第16話 掴んだ手
ホーネットの充電も終わり、休息も終わって準備は万全に整い、いよいよ資源の採取が始まった。
各種データもシップとの連携が出来ている。
出土した火成岩は良質で、しかも大量だ。
たっぷりと30分以上もかけて、安全を確保すると、スヤンがコウのホーネットを促した。
使い方は、図らずも道具置き場で誤作動させて判ってしまって居る。
突端につけられた金属の杭が、取っ手を握り込むことで稼働し、超高速で弾き出されるのだ。
ドリルと違ってずっと構えている必要はなく、単発式。
杭が飛び出す衝撃で、削り飛ばすか、穴を穿つ役割をもっている。
スヤンに細かい注意点を受けながら、コウは巨大な火成岩に向かってインパクトハンマーを構えた。
そして、この時に気付く。
発着場のテストを受けた時に、奇妙な踊りを真似させられたこと。
それは採掘作業で使う道具の構え方や、機体制御、反動の抑え方などを疑似的に真似た物をやらされていたのだと。
『コウいいぞ、角度を鋭角にしすぎるなよ。 自分の方に飛んでくるぞ』
『分かりました!』
『ハンマーの衝撃は凄いぞ。 スヤンさんが抑えてくれるけど、自分でも踏ん張って制御しろよ』
スヤンとは別の仲間からの声に、コウは首を縦に振って応えた。
周囲にスヤン以外誰も居ない事を確認してから、コウは火成岩へハンマーの引き金を勢いよく引いた。
ガァンッ、と硬質な音と衝撃が響き、穴の中が僅かに揺れた。
杭は岩の横面を猛烈に叩いたが、僅かに表面が削れただけである。
『かったいですね、これは』
『コウ、何発か打ち込んでみろ。 イアン、爆破になるかもしれねぇから準備しろ』
『了解!』
『わかりました!』
角度を確認、周囲の安全を確保。
杭を表面に当てて、岩を穿つ。
位置を変え、場所を変えてコウとスヤンは火成岩にハンマーを当てたが、6回ほど試しても表面をなめるだけだった。
スヤンが生身の腕を振って、コウに中止の合図を出す。
たった数回、道具を使った初めての作業に、コウの息は切れていた。
インパクトハンマーを打ち込むたびに、反動が衝撃となってコウの身体を打ち付けて。
スヤンが支えてくれていたが、機体が吹き飛ばされないよう制御しなくてはならない為、力もいる。
生身で握って道具を使った訳でも無いのに、ホーネット越しでも伝えられるパワーを抑えるのに全身の力が必要だった。
コウのハンマーの引き金を引いていた右手は、じんじんと痺れて。
『だめだな、ホーネットの道具じゃ無理そうだ』
『硬すぎますね』
『爆破しかねぇか』
『イアン、準備は出来てるか? アンズ、位置の確認しろ』
『判ったわ』
スヤンが言いながら火成岩の上から飛び降り、コウもその動き追随して一緒に滑り落ちる。
彼が言った位置の確認とは、地下空洞や亀裂の位置だ。
地表にはコウが噴射して回ったマーキングの跡が残っているが、地下に入ってしまうとシップで打ち出したデータに照らし合わせて確認するしかない。
アンテナの前で作業を行っているアンズのホーネットは、腰に装備したコードを伸ばして装置に接続していく。
『えっと、少し時間をちょうだい』
『距離と厚さだ。 今の位置から正確に割り出せ』
『ええ』
アンズの声に周囲のホーネット達が動き出す。
コウはインパクトハンマーを抱えたまま、周囲の動きを見回して口を開いた。
『やばいんすか?』
『地下空洞や亀裂が近いと爆発の衝撃で、崩落しちまう可能性がある。 岩盤の厚さか、距離が遠ければ問題ねぇんだがな、無い頭に詰め込んどけよ』
ホーネット乗りの通信からも、これだけの物を諦めたくない、や爆破したい等と言った感想が流れてくる。
スヤンは右手で顎のあたりを擦って、アンズが設置したモニターの前でホーネットを跪かせていた。
ホーネットに乗り込んだ経験が最も豊富で、掘削作業の現場指揮を何度も取っている彼に最後の判断が委ねられる。
この資源の掘削作業はシティへの貢献やシップの評価、人類全体の貢献という事もさることながら、究極的には自分たちの生活の糧の為ともいえる。
機体から噴出する白煙の音を聞きながら、暫く黙考していたスヤンは顔を上げた。
