第25話
「うっ…うぅ…ひどいよぉ…ビックリさせるなんてひどいよぉ…。」
えんえんと泣き真似をしながら器用に朝ごはんを食べていく爽に、僕は苦笑いをする。
遥の起こし方は少々手荒だったようだ。
「うーん!美味しい!一部屋に一人真澄が欲しいね!なんなら僕の部屋に転寮しちゃう?」
遥は、僕の作った朝ごはんをたいそうお気に召したのか、次々と料理を口に運び、終いにはそんなことまで言い出してきた。
またそんな冗談を…と僕は軽く流したが、爽は本気だと思ったのか慌てて止めに入ってきた。
「えっ!?えっ!?真澄を持ってっちゃうの!?だめだめぇ!そんなことしたら僕死んじゃうぅ!!」
そんな大袈裟なと思わないでもないが、もし僕が居なくなって爽か1人になった時のことを想像してみると、あながち大袈裟では無いかもしれないと納得をしてしまった。
「良いじゃん良いじゃん。これを機に爽君は自立しなよ。前から思ってたけど爽君は甘えすぎ!3年生なんだから少しぐらいは自分で出来るようにならないと。」
それは確かに一理ある。
「えぇ〜…卒業したら頑張るからぁ。」
「それ本当に頑張る気ある?」
「あるあるぅ!」
「…はぁ。」
上目遣いで強請るように言われると、遥もそれ以上は強く言えなかったらしい。結局、遥も爽には甘いのだ。末っ子パワーというのはなんとも恐ろしいものである。
「じゃあ爽、僕達は行くからね。戸締りをちゃんとして、遅刻しないように来るんだよ。」
「はぁーい!」
和やかな時間は過ぎ、登校する時間となっていた。遥も僕と同じ時間に行くと言うので、爽に念を押して部屋を出た。
廊下には生徒がちらほらおり、僕と遥を見て驚いていた。
『えっ、待って待って!美作様と柳様じゃない!?』
『本当だ!お二人がこの時間一緒にいるのは珍しいよね?』
『美作様は松井様と一緒にいることが多いし…。』
『でもとにかく眼福!今日はこの時間に出てきて良かった!』
コソコソとあちらこちらで行われる会話は聞こうと思ってなくても耳に入ってくる。
生徒会で一緒にいる所も見たことがあるだろうに、なにがそんなに珍しいのだろうか?
「んふふ。」
「?どうしたの、遥。」
遥はその会話を聞いてか、またいたずらっ子の笑みを浮かべて歩いている。
何か嫌な予感がするのは僕だけでは無いはずだ。
「真ー澄♡」
いきなりそう言うと遥はガバリと僕の腕に自分の両腕を絡ませてきた。
途端に騒がしくなる周囲のことなんかお構い無しに、遥は身を寄せてくる。
「えっ!は、遥!?」
僕も突然の行動に驚くばかりだ。
『えっ!美作様が柳様にくっついたよ!?』
『お二人ってそういう関係だったっけ!?』
『いや、美作様は松井様とお付き合いしてたはずじゃ…。』
『だよね!?ていうか、美作様と柳様だったらどっちが攻め?』
『なんていうか…こう…百合っぽいよね。』
『分かる。』
“せめ”とか“ゆり”とかおよそ僕には検討もつかない言葉が飛び出してくる。遥は意味が分かるのかその言葉を聞いてケタケタと笑っている。
「ねぇ遥、“せめ”とか“ゆり”とかってなんなの?」
「…!!?真澄知らないの!?あ、そうか…真澄は同性愛は興味無いんだもんね…知らなくて当たり前か…。えーと…。」
答えにくいことなのか、何と言おうか遥は答えあぐねているようだった。
「うーんと…あれ?会長?」
遥の答えを待つ僕であったが、その言葉に一瞬ヒヤリとする。
そうだ。寮の玄関では颯が待っているのだった。
「…美作?」
颯も僕と遥が一緒に出てきたことに驚いたのか、わずかに眉が跳ねる。
次いで、颯の視線は僕達の腕に注がれる。
「それ…。」
「あぁ、これ?良いでしょ!真澄と仲良し!」
自慢をするように遥が繋いだ腕を見せる。
僕はそんな遥を横目に冷や汗が止まらない。
颯とは、ごっことはいえ今は恋人同士なのだ。一体なんと言われるのだろうか…。
「お前には松井がいるだろ。」
「…知らないし…。それに!別に友達でも腕組んだりするから!」
「俺は組まんぞ。」
「会長はね!僕は組むの!」
ツーンといった効果音が遥のところから聞こえてきそうだ。
颯もこれ以上言っても無駄だと思ったのか、溜息をひとつ吐くと、ゆっくりと学校に向かって歩き始めた。
僕らもその後ろに並んで歩いて行く。三人で登校するのは初めてだ。
一歩先を颯が歩き、すぐ後ろを僕と遥が腕を組んで歩くというなんとも不思議な格好ではあるが、賑やかな登校になんだか楽しくなってしまった。
遥も同じだったのか、いつもより饒舌に話をする。
「今日も模試、明日も模試、本当に嫌になっちゃうよね。」
「明日は午前だけだから、今日乗り切ったらだいぶ楽になるよ。」
「一日で全部終わればいいのにぃ。」
「それは…ちょっと僕は遠慮するかな…。」
一日に五教科全ての模試は体力も持たないし、なにより勉強が間に合わない。
「なんで?」
「復習する時間が足りないから。」
昨日の僕を思い出したのか、遥はあぁ!と声を上げて理解をした。
「ね、ね、真澄!ならさ、また泊まりにおいでよ!」
「泊まり?」
その時、それまでずっと黙って前を歩いていた颯の足が止まり、僕らの方を振り返ってきた。
「うん!昨日真澄がね、僕のところに泊まりに来てくれたんだよ!」
「は、遥…。」
「一緒のベッドで寝たし、朝ごはんだって作ってくれたんだよ!」
良いでしょ!と自慢げに胸を張る遥は、颯の顔がどんどんと険しいものになっているのに気づいていないのだろうか。
「は、颯…これは…。」
何か言おうと思うものの、全て事実であるため、上手い言い訳も思いつかない。
「本当なのか?真澄。」
後ろめたいことなど何も無いのに、颯の顔を直視することが出来ない。これだと、何か疚しいことがあると疑われてしまう。
でも、泊まったのも一緒のベッドで寝たのも、朝ごはんを作ったのも本当のことだ。
「うん…。」
「…そうか。」
それだけを言うと、颯は一人でサッサと学校へと行ってしまった。
「なぁに、会長ってば。いくら同性愛が嫌いだからって、ただ泊まっただけであんなに怒らなくても良いのに…。」
後には、僕と何も知らない遥だけが取り残されてしまった。
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