第162話~再会~

「へえ、奥さんに子供が生まれたんだ。それはおめでとう」

「ありがとうございます」


 北部砦でお世話になったワイトさんと再会した。

 俺とエリカは別室に通され、雑談に花を咲かせている。


 エリカのお父さんと公爵閣下はまだ何か打ち合わせがあるようなので、先ほどの部屋で話し合いを続けているようだ。


「それにしてもワイトさんて、公爵家の出身だったんですね。しかも跡取りだとか。これはもう気軽にワイトさんとか呼べないですね。ワイト様と呼んだほうがよろしいでしょうか」


 それに対してワイトさんは首を横に振る。


「何を言うんだい。僕たちは戦友じゃないか。今更、そんな気遣いは不要だよ。公式の場とかならともかく、普段は今まで通りに呼んでくれて構わないよ」

「そうですか。なら今まで通りにワイトさんと呼ばせてもらいますね」

「ああ、そうしてくれよ。それに、僕は今でこそ跡継ぎだけど、もともと三男坊なんだ。だから冷や飯食いの部屋住みで、親にも期待されず、特に行くところもなかったんで、君たちと出会ったころは軍で中級指揮官とかやっていたのさ」


「そういう事情だったんですね」

「そうなんだ。でも、北部砦の戦いのときにね一番上の兄貴が戦死してね」

「え?あの戦いでお兄さん、亡くなられたんですか?」

「ああ、前衛部隊の指揮官だったからね」

「公爵家の跡継ぎが前線に出るとか珍しいですね。普通は後方勤務とかだと思うんですが」

「普通はね」


 ワイトさんが苦虫を噛み潰したような顔になる。


「北部砦での魔物掃討戦というのはね。軍人や貴族の御曹司にとっては元々手柄を立てて箔をつけるための場なんだ。実際、それまでの戦いはずっと楽勝だったからね。だから、うちの兄貴も軍功を立てて経歴に箔をつけようとしたわけだが、バルト将軍の無計画な作戦と魔物たちの周到な迎撃のおかげで、あのざまだっただろう?それで、兄貴は戦死して、下の兄貴は他家へ養子に行っていて今更戻ってこれないので、僕に跡継ぎの座が巡ってきたのさ」


 ふーん。そうなんだ。

 この人にもいろいろ複雑な事情があるんだなと思った。


 というか、俺と境遇よく似てね?

 俺ほどではないにしても、親からは期待されなかったとか、行き先がないから軍隊に行ったとか。


 俺はワイトさんに妙な親近感を覚えた。

 この人とは仲良くできそうだと思った。


「そうなんですね。それはこれからいろいろと大変そうですね。頑張ってください」

「ああ、ありがとう。頑張るよ」


 ワイトさんも俺に対して何か親近感がわいたのだろう。

 にこやかに笑いかけてくれた。


「それで、ワイトさんは今どんな役職をやっておられるのですか?」

「今は王都防衛軍の司令官だね」

「ほう。それは大出世ですね。おめでとうございます」

「ありがとう」


 まあ、前は小さな輸送部隊の指揮官とかやらされていたからな。

 それに比べたら大出世だな。


「でも、今結構大変なんだ」

「そうなんですか」

「ああ、王都防衛軍の仕事の中には王都の治安維持というものがあってね。ホルスト君なら聞いたことがあるかもしれないが、今王都では殺人事件が多発していてね」


 殺人事件。

 前にフォックスが言っていたやつのことかな。


「ああ、それなら噂程度は聞いたことがありますね。なんでも、殺された人間の体から血が抜かれているとか」

「さすがホルストは詳しいね。その通りなんだ。被害者の体からすべての血が抜かれていてね。色々憶測が飛び交っているんだよ」

「憶測ですか」

「そうなんだ。悪の秘密結社の仕業だとか、過去に王都に封印された吸血鬼の仕業だとか、変な噂が出回っているね。今、うちの腕利きの捜査官たちが頑張ってくれているんだけど、中々成果が上がらなくてね。困っているんだ」

「それは大変ですね」


 本当に大変そうだ。

 もし俺がその捜査官とやらだったら、心労で胃に穴が空いてしまいそうだ。


「だからさ、ホルスト君も何か噂を聞きつけたら僕の方へ教えてくれよ」

「いいですよ。その時は協力します」

「ありがとう。お願いだよ」


 コンコン。

 その時、部屋を誰かがノックする音がした。


「ワイト様。お呼びでしょうか」

「ああ、入っておいで」


 ワイトさんが許可を出すと、その誰かが入ってきた。


「失礼します」


 それはブロンドの髪と青い瞳を持つ女性だった。


★★★


「紹介するよ。僕の妻のヘラだ」

「初めまして。ワイトの妻のヘラと申します。よろしくお願いします」


 部屋に入ってきたのはワイトさんの奥さんだった。


「ヘラ。こちらが前に話したことがあるホルスト君と奥さんのエリカさんだ。ほら、僕が北部砦で世話になったと話しただろう?彼らがいなかったら僕も北部砦から生きて帰れなかったからね」

