なんかそういう仲良しフレンド

 ああ心地良い。ああ、虚しい。

 両極端にあるそれらの感情を、人は同時に味わうことができるらしい。

 君を抱きながらそう学んだ。

「……っ……は、はると……」

 熱気の篭る吐息と共に、名を呼ばれるのも悪くはない。強まる硬度、高まる鼓動。刹那、君のイイトコロを突いたらしい。もう一度開きかけた唇が、勢いよくつぐまれた。溶ける瞳にとろける表情。ああ可愛い。永遠にそうやって、俺の下で鳴いていて。


 けれど叶わぬ恋だから、決して叶わぬこの夢を、君のその声で掻き消して。


 可憐に果てた君を、後ろから抱きしめる。心地よい甘い香りが立ち上る。今だけは、俺のもの。


 その微睡む瞳を見つめるだけで、何度だって恋に落ちるのに。

 俺たちは始まりも終わりもない関係。なんかそういう仲良しフレンド。そう思われてるはずだ。本当は、それを全力で否定したいけれど。



 たまたま帰宅時間が重なり、たまたま家が同じ方向で、運よく夕立に振られたあの日。駅から近い俺の家で、雨宿りをすることに。

「俺の家近いけど、雨足落ち着くまで休んでく?」

 同僚へ掛けた言葉のつもりだった。内心、「同僚」の関係性を崩せないかなって、願ってた。警戒心を見せることなく、頷いて玄関をくぐる君。あまりにすんなり行きすぎて、一人の男として見られていないのだと、何かが何処かで吹っ切れた。

 けれどこちらの恋心は健在。リビングでジャケットを脱ぎ、バスタオルで水気を拭うその姿に目眩を覚えた。艶かしいという言葉は自然と心に思い浮かぶものなのだと、感動に近い衝動にも襲われて。

 慌てて視線を逸らし、理性をがっちり握りしめ、距離を取ろうと洗面所へ一歩踏み出した、その時。背中に、じんわり広がる君の体温。

「……寒い」

 ああ。俺もまだまだ尻が青いな。腕の中に君を収めつつ、俺の理性の脆さを痛感した。

 気付けば触れ合う肌と肌。

「……そこはっ……んんっ……だめ、だって……」

「寒いなんて、言う方が、悪い」


 そう。全部君のせい。始まったのも、終わらないのも。

 俺に止める理由はない。一目惚れだったから。

 君は何も言わない。この関係についても、今後についても。


 自分はずるい奴だとつくづく思う。

 曖昧な君につけ込んで、あわよくば、また、なんて。


 でも、もう、終わりにしよう。

 なんかそういう仲良しフレンドも楽しいけれど、虚しくて堪らない。

 隣にいるのに、永遠にできない時間が、無性に虚しい。


 今宵もまた、ベッドの上で君は言う。

「また会いに来ていい?」

 受け取る答えを知ったふうな顔をしているけれど、控えている言葉は、君の想像しているそれじゃない。

「これで最後な」

 案の定、笑顔が凍てつき沈黙する君。どうしてそんなふうに眉尻を落とすの。何の感情もないくせに。震える声で、君は続けた。

「どうして? ごめん、何か悪いことした? それとも、全然気持ちよくなかった?」

「どちらでもない。こんな関係、健全じゃないから」

「今更なに? というか、どんな関係だと思ってたわけ?」

「なんかそういう、仲良しフレンド」

 どうして泣きそうな顔をするの。何の感情も、無いんじゃないの。

「何それ。ずっとこっちの片想いだったとか、惨め過ぎるんだけど」

 今度沈黙するのはこちらの方。今、何て言った? 鈍った思考で言葉が出ず、どんどん君に置いていかれる。

「何なの本当に。つまり今までのキスもハグもセックスも、春兎には全部無味無臭だったんだね。幸せだと思ってたのは、こっちだけだったんだ。全部全部、一方通行で……」

 その先は、君の口から言って欲しくなかったから。ごめん、唇で封させてもらうね。

「ごめん。聞いて。本当は」


 自分は立派な大人だと自覚していたのに、立派の中身は唯の見栄だった。恋は盲目と言うけれど、見えなくしていたのは周囲ではなく己の心。君への想いを隠して、何を掴もうとしていたのだろう。分別のある良識人であろうとする心がけは大事だ。だが、愛を隠して何になる。


「本当は、好きで好きで堪らない」

「もう嘘にしか聞こえないけど」

「……ああ。分かってる。でも、ここで伝えなきゃ後悔すると思うから。だから言わせて。また会いたい。好きな時に好きって言えるように、俺の隣に居てくれよ」

「言ったね?」

「言った」

「二言は無いね?」

「無い」

「分かった。じゃあもう知らない」

「……それは、どういった意味で……?」

 そして向けられる挑発的な視線。淡い微笑みも添えられて、無性に掻き立てられる嗜虐心。

 君は言った。

「本気になってあげる。この愛、重量級だから覚悟して」

「望むところだ」

 重過ぎることなんてないさ。想い合うことに長けた、大人同士の恋だから。


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