膨大な魔力を感じる。一目で、俺なんかじゃ勝ち目がない相手だと理解する。
肌の露出度も高い衣服を着て、目のやり場にも困……。
「余り奴を目視するな。耐性がなければそれだけで魅了されるぞ」
「うおっ! あ、あぶねえ……」
シロは銀狼の巨体で俺達の視界を遮って、それではっと正気に戻る。
「お前ら大丈夫か!?」
すぐさま仲間達に確認を取る。だがよかった。こいつらも伊達に死線をくぐっちゃちゃいない。
みんな魅了されずにすんだ。
「あら、銀狼ちゃん。素直にこの地を明け渡してくれたものだと思ってたけど、帰ってきちゃったの? それとも、われの配下になる気になったかしら?」
「たわけが。今こそ貴様の素首を食いちぎってやりにきたのじゃ。ゆくぞ……!?」
グルルとうなってシロが臨戦態勢を取るも、リリスはクスクス笑うのみ。
いざシロが踏み込もうとした刹那……その動きが止まる。
止まらざるを得なかった。
「き、貴様ら……!? 何をしておる! なぜリリスの下へおる! 我が眷属達よ!」
相対するのは、火山地帯の魔物達。
アイディール火山地帯の魔物はシロの眷属らしいが……今は敵対する動きを見せていた。
「まさか、魅了の力で!?」
「いいや、ここはワシの縄張り。魅了されるにしても、縄張りの頂点であるワシを攻撃できるはずがない。それが可能とすれば……人間が持つテイムの力以外ではありえん!」
「テイム……? まさかリリスの奴、人間を魅了して……? いいやだとしても、この火山地帯の魔物を、しかもこれほど使役できるほどのテイマーなんて存在しないぞ!?」
この地に足を踏み入れられる人間はごく僅かだ。そしてその僅かな人間の中にさえ、テイマーはいない。皆、屈強な戦士や大魔法使いといった戦闘のプロフェッショナルばかりだ。
「不思議そうな顔をしているわね。いいわ、教えてあげる……きなさい! ダレンちゃん!」
「はい……」
うっ……! ま、まさかとは思ったが……! やっぱりダレンかよ!
だが、その表情は、であった頃の銀狼とは違い、生気に満ちているように思える。
「ダレン……お前、リリスの魅了にかかっていないのか?」
「そうだよ。僕は自分の意志で、彼女に付き従っている。テイムの力もほら、こんなにパワーアップしてもらったんだ。凄いだろ?」
「何馬鹿なことを言ってんだ! あいつは魔王を復活させるためにお前を利用しているだけだ! 魔王なんて復活したら……人類は滅亡だ! お前だって用済みになったら殺されるぞ!」
「いいよ。だってどの道、君達は僕を殺そうとしていただろ? だったらただ死ぬより、こうして君達に一矢報いて死んだほうがいい」
く、くそ……! 俺達のせいにしやがって……!
そもそもお前が俺達を殺そうとしてるのが悪いんだろうが! 未来通りになる前に、先手を打って殺すことを、殺人サイコパス野郎本人にとやかく言われる筋合いはねえ!
「ふふふ、さあ、どうしようかしら。そっちも人間なんか仲間にしてきたみたいだけど、全然数が足りないんじゃない? ていうか、雑魚ばっかじゃん。ここの魔物一匹にだってやられちゃうそう。あなた、神格が浅いわねえ、銀狼ちゃん?」
余裕ぶってそう言い放つリリス。
シロはグルルと力なくうめき、頭を垂れた。
「く……! 無念じゃ……」
「おいおい、か、勝てないのか!? どうすんだよ! このままじゃ……!」
「勝敗は決したようね。物わかりの良いワンコは好きよ? 魅了してあげる……といっても、今のあなたに魅了は効かないから……そこの人間をまず殺しちゃうわね。さあ……ダレン、おやりなさい」
「元からそのつもりだよ。さあ魔物共……あそこにいる人間共を、殺せ……あ、テリーは半殺しで連れてこい。奴は、俺が直々に殺す……!」
あ、あの野郎おお!