「まあ、それは主人がお世話になりました」


 ワイトさんの説明を聞いたヘラさんがぺこりと頭を下げてくる。

 その物腰は華やかで、彼女の育ちの良さがうかがえた。


 ヘラさんに頭を下げられた俺たちも、慌てて自己紹介をする。


「ホルストです。北部砦ではワイトさんにお世話になりました。奥さんも、よろしくお願いします」

「エリカです。ヘラ様の旦那様にはお世話になりました。ヘラ様におかれましても、よろしくお付き合いください」


 そう自己紹介しながら、二人で頭を下げた。


「今日うちに来られているヒッグス卿は、こちらのエリカさんのお父さんだ。それで、ホルスト君はエリカさんの旦那さんだ」

「まあ、お二人ともヒッグス家の方なのですか」

「ああ、ヒッグス家については君も知っているだろう?君の実家もヒッグス家から鉱山で使う魔道具や、魔法の肥料なんかを買っているんじゃなかったっけ?」

「ええ、そうですね。ホルスト様にエリカ様。ワイト様のみならず私の実家までお世話になっております」

「いえ、うちの実家の方こそヘラ様の実家様とお付き合いさせていただき、お世話になっております」


 と、そうやってお互いに挨拶をしあった後、テーブルに座って4人で雑談をすることになった。


★★★


「失礼いたします。お茶とお菓子をお持ちいたしました」


 屋敷のメイドさんがお茶とお菓子を持ってきてくれたので、それを食べながら話をする。

 メイドさんが持ってきてくれたお菓子は、シンプルなクッキーなどの焼き菓子だったが、上品な味でおいしかった。

 後でヴィクトリアにでも話したら、


「ワタクシも食べたかったですう」


とか、悔しがりそうな味だった。


 肝心の雑談の内容はというと、


「へえ、男のお子様が一人いらっしゃるのですか」


と、子供の話が中心だった。


「まだ2歳になっていないのに、そんなに喋れるんですか」

「私もワイト様と頑張っているのですが、中々できなくて。実家にも孫はまだかとせっつかれていて、ちょっと困惑しています」


 色々と愚痴られてエリカもちょっと困っているようだが、そこは俺の嫁。

 うまくかわしていく。


「そんなに焦る必要はありませんよ。私も一時中々妊娠しなくて不安に思ったことがありましたけど、頑張っているうちにいつの間にか子供ができていましたからね」

「そういうものなのでしょうか」

「そういうものですよ。それと、もしどうしても何かしないと不安だというのなら、神様にお願いしてみたらどうですか」

「神様ですか?」

「ええ、私も神様にお願いしたらすぐに子供ができましたよ」

「本当ですか?」


 エリカの話を聞いたヘラさんの目がキラキラと輝く。


「本当ですよ。私も旦那様と女神アリスタ様にお祈りしたら、その後すぐくらいに妊娠しましたね。確か、王都の近くには神々を祭った大神殿があったはずです。ヘラ様も旦那様と二人でお祈りに行かれてはどうですか?」


 それに対してヘラさんが大きく頷く。


「ワイト様、是非行ってみましょう」

「うん、そうだね。行ってみようか」


 そんな感じで話は進んでいき、俺たちが仲良く打ち解けられたころ、お父さんたちの話し合いが終わり、俺たちも帰る時にこんな誘いを受けた。


「ホルスト君。今度うちの屋敷で舞踏会が開かれるんだけど、来ないかい?」

「舞踏会ですか?」

「うん。まあ、舞踏会といっても気楽なダンスパーティーみたいな感じさ。ホルスト君も出世したんだから、それなりの地位の人たちにも顔を売った方がいいと思うよ」

「そうですかね」

「後、ホルスト君にはエリカさん以外にも奥さんがいるんだってね。彼女たちも連れておいでよ」

「いいんですか」

「貴族の中には側室を連れて来る人も珍しくないよ。だから、気にしなくていいよ」

「わかりました。それではお言葉に甘えまして」


 ということで、今度ワイトさん所の舞踏会に行くことになった。

 屋敷を出てヴィクトリアたちにそのことを告げると、


「わーい。ごちそうの時間です」


と、のんきなことを言っていた。


 さて、これで貴族へのあいさつ回りは終わった。

 後は王宮へ行くだけだ。

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