第111話~ヒッグスタウンへの旅3、異変~

 筋肉痛を警戒して、『シエラの町』で連泊した俺たちは旅を再開した。

 荷物を馬車に積み込み、忘れ物がないか確認した後、全員が乗り込む。


「それじゃあ、パトリック。また頼むぞ」

「ぶひいいいん」


 全員が乗り込んだのを確認すると、俺はパトリックに前へ進むようにお願いする。

 パトリックが俺の言葉に応えて前に進む。

 馬車を引くパトリックの足取りは軽やかに見える。


 昨日は『シエルの町』で連泊したせいで、パトリックも一日のんびりできたからだろうと思う。

 タテガミにつやが出て、肌に張りがある。

 いつも十分以上に働いてくれているパトリックなので、たまには昨日のように十分休養を取らせられたのはよかったと思う。


「いよいよ、『シエラの町』ともお別れですね」


 町の城門を出る時に、御者台で俺の隣に座っているエリカがそんなことを言う。


「ああ、ここでもいろいろあったが『天空の塔』はすごかったね」

「本当に。あんなに景色が良いとは。頑張って登った甲斐がありましたね」


 まあ、途中から頑張ったのは俺一人だけどな。

 エリカに俺はそうツッコみたくなったが、もちろん余計なことは口に出さない。

 気分良くさせておいた方が好都合なのは、これまでの夫婦生活で十分わかっているからだ。


「うん、そうだね。みんな頑張ったよね」


 とだけ言っておいた。


「ところで、『天空の塔』って誰が作ったんだろうね。こんな近くに石切り場もないような平原のど真ん中に、こんなバカでかい建物を建てるなんて、簡単なことではないだろうにね」