ダレンの命令で魔物達が雄たけびを上げて一斉にこちらへと向かってくる。
ダメだ、逃げることなんてできない。シロだって戦ってくれない……もう、終わりだ……!
「ち、ちくしょうううううううううううう!」
「テリー、ワシも同じ気持ちじゃよ。本当に、悔しいのう。……じゃが、もう覚悟を決めた」
シロが優しい口調で俺を諭す。自分勝手に覚悟を決められて、俺達が無駄死にするなんて神はろくでもない存在だなと思った。
思った瞬間――。
俺は、とてつもなく漲ってくるパワーに、心底驚いた。
「なっ!? こ、これは!?」
「うお! なんだ!? すげえ力……溢れてくるぞ!?」
「なにこれー!? やば! 魔力が、暴走するー!」
「……おお、神よ!」
仲間達も次々と強化されていく。これはまさかシロが、前回の未来でダレンを強化した時の魔法か!
あのダレンが俺を殴り殺せるほどの力を手にした最強の強化魔法。
俺達に使えば、こんなにも戦闘力が上昇するものなのかよ!
「シロ!」
「ああ、操られてしまった眷属に、自ら手を下すなど情けない話だが……腹をくくった。さあやれ、テリー達よ。邪魔する奴らを蹴散らすのだ!」
「へっ! 主従関係は俺が上なはずだろ!? まあ、いいけどよぉ!」
誰が相手だろうと負ける気がしない。襲い来る魔物達を相手取っても、剣の一振りで両断できてしまう。仲間の魔法の強力な爆発で複数体消し飛び、戦士の斧は大地を抉り巨大な魔物も薙ぎ倒す!
相手の攻撃力もケタ違いだが……僧侶の回復魔法が全てを癒す。
「え……? うそだ。こんなこと……? なんでテリーがこんなに強いんだ?」
「強くて悪かったなあ、バカ野郎が」
唖然と立ち尽くすダレンの前まで突き進み、奴に一言声をかける。
ビクッと震えて、青ざめていた。
「あ……い、いけ! 魔物共! テリーを殺せ!」
「いや無理だろ」
けしかけた魔物をあっさりと両断して、さらにダレンとの距離を詰める。
悪態をつきながら、焦りで視界を狭めて、ダレンは俺に集中して魔物を集めていた。
「死ね死ね死ね死ね! 死ねよ、テリイイイイイ!」
魔物を切り伏せながら突き進む。ダレンはだんだんと後ずさり……ドンと背中を障害物にぶつけて、とっさに振り返った。
「あ……」
俺の頼れる相棒である最強の戦士。その巨体が、ダレンを阻んでいたのだった。
「もう逃げられねえぜ。ダレェン!」
「う、うわああああ!」
途方に暮れるダレンに、さらに上空から切実な声が投げかけられる。
「ダレン! 何をしてるの! 魔物を早く……! こっちにも増援を送りなさい!」
「無駄だリリス! これで……とどめじゃあああああああ!」
銀狼が吠えて、リリスに食らい付く。大量の黒血を噴き出して、リリスは貫かれた。
「きゃああああああああああああ!」
「もう黙れ。永遠にな! あーんっ」
ガブリ。
叫ぶ彼女を、銀狼は丸のみにして、決着はついた。
「あ、ああ……」
瞬間、ダレンに操られていた魔物達の動きが止まる。そして銀狼の姿を捕捉し、皆がその場で頭を垂れた。
終わった……。
「テ、テリー聞いてくれ! 俺はリリスに操られて……」
「いやいいから、そういうの。お前の本性はわかってるから」
「いや違う! 違うんだ! テリー話を聞いてくれ!」
「だから、いいんだって。言い訳なんてさ。……別に、殺したりなんてしねえよ」
「へ?」
「そりゃよ。最初はお前が憎くて憎くて仕方なかった。だけど銀狼やリリスなんて、本物のバケモノ共のスケールのデカさを目の当たりにしたら……ちっぽけなことで怒っていたのが、馬鹿らしくてよ」
