タイムマシン

机田 未織

第1話

 

 中学受験の勉強が始まった頃だ。ぼくはタイムマシンを見たことがある。


 小高い丘から終点へ向かう線路はぼくの家の裏を通って海へ下る。

 真夜中の線路を、見たこともない不思議な電車が走っていた。

 一度目覚めるとどうしても寝れなくて、隣で眠る兄を恨めしく思った。

 カーテンの向こうが徐々に明るく照らされ異様な光で満たされた。

 ジンジン近づくモーター音はまるでいつもの電車とは違っていた。

 見つかってはならない。ぼくはなぜかそう思った。

 特に幸せに満ち溢れた家ではなかった。父は家庭に無関心だったし母は僕たち兄弟が勉強していればそれで良かった。

 だから別の時代に連れて行かれたって良かったのだけれど、でもやっぱり怖かった。


 時間旅行者に見つからないよう、そっと隙間に顔を当ててタイムマシンを見た。

 光は進行方向だけでなく三百六十度を照らす。

 それは線路上を助走していると言った方が正しい。

 間もなく放電し時間を変速させ次元の間を縫って別の路線を切り拓くに違いなかった。一両きりで。時間旅行者ひとりを乗せて。


 目覚めたぼくは、線路を見つめる。なぜか、あの電車はどっちに向かって走っていたのか思い出せない。海だったのか、山の向こうの街だったのか。



 タイムクライマーは歌の歌詞で、「時間」と「登山者」を合わせた造語だという。

 記録的に流行した映画の主題歌だから当時は誰もが耳にしたはずだ。


 この街には密かにタイムクライマ—と呼ばれている人がいる。

 僕は今中学生で、その映画が流行った数年前は、ぼくにとって映画といえば夏休みの大長編アニメのことだったから、その歌のメロディを、おぼろげに覚えているだけだった。


 だから僕にとって、「タイムクライマー」はその映画の中での意味ではなく、おじさんそのものだ。


 タイムクライマーは大抵自転車を全速力で漕いでいる。

 くたびれきったワイシャツとやや丈の短いスラックス、窮屈に締めたベルト。

 振り乱した肩までの長髪。

 そしてカゴの中には荷物の詰め込まれた登山用リュックザック。

 独り言の内容までは聞き取れない。ただいつも真剣で、余裕がなく、急いでいる。


 街の人が彼を「時間旅行者、タイムトラベラー」ではなく、「時間を超えて行く人、タイムクライマー」と呼ぶのは、その何かに抗っているような必死さからきているのだと、最近ようやく意味を知った。

 

 U駅は終点で、小さいが駅員が常駐する。僕の家は駅からすぐ右に折れ、鄙びた商店街を抜け、急な坂を上った団地の一角にある。

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