第93話~ホルスト、パパになる~

 トコトコ。

 トコトコ。

 トコトコ。

 俺は先程から廊下を行ったり来たりしている。


「ホルスト君、少し落ち着きなよ」

「そうです。少し座ってじっとしていてください」

「ホルスト様、バタバタしても何も変わりませんよ」


 リネット、ヴィクトリア、銀の3人が落ち着くように促してくる。


 だが、とてもそんな気になれない。

 不安と期待で胸を押しつぶされそうになって、じっとしてなどいられない。


「ここは産院ですよ。旦那さん、気持ちはわかりますが、他の患者さんもいるのです。皆さんの迷惑になりますから、少し大人しくしてください」

「はい、すみません」


 最終的には看護師さんにそう注意されて、ようやく俺は椅子に座った。

 そう、ここは産院。女性が子供を出産する施設だ。


 なぜここにいるのかって?


 そんなもの理由は一つに決まっている。

 まもなく、エリカがここで子供を産むからに決まっている!


★★★


 それは今日の昼前のことだった。


「ホルストさん、大変です。エリカさんが!」


 庭で剣磨きをしていた俺の所にヴィクトリアが駆け込んできた。

 エリカという人名を聞き、のんびりとしていた俺の体に電流が走り、一気に体が緊張する。


「どうした?エリカになにがあったのか?」

「それが、エリカさん,破水しちゃいました」


 破水。妊婦さんのお腹から出産前に羊水が出てくる現象のことである。

 これが起こると出産が近いということだ。


 破水と聞いて俺は慌てた。


「なに?破水だって?それでエリカは無事なのか」

「はい、今はソファーに横になって安静にしています。リネットさんと銀ちゃんが横について様子を見てくれているので、大丈夫だと思います」

「わかった。すぐ行こう」


 俺は事情を聞くと、エリカの所へすっ飛んで行った。


「エリカ、大丈夫か」


 俺がリビングに行くと、エリカはソファーに横になって大人しくしていた。


「ええ、旦那様。私は大丈夫です」


 そういうエリカの声にはハリがあり、一応まだ大丈夫そうには聞こえた。


「でも、破水したって聞いたぞ。もうすぐ子供が生まれるんじゃないのか」

「破水したからと言っても、すぐに子供が生まれるわけではありません。少し時間がかかるのです。それよりも旦那様」

「何だ」

「もう少し落ち着いたら、私を産院へ連れて行ってくれませんか?妊娠以来診察してもらっている先生のやっている産院で、子供が生まれそうになったら入れるように予約してあるのですが」

「よし、わかった。いつでも産院へ行けるようにパトリックの方の準備をする。みんな、それまでエリカのことを頼む」

「わかった」

「お任せください」

「なるべく急いで準備してください」


 俺はヴィクトリアたちにエリカのことを任せると、急いで馬車の準備をした。

 そして、30分後。


「よし、行くぞ」


 俺たちは産院へと出発した。


★★★


「おぎゃー」


 俺たちが廊下で待っていると、突然エリカのいる出産室から赤ん坊の泣き声がした。

 まさか。と、俺たちが戸惑っていると、しばらくして、看護師さんが出てきた。


「おめでとうございます。元気な男の子が生まれましたよ」


 看護師さんは出てくるなり、俺たちにそう告げてきた。


「そうか、無事生まれたか。それで、エリカの方は大丈夫ですか」

「はい、お母さんの方も元気ですよ。母子とも健康そのものですよ」

「そうか、それはよかった」


 そこまで聞いて、ようやく俺はほっと胸を撫でおろす。

 そして、俺のその様子を見て、ヴィクトリアたちが集まってくる。


「ホルストさん、おめでとうございます」

「ホルスト君、おめでとう」

「ホルスト様、おめでとうございます」


 みんなが口々に俺にお祝いの言葉をかけてくる。

 それを聞いて、ようやく俺の中にも父親になったのだという実感が湧いて来る。


「よし、それじゃあ、早速生まれてきた子とエリカの様子を見に行くか。看護師さん、もう中へ入っても大丈夫ですか」

「ええ、もう後処置も終わっている頃だから大丈夫だと思います。どうぞ」


 俺たちは看護師さんに案内されて中へ入った。


★★★


「これが、俺の子か」


 出産室に通された俺は我が子と対面した。

 俺の子は既に産湯で体を洗われきれいにされた上で、産着にくるまれてベッドの上ですやすやと寝ていた。


 俺はベッドに近づくと、その子の顔をじっと覗き込んだ。

 ジーっと、視線を一切ずらすことなく見続ける。

 そして、一言呟く。


「かわいいといえばかわいいけど、なんかサルみたいだな」


 ふふふ。そんな俺を見て、子供の横で寝ていたエリカが笑う。


「まあ、旦那様、そうおっしゃらずに。すぐに大きくなって、旦那様のようなカッコいい男の子になりますから。もう少しお待ちください」

「そ、そうか。……そうだよな。何せ、俺とエリカの子供だもんな。いい男になるに決まっているよな」


 俺はもう一度子供の顔を見る。

 よく見ると顔の形はエリカに、耳の形が俺に似ている気がする。

 俺は思わずニンマリする。

 これが俺の子供だという実感が湧いて来たからだ。


 その後もしばらく子供の顔を見続けるが、やがて。


「ホルストさん、そろそろワタクシたちにも赤ちゃんの顔を見せてください」


 ヴィクトリアたちがそうせがんできたので、どいてやることにする。


「うわあ、かわいいですう。顔つきとかお母さんそっくりですね」

「かわいい子だな。やはりこの子もお父さんに似て背が高くなるのかな」

「かわゆいこでちゅねえ。耳とかお父さんそっくりですね」


 ヴィクトリアたちは俺とエリカの子を見ると、口々にほめそやすのだった。

 いいぞ。お前ら、もっと褒めろ。


 そうやって俺がヴィクトリアたちを満足げに見ていると、エリカが微笑みながら話しかけてきた。


「それで、旦那様。この子の名前なのですが。ちゃんと考えてくれましたか?」


 そうだった。子供の名前だ。そろそろ子どもが生まれそうだというので、名前を考えるように言われていたのだ。


 もちろん考えている。

 何せここ1週間くらい飯の時も風呂の時も鍛錬の時もそればかり考えていたからな。

 そうして考えた名前は。


「ホルスターという名前はどうだろうか」

「ホルスターですか。良い名前だと思いますよ」


 子供の名前を聞いたエリカはにこりと笑った。

 どうやら合格の様だった。

 俺はほっと胸を撫でおろした。


「それじゃあ、お前の名前はホルスターだ。よろしくな」


 そう言うと、俺はホルスターの頭を優しく撫でてやるのだった。


★★★


 1週間ほどでエリカは産院を退院した。

 退院の翌日。


「旦那様、行きますよ」

「ああ」


 俺とエリカはおめかしをして出かけた。

 出かけるエリカの腕の中にはホルスターがいる。

 ホルスターはエリカの腕の中ですやすや寝ていた。


 それで、俺たちが行こうとしているのは魔道写真館だ。

 魔道カメラとかいう人の姿絵を撮る高価な機械があるのだが、これで写真とかいう姿絵を撮る商売をしているのが魔道写真館だ。


 結構町の人たちには人気で、子供が生まれた時とか、進学の時とか、何かの記念の時に晴れの姿を残しておこうとして撮るみたいだった。

 ということで、俺たちも子供が生まれた記念に撮ろうというわけだ。


「はーい、旦那さん、もうちょっと真ん中に寄ってください。……はい、オッケーです。それでは撮りますね」


 まず、夫婦と子供の3人が写っている写真を1枚。

 次に子供だけの写真を1枚撮った。


「写真は数日でできます」


 とのことだったので、写真を撮り終わると、俺たちは家路についた。

 途中、エリカが疲れたというので公園のベンチに座って休憩する。

 座るなり、エリカが俺に寄り添ってくる。


「私、今とっても幸せです」

「ああ、そうだな」


 俺は短く答えると、エリカに寄り添うのだった。

 春の太陽は暖かく、いつまでも俺たち親子3人を照らすのだった。

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