「私が聞いた話によりますと、ヴァレンシュタイン王国の初代の国王陛下が建てられたとか。私たちの始祖であるヒッグス様も協力されたとか」

「ヒッグス様が……そうなんだ」

「なんでも、過去この周辺に魔物の大群が攻め込んできたことがあったそうで、次に同じことが起きた時のために建てられたそうですよ」

「まあ、ここにこんな塔があったら監視には便利だろうからね」

「本当に」


 この話はここで終わった。

 この後は日常のたわいもない話をしながら旅をするのであった。


★★★


「日差しがポカポカして暖かいですね」


 昼飯が終わった後、街道脇の木の下に敷かれた敷物の上で、ヴィクトリアはそんなことを呟きながらのんびりと寝そべっていた。

 旅に出た当初よりも少し季節が進み、日差しは暖かくなり、風の冷たさも緩くなった。

 それに加え、暖かい南の方へ向かっていることもあり、短時間なら外で寝転がっても大丈夫なくらいの暖かさになっていた。


「ヴィクトリア様あ、銀も眠いです」


 ヴィクトリアの横ではそうやって銀も寝ころがっている。

 この二人は家でもよくこうやって一緒に昼寝なんかしていたりする。

 本当に仲がいいと思う。


 さて、今俺たちは昼休憩の最中だ。


 今日は朝早くに前の町を出たので、少し昼はのんびりすることにしている。

 ヴィクトリアと銀は御覧の通り仲良く昼寝している。

 エリカは、馬車の中でホルスターの相手をしている。

 大分暖かくなったとはいえ、抵抗力の弱い赤ん坊があまり長時間外にいて風邪をひいてはいけないからだ。

 俺とリネットは自分の武器を磨いている。


「ホルスト君、磨く用の油がなくなってしまったんだが、少し分けてくれないか」

「どうぞ」


 そんな風に和気あいあいと磨いている。

 パトリックも馬車から離して、長いヒモで近くの木に繋いで、のびのびとさせている。

 この光景を見て俺は思うのだ。


 平和っていいものだな、と。


 何ならずっとこのままでもいいかなとも覆うが、そういうわけにもいかなかった。

 一応俺たちにも予定というものがあるからだ。

 もう3月も半分以上過ぎている。


 エリカのお父さんの当主就任式やお兄さんの結婚式は4月だから、そんなにもう時間的猶予はない。

 とはいっても、ここからならヒッグスタウンは数日の距離なのでそこまで慌てる必要もない。

 だから、俺たちにもこうしてのんびり過ごす時間があるのだ。


「もっと、みんなとこうやってのんびり過ごせるようになりたいものだ」


 俺はそう願いながら剣を磨くのであった。


★★★


「旦那様、何かおかしくありませんか」


 街道の異変に最初に気が付いたのはエリカだった。

 午後休憩の後、俺たちは移動を再開したのだが、進んでいくうちに街道の様子がおかしいことに気が付いた。


「確かに反対方向から来る人が急に増えたな」

「しかも、向こうから来る人は旅にふさわしくないくらいの荷物を抱えている人も多いですね」

「かと思えば、服装もボロボロでけがしているみたいな人もいるね」

「旦那様、これはもしかして」

「うん、とりあえず、誰かに聞いてみた方が早いと思うよ」


 ということで、道行く旅人を捕まえて聞いてみる。

 その人は赤ん坊を連れた夫婦で、いかにも命からがら逃げてきたというようなぼろぼろの格好をしており、けがをしているせいか、顔色も悪そうだった。


「大丈夫ですか?けがをしているんだったら、うちには治癒術士がいるので、すぐに直してあげますよ」


 そう声をかけると、


「是非お願いします」


夫婦は喜んで俺たちにお願いしてきた。


「『小治癒』」


 ヴィクトリアが治癒魔法をかけてやり、さらに。


「お腹が空いているんじゃないですか?何か食べますか?」

「はい、2日ほど何も食べていなくて……何か食べさせてください」

「わかりました」


 夫婦に食べ物を分けてあげると、夫婦はむさぼるようにして食べ物を食べ始めた。

 しばらくして食べ終わると、ようやく落ち着いたのか、二人の顔に生気が戻ってきていた。


「この子にお乳をやってもいいですか」


 そう奥さんが言うので、奥さんには馬車の中でお乳をやってもらうことにして、エリカをつけて馬車に入ってもらった。

 その間に旦那さんに事情を聞くことにした。


「何があったんですか?」

「村が魔物に襲われたんだ」


 やはりか、と俺は思った。


「僕はこの近くの村に住んでいたんだが、一昨日の晩、100匹くらいのゴブリンとオークの集団が突然襲ってきたんだ。村には自警団もいたんだが、完全な奇襲の上、数も相手の方が多かったからどうしようもなかったんだ。僕も嫁と子供を連れて逃げるので精いっぱいだった。ちくしょう」


 そこまで言うと、旦那さんはよほど悔しかったのか涙を流した。


 しかし、と旦那さんの話を聞いて俺は思う。

 確かに、今世界中で魔物により町や村が滅ぼされる事例が後を絶たないが、それはどちらかというと辺鄙な場所で起こることが多かった。

 だが、現在いるここは王国の中心部分に近い場所である。

 そんなところにある村が急に魔物に襲われるとはにわかに信じられなかった。


 これは何かある。

 そう思った俺は、これから先の旅は慎重に進める必要があると思った。


★★★


「お元気で」

「どうもお世話になりました」


 夫婦と別れた俺たちは旅を再開する。

 夫婦には数日分の食料と、銀貨を3枚ほどあげておいた。

 気持ちばかりの援助であるが、俺たちにできることなどこのくらいのものだ。


 まあ、この世界、避難民は結構出るので、町の協会にさえ行けばとりあえず食べさせてもらえるし、人当たりの良いご夫婦だったので、仕事もすぐに見つかることと思う。


 さて、夫婦と別れて街道を進んでいくと、さっきの夫婦と同じような人たちに幾人も会った。

 みんな、どこかけがをして、弱っているように見える。


「治癒魔法で治療してあげますよ」


 俺たちはそういう人たちを見かけるたびに声をかけ、治癒魔法をかけ、食料を渡してあげた。

 そうやって街道を進んでいくと、王国の騎士が検問をしているのが見えた。


「止まれ」


 こんな街道のど真ん中で変だなあ、と思いつつも指示に従い馬車を止める。


「何かあったんですか」


 俺が聞くと騎士はこう答えた。


「実は、この先のヒッグスタウンが魔物の軍勢に包囲されていてな。危険だから、ここから先は立ち入り禁止だ」


 ヒッグスタウンと聞き、俺たち全員が色めき立つ。


「旦那様」


 特にエリカが動揺しており、すがるように俺の手を握ってくる。


「大丈夫だから、俺が何とかして見せるから」


 と、エリカに声をかけ、エリカを安心させてやると、詳しい事情を聞くため、騎士に声をかける。


「ヒッグスタウンが、魔物に?本当ですか」


「本当だ。数日前、突如数十万の魔物の大軍勢が現れ、ヒッグスタウンを包囲したのだ。今、ヒッグスタウンは激戦の最中だ。危ないのでくれぐれも近づかないように」

「それで、戦況はどうなのですか」

「ヒッグスタウンの部隊は精強なことで知られているが、魔物の数が数だからな。大分苦戦しているらしい」

「王国からの援軍とかはどうなのですか」

「今準備中だが、数十万の魔物の相手をする部隊となるとすぐには無理だ」

「そうですか」

「一応、ノースフォートレスの町に北部砦で10万の魔物の軍勢を滅ぼした化け物冒険者パーティーがいるとのことなので、応援を要請するという話も出ているが、なにせ相手は冒険者だ。すぐに連絡が付くとは限らないのでどうなるかわからん」


 騎士の話を聞いた俺は頷く。


「わかりました、そういうことなら、魔物たちを始末してきます」


 そして、検問所を通り抜けようとした俺たちを騎士たちが慌てて止めてきた。


「おい、危険だと……」

「大丈夫です。その化け物冒険者パーティーというのは俺たちのことですので」


 俺の言葉を聞いた騎士たちは一様に驚いた顔になる。

 それは見事な変貌ぶりで、俺はその驚き顔を一生忘れないと思う。

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