『周辺を掘り広げるぞ。 待避できる場所を確保してから爆破する。 アンズの解析次第で中止だ』
『了解』
『よし、剣スコとエンピだ!』
解析をしているアンズを一瞥してから、コウもインパクトハンマーをその場に置いて、スコップに持ち代える。
仲間たちが道具を持って掘り始めたのを見て、その後ろに向かってホーネットを駆動させた。
土砂の運搬はコウの仕事である。
途上、アンズの通信が全員の耳に届いた。
『大丈夫、空洞は遠いわ』
『厚さは?』
『11メートル。 少し岩盤は薄いけど、距離があるから許容範囲のはずよ。 計算結果、送るわ』
『……おし、イケルな』
アンズからデータを受け取ったスヤンは、やや黙した後に頷いた。
地質や地形などのデータを参照しながら、スヤンは自分でも手元で計算を行い小規模の爆破ならば可能だと結論を下した。
スヤンは口元に笑みを浮かべながら、息を吐き出す。
これだけの質量を持つ火成岩の塊を逃すには、誰かが言った通りに惜しかった。
命を懸けて資源と金を手に入れに来ているのだ。
随分と広くなった穴の中を民話して、ホーネットの肩部に装着されたライトを器用に動かして周囲を確認する。
スヤンは一つ手を挙げて声を出した。 もう、十分だろう。
『爆破に入る! 発破準備が終わったらこっちまで待避しろ!』
土砂を外に放り出してきて、ちょうど戻ってきたコウの耳にそんな声が聞こえてくる。
全員が爆破に入る事を知ると、スヤンは一機のホーネットに向かって頷いた。
十分な距離を取って、起爆装置が押し込まれた。
その爆発の規模は、コウの予想を覆して小さく、そして随分としょぼかった。
コウは爆発の乾いた音炉、視界を数舜だけ焼く閃光と炎に、僅かに目を細める。
地面が長く、小さく揺れて、どこか遠くの方でガラガラと岩石が落ちる乾いた音が穴蔵に響いてくる。
そして、その時になってコウの視界を遮るように鋼鉄の塊が横切った。
設置された照明が逆光になっていて良く分からなかったが、横切ったのはアンズの機体だった。
なぜか、何もないところで後退している。
その足下には、最初にコウが使っていたインパクトハンマーが転がっていた。
転ぶんじゃないか―――?
『おい、アンズ!? テメェッ!?』
コウが声を掛けようと口を開こうとしたと同時に、スヤンの怒鳴り声が鼓膜を揺らす。
アンズのホーネットが、インパクトハンマーの取っ手を踏みしめて装置が駆動した。
そこから先は、コウには良く分からなかった。
一瞬の一つ一つの出来事が、全て遅くなったように思えた。
まるで時間が薄く引き伸ばされかのように、目の前の光景が視界に映し出されて。
突端の杭が爆発的な勢いで弾き飛ばされ、地面を穿ったかと思えば。
直後にアンズの機体が中空に浮いて、穴全体が揺れた。
アンズの機体はそのまま繋がっていたアンテナとコードを引き摺りながら、足下に無いはずの空洞の中に滑り落ちて行く。
『え―――?』
間の抜けたアンズの声が耳朶を打つ中、コウは機体を走らせていた。
一番近くに居た、とか身の危険が、とかそんな事は真っ白な思考の中に消えていて。
過熱した目の奥が揺れて、気付けばアンテナのコードを中空で引っ掴んで、ホーネットの脚を広げて壁を支えに無理やり止める。
蜂の鋼鉄の足が軋みを上げて、モーター音を響かせた。
岩盤を削る音と衝撃に、コウは歯を食いしばり、落ちて行くアンズの機体を支えようと出力を上げた。
衝撃と共に停止。
コードに繋がってるアンテナが、岩同士の隙間に引っかかって止まったのだ。
アンズの機体の奥に、インパクトハンマーが虚空へ落ちて行くのが視界に映り込んだ。
どこまで続いているのか分からないほど、不自然に削り取られている闇の空洞。
コウの背筋を、何かが這い回ったかのように寒気が走る。
『コウ! アンズ!』
『っうぅ……ヤバイっす……うわっ!!』
頭上に影が落ちて、スヤンの機体が覗いたかと思えば、ふっと身体が重力に引かれて落ちて行く。
挟まって固定されていたアンテナの一部が重量によって砕かれ、土の壁を鉄が削る音が響く。
『アンテナだぁっ! 押さえろ!』
『こ、コウっ、ばかっ、アンタ、離しなさい! 一緒に落ちる事無いっ!』
『何言ってるんだよ! そんなこと出来る訳ないだろ!』
『うるせぇっ! どっちも黙って捕まってろ! 機体も動かすんじゃねぇ!』
スヤンの怒鳴り声が響いて、コウは彼の機体を見上げた。
コウの位置から垣間見える視界では、スヤン以外のホーネットはまるで見えない。
コード一本だけで吊り下げられているアンズの機体から、嫌な音が響いてきて下を向く。
バイザー越しに捉えた、プツリ・プツリとコード内部の鋼線が重量に負けて引きちぎられていく光景が見えてしまった。
『やばいっす! スヤンさん! コードが千切れる!』
コウの切迫した声に、全員の視線が崩落した地面の中に集った。
宙に浮いたままのアンズもまた、コードの限界を報せる奇音に肩越しに振り返る。
穴の中の壁を支えに、両足を広げているコウの機体が一緒にずり落ちて行くのも見えた。
誰かのスヤンを呼ぶ、掠れた声が通信越しに届いてくる。
『スヤンさん……』
『なんだ!』
『崩れます……穴が……天井から落ちる小石が……』
『あぁ!? なんだって!?』
その瞬間、全てのホーネットの動きが硬直して、喧しく騒音をまき散らしている筈の穴の中が静まり返った。
掘削した穴の中が崩落する。
その条件はいくつかあるが、主な要因は亀裂とハラミと呼ばれる現象だ。
地滑りとも呼ばれるそれは、もしも巻き込まれてしまえば出る手段が外部からの救出以外に無い。
アンズの踏んだインパクトハンマーが開け放った亀裂は、地滑りの原因の一つである。
最悪の光景が全員の脳裏をよぎる。
パラパラと圧力に負けて押し出されてくる、天井から振ってくる岩や石が、スヤンの乗るホーネットの外骨格を打つ。
ただ一機、穴の中を覗いていたスヤンの腕が、コウの機体にゆっくりと伸ばされた。
『……コウ、俺の腕に捕まって登ってこい。 他は先に逃げろ』
『スヤンさんっ……む、無理だ! 両手が塞がっているんだ! アンズが落ち―――』
『うるせぇっ! 良いからアンズを落として登ってこい! 一人は助かるだろうが!』
『嫌だっ! 一人だけ助かるなんて、そんなのっ!』
『馬鹿野郎がっ! ぶっ殺すぞテメェ! 早く捕まれってんだ――――ぅっ!』
一際大きな、岩盤そのものがズレた音が響いて、穴の中が跳ねた。
浮いた機体を無理やり戻して、スヤン達のホーネットから白煙が湧き上がって視界を白く染める。
目一杯、足に力を込めて踏ん張るコウの腕が暴れ始め、コウは目を剥いた。
アンズの機体の腕が、千切れそうになっているコードへと向かっている。
『アンズ! 何やってるんだ! ばかっ、止めろよ!』
『スヤンの言うとおりにしてっ! もう、良いからっ!』
『何でだよ! 落ちたら死んじゃうんだろっ! スヤンさん! くそっ、アンズやめろ! 動くなって言われてただろ、なぁっ!』
もう駄目だ、という声が誰かの叫び声に紛れて飛んできた。
ふっと、コウの頭上を覆っていた影が消えて行く。
コウは慌ててスヤンの機体を見上げた。
バイザーの奥に隠れているはずのスヤンの顔が、酷く歪んでいるのを見た気がした。
『撤退だ! ぼっとしてるな、全員とっとと外に出ろ! 機材は全部捨ててシップに走れ!!!』
『スヤンさんっ! 待って、冗談だろ!? おいっ! スヤンさんっ!』
ホーネットが駆ける足音と、崩落の開始を告げる岩が物理的に拉げて潰れる音。
コウが支えにしていた壁ごとゆっくりと割れて行き、足場を失った機体が傾いた。
空に放り出される感覚が、足の裏から脳に伝わっていく。
『コウ、なんでっ! バカぁっ!』
『うわあぁぁぁぁっ!』
天井が落ち、左右の壁が割れて行く。
コウは機体を地下に広がる、真っ暗闇の空洞の中へ投げ出すしか道が残されていなかった。
コードに引っ付いたアンテナごと、虚空へと引き摺られて、二匹の蜂がもつれあって闇の亀裂に落ちて行く。
アンズの叩いた電子パネルから、ホーネットが白い何かに包まれて。
コウが認識できたのはそこまでだった。
アンズの金切声と、鋼鉄の潰れる鈍い音が地下空洞に反響して、岩と共に落ちて行く中で強烈な衝撃に見舞われて意識を失った。
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