「テリー……」
「だから、俺はお前を許す。もしこれから先、お前が俺をまた狙うようなことがあっても、俺はお前を憎まない。その時も今のように、また許してやるよ」
「は、はは……! テリー、ごめん……ごめん! 俺は本当に、馬鹿なことを……! うう、ごめんよ、テリー!」
「いいってことよ! ははははは!」
みんなでひとしきり笑い合って、遺恨を断ち切り、もうこの地に要はなくなった。
「それじゃ、シロ! すまんが俺達をまた元の場所に戻してくれないか! ここから歩いて帰るなんて無理だしな!」
「ふむ、よかろう」
「よーし……それじゃあな! ──ダレン! また会ったら酒でも飲もうぜ!」
「…………テリー? まだ分かれの挨拶は、ちょっと早いんじゃないか? だってほら、みんなで、銀狼に送ってもらわないとだし……」
「はあ? なんで俺達が、仲間でもないお前を街まで送り届けないと駄目なんだ?」
「……え?」
「ここまで一人で来れたんだろ? なら、帰りも大丈夫だって! それじゃ、またな!」
「ま、まって! ここにはリリスと一緒に来たんだ! それにリリスに与えられた力も、今はないし、ここに置いていかれたら俺は、魔物に食い殺されちゃうよ!」
あれー? そうなの?
ま、知ってたけどさあ。
「いやいやいや、さすがに俺の命を狙ってたやつと、いつまでもいっしよにはいられねえよ。それに魔王を復活させようともしてたし。気味が悪いぜ。それに……」
にっこり笑って、教えてあげた。
「俺、お前のこと大っ嫌いなんだ!」
「あ、あわ……うわああああああ!!!!」
ダレンの叫び声は、風となった銀狼の前ではすぐに消え去り、奴とはもあ二度と合うことはなかった。
「──では、ワシはもういくぞ」
「そうか。じゃあな、シロ」
やぶ蛇の森の隅で、シロと別れの挨拶を済ませる。
名残惜しそうにしていたのは、以外にもシロの方だった。
「……もう一度聞くが、本当にワシを仲間にしなくてもいいんじゃな? ワシは人の姿にもなれるし、眷属を呼び寄せて戦わせることもできる。わし自身だって比較にならないくらい強いのじゃぞ。それにお主らが自分で戦いたいのであれば、強化魔法をかけられるし……」
「いーや、ごめんだね。一緒に戦ってわかったが、神とか悪魔とかは人間のスケールにおさまらん。俺達は、ちっちゃな世界でこじんまりと平穏に暮らすのが性に合ってる」
「だから……シロ。お前はクビだ。もう仲間になんて入れてやんねーよ!」
「そうか……残念じゃ」
あらら。本気で落ち込んじゃってるよ。
ジョーダン通じねえのな。まあ神様怒らせたくないし、フォローしとくか。
「でもまあ、もしまた困ったことがあって、俺たち人間にも被害が及ぶようなことになるなら、頼ってくれてもいいぞ。俺達は、平穏のためなら、どんなことでもするからな!」
さて……それじゃあ明日も、自分の平穏のために頑張るとするか!
まずはダレンが抜けた穴を埋めなくちゃな……使えなかったら切り捨てればいいだけだし、まずは手頃なサポーターをギルドで探して……それから……それから……。
了
【短編版】【追放した側の物語】追放したテイマーが神獣を使役して最強になった上に俺のパーティーを貶めてきたので、タイムリープして神獣を逆に俺達が使役した結果 八幡寺うまみち @pachimanzi
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