第4話
八月のある日。
模試の帰り、台風でダイヤが大幅に乱れ岡山駅で乗るはずの電車がこなかった。
遅れ遅れになった電車をいくつもやりすごし、ようやく来たU行きに乗り込み、電車が動き始めるとうたた寝をした。揺り起こされ目を開けたらタイムクライマーがいた。
「今日はまだこれからか」
何を言っているのかわからなかった。
「…いや、もう今日はほぼ終わりです」
「でも、おまえはこれから行くんだろう?」
(そうなのか?ぼくはようやくここへ戻ってきたんじゃなかったか?)眠けまなこで考えがまとまらない。
「うん?どうだったかな、」
考えている間に発車ベルが鳴って扉が閉まる。景色が動き始め、『U』の駅名が流れ去る。
岡山へ折り返してしまう。
(ほらやっぱりU駅に戻っていたじゃないか。また行くのか。始まるのか。戻れたんじゃなかったのか)
同じ車両にはぼくら二人しかいない。
暴風雨はぼくらを否応なく結束させる。
ようやくはっきり目覚めた時は、日が暮れて自分たちの映る窓ガラスにぼんやり夜景が重なる不思議な空間にいた。
「時間旅行にふさわしい乗り物は、何だと思う」
タイムクライマーは折り重なる布のような雨が打ち付ける、ガラス上の自分の姿を眺めながら言った。
ぼくはここで電車と答えるべきだったのかもしれない。
でも口から出たのは違っていた。
お腹は空くし模試の結果は散々だった。
中学受験に失敗した頃からぼくは家族から腫物のように扱われていた。
もう誰も僕に期待していない。
でも、だからといってこんなおじさんと一緒に、同じ電車で行ったり来たりしている
「おじさん、タイムマシンに乗らないとダメですよ。流れる時間に逆らうには、電車はあまりに呑気じゃないですか?」
彼はまっとうらしいことを言うぼくをまっすぐ見つめる。
「トモミさん、ですよね?」
少しいじわるな気持ちでぼくは探るように言う。タイムクライマ—は顔を上げる。
「彼女は」
そのあと、まともに話をする彼をぼくは初めて見た。
「ともみは電車で行ったんだ。最後に見たともみはいつものように、いつもの電車で、わたしの運転する電車で行ったんだ。タイムマシンになんて乗っていなかった」
空虚な説明は、誰でもないただぼくに当たってゴウゴウと鳴る走行音と雨音にかき消される。聞こえたけど、意味もわかるけど、これを聞いてあげる誰かは、ぼくではないと、それだけはわかる。一呼吸置いて、ぼくは思いつくまま話す。
「まず…、その風貌に問題があるんじゃないですか。トモミさんと最後に会った時と今と、全く変わり果てていたら再会してもわからない。電車は日常的すぎてタイムマシンにはなれないかもしれないけれど、例えばその規則性によって時間の流れを正すことはできると思います」
何だか筋の通ったことを言ったような気がして得意になる。
それにしても、タイムクライマーと名付けられた人は、ただのうらぶれたおじさんだ。奇異で、アバンギャルドで、退屈な僕の人生とかけ離れた場所で生きているように見えたタイムクライマーはただ、現実逃避するおじさんだ。
「もとに戻しましょうよ、おじさん」
「元に、戻せるか」
「やってみなきゃわからない。まずおじさんが信じることですよ」
ぼくが彼に勧めたのは昔の自分に「戻す」ということだ。身なり、姿勢、表情。悪いけれど今は、とてもまともな人間には見えない。感じのいい運転手だった、というかつての姿にまず、戻る必要がある。
「そして、あとはええっと」
ぼくは首をかしげる。足りないもの。
「そうだ、若さだ」
ぼくがあれこれ考える横でおじさんはじっとうつむく。
「コーギー男子」
初めて呼ばれてドキッとする。
「そういう呼び名、普通は本人には言わないんですよ」
「他に呼び名を知らない」
「拓海」
「たくみくん」
「おじさんこそ、何て名前ですか」
「
「トキオさんですね」
ぼくらは初めてまともに名前を呼びあう。
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