呪文
生焼け海鵜
第1話
私の目の前に居たのは、黒い雲に包まれた謎だった。
小雪は、私の横でポカンと口を開けて、現実を受け入れているようには見えない。
「あんなの勝てる訳ないよ」
そう小梅は、文句を漏らした。
目の前に居るのは宿敵である謎で、むろん私の目に光は無かった。
「いや、今諦めて、何が起こるっていうの!?」
叫ぶだけは出来た。ただ、足は一向にその機能を果たそうとしなかった。
「呪文。一夜一夜に舞う心、月光如く聖光に、化けよ我が精霊。白蛇」
動いたのは、小雪だった。その眼には希望や未来の色は見受けられず、絶望と諦めの光が青く灯ってた。
「二人とも手伝って! 早く!!」
「じゅ、呪文。青く青く揺れる人、青空如く湧き水に、化けよ我が擬人。大蛇!!!」
小梅は震えた声でそう唱えた。
呼び出された蛇は、疾風を伴い昇っていく。一歩出た小雪の髪は揺れていて、そしてその中で振り返った。垣間見える冷たく青い怒りの色。そんな色だった。
私は震えた足が馬鹿馬鹿しくなった。
「呪文。黒く溟く割れる時、夜空如く灯に、化けよ我が鎧。刻蛇」
そう唱えた。
「いくよ。みんな」
小雪が冷たく言った。
悉く蛇は切断された。
地面に私の腕が転がっている。左右どちらかなんて分からない。ただ転がっている。赤い鮮血を吐き出し生きようと悶える腕。
私は、元々町のあった地面に突っ伏している。視界に二人がいる。
「はぁはぁ。じゅ、呪文。うっ! うえぇぇ」
小梅が血を吐いている。練習生の白い着物が赤黒く斑に染まっていく。先生も死んだ。先輩も同様に死んだ。
「呪文。赤く赤く腐る山、故人如く蒼顔に、破せよ我が心。蛇」
再び、小雪が言った。
「呪文。碧く碧く燃える空、業火如く日の出に、溶けよ我が体。蛇」
小雪の頭が飛んできた。小梅は溶けた臓器を吐き出している。
建物の残骸に殴られながら転がる頭。薄気味悪い笑みを浮かべて泣いていた。それは、直ぐに号泣と笑顔に変わった。
死んだ。死んだ。青の光。
「呪文。死んだ死んだ朽ちる人、滑稽如く愚かさに 思え我が心。神」
「両腕無くした私の体。なんて無力だ。私の心。なんて足りない、努力の証。皆で開いた未来の扉。夢を追って出かけた矢先。夢を砕く絶望に。私の夢は、人を助ける占い師。お前が壊した皆の夢。辛さも楽しさも笑った日々に。皆の努力を認めた人々。絶望如く漆黒に 出でよ我が気持ち。神」
「全部、お前に壊された。なんで私達が死なないといけないの? お調子者でいつも笑わせてくれた小梅を返してよ!!! 恥ずかしがり屋でも甘えん坊で陰ながら支えてくれた小雪を返してよ!!! 私達の明るい未来を返してよ!!! 町の人を笑顔にする夢を返してよ!!!」
呼び出した神は、謎を殺した。
空には書いて字の如く、青空が広がっている。
崩壊した学び舎。商店街。町の皆の体。明るく残酷に視界に入った。思い出深い寮は、影すら無くて、何だか寂しい。
終わった。でも終わりだ。
太陽の陽気は私の頬を撫でた。
私は、止血の呪文を唱えなかった。
呪文 生焼け海鵜 @gazou_umiu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます