第92話~ホルスト、レジェンドドラゴンの件でエリカに怒られる~

 レジェンドドラゴンを討伐した俺たちは意気揚々とノースフォートレスへと帰還した。

 ノースフォートレスの町に帰った俺たちは、そのまま商業ギルドに直行した。


「どうも、こんにちは」

「これは、ホルスト様。ようこそ、いらっしゃってくれました」


 俺が商業ギルドの受付へ行くと、いつもの女性職員さんが笑顔であいさつをしてくれた。


 ちなみにこの女性職員さん、ケイトさんという名前らしい。

 いつもニコニコしているかわいらしい女性だ。

 ここに初めて来て以来、何度も対応してもらっているが、名前を知ったのは最近だ。


 いつもお世話になっているのでこの前、「職員の皆さんで食べてください」と、お菓子をあげた。

 そしたら非常に喜んでくれたのを覚えている。


「この前のお菓子はどうだった?」

「はい、とてもおいしかったですよ。どうもありがとうございました」


 ケイトさんはぺこりと頭を下げてくれた。


「それはよかった。また、そのうちに何か持ってくるよ」

「ホルストさ~ん。早く用件済ませましょうよ」


 俺がケイトさんと楽しげに話していると、ヴィクトリアが会話に割り込んできた。


 なんだ。行儀の悪い奴だな。


 そう思い、一言言ってやろうとヴィクトリアを見ると、すごく不機嫌そうな顔をしていた。

 それに、ヴィクトリアだけでなくリネットまで不機嫌そうだった。


 あ、これ、ツッコんじゃいけないやつだ。


 俺は慌ててもう一度カウンターの方を向き、ケイトさんに用件を伝える。


「マットさんと大きな商売の話をしたいんだ。取り次いでくれないかな?」

「はい、畏まりました」


 俺の話を聞いたケイトさんは、支配人のマットさんを呼びに奥へと向かった。


★★★


「ホルスト殿、ご無沙汰しています」


 商業ぎルドの応接室に通された俺たちを、マットさんが出迎えてくれた。


「ええ、マットさんお久しぶりです」


 出迎えてくれたマットさんに型通りの挨拶を返すと、さっそく商談に入る。


「それで、大きな商談のご相談があるとか」

「ええ、まあ、あれこれ言うのも面倒だから単刀直入に言いましょう。実はレジェンドドラゴンを討伐してきたのです」

「ほほう。レジェンドