剣に愛されし者


 私は今代の剣聖、プレリア・ファルフェナルテ。

 代々剣聖を排出してきたファルフェナルテ家の一人娘にして最高ランクの剣術スキルを有する者。


 生まれついての強者であり、私がひとたび剣を振るえば大地は裂け大気が震える程の豪剣と化す。

 私が先代から剣聖の名を受け継いだのは5才の時だったか。

 15になった今では単独で危険なモンスターの討伐を任されるまでになった。


「それにしても伝説級のブラックドラゴンを超える神話級の怪物、ダーク・ディザスター・ドラゴンがこんな人里近くの森に出るなんて……」


 剣術スキルに備わる走法の応用で森の中を滑るように疾駆しながら、こめかみを指で押さえる。

 神災クラスのモンスターとなると対応できるのは剣聖である私しかいない。

 故に私は従者も付き人も置いて単身森の中を走っているという訳だ。


 ダーク・ディザスター・ドラゴンは強い。

 振るうだけで巨木を薙ぎ倒す腕力に加えて魔力を乗せたブレスは一息で町一つを滅ぼすという。

 何より体表を覆う竜鱗の硬度は神鋼ミスリルを遥かに凌駕し、私が持つ聖剣デュランダルに迫る硬さと言われている。


 そう思考を巡らせると同時に、自らの腰に下がる一振りの剣に目を向ける。

 不壊聖剣デュランダル。

 これが私の切り札だ。

 剣聖わたしが振るう驚天動地の技巧にも耐えられる頑丈さと鉄をパンケーキのように切り刻める切れ味を併せ持つ神話級の武器。

 これまで数々の難敵を打ち果たしてきた相棒デュランダルの柄頭に手を添え、不穏な気配がする方へと駆ける。


「!?」


 突如、ズンッという重低音が響き、重圧感が急激に上昇していく。


「何かと戦っているのか?」


 不測の事態に気を引き締め、私は走る速度を上げた。



 ───────────────────


「これは……」


 現場に到着した私が目撃したのは、首を斬り飛ばされて地に伏す神話級のドラゴンと、


「今まで斬った中で一番硬かったなぁ」


 黒竜の胴体の上に座り込み、鉄屑のような安っぽい剣を持つ同い年位の少年であった。


 状況からするとこの少年がドラゴンを倒したとしか思えないのだが、それは俄には信じ難いことであった。

 高い剣術スキルを持つ者は相手の剣術スキルがどの程度なのかを感覚的に捉えることができる。

 しかし、目の前の少年からは剣術スキルはおろか他の戦闘系スキルを持っている気配すらない。

 彼の手の中にあるのが剣と思しきものである以上、あれを使って戦うのなら剣術スキルは必須のはず。

 分からない。

 困惑に頭を悩ませていると、こちらに気付いた少年に声を掛けられる。


「こんな森の中に女の子が一人で来たら危ないよ」


 剣聖である私の装いを見ても特に大きな反応が無いのを見ると、私が剣聖であると気が付いていないのかもしれない。


「私は戦う為のスキルが有るから問題ない。それより貴方、そのドラゴンは貴方が倒したの?」


「そうだけど……父さんと母さんからはドラゴンを見たら逃げるように言われてるから内緒にしてね。それよりスキルってもしかして剣術スキル?」


「うん、そう」


「すごい!剣術スキル持ってる人初めて見た!」


 どうやらこの少年は剣術スキルを持つ者を初めて見たらしい。


「貴方はどんなスキルを持っているの?」


「スキルは何も持ってないよ」


 相手の腹を探るような私の問いに対して信じ難い言葉が返ってきた。

 何も……?

 神話級ドラゴンを独力のみで倒す者が?

 あり得るのだろうかそんなこと。


 この少年の実力を確かめねばなるまい。

 上への報告、そして剣聖としての矜持から。


「私と剣で勝負してみない?勿論怪我しないようにするから」


「剣が壊れちゃったら大変だよ」


 彼の手の中の安物の剣を見る。

 なるほど彼の剣は今にも砕けてしまいそうな程に頼りない。


 壊してしまったら新しいのを弁償すれば良いだろうか。


「安心して。全ての責任は私が持つから剣が壊れても新しく買うので全然問題ない。こう見えてお金も沢山持ってる」


「それなら、まあ……」


 少年は納得したようでこちらの勝負の提案を受け入れるようだ。

 恐らく目の前の男の子は剣を振るのを嫌いではないのかもしれない。

 まあ、勝負という体であるものの、剣聖である私とは流石にまともな戦いにはならないだろう。

 ドラゴンももしかしたら何らかの要因で死に体だっただけかもしれない。


「始めようか」


 愛剣を抜き放ち、切っ先を相対する者の方へと向けた。

 少年の顔には薄い笑みが張り付いている。




「その剣……硬そうだね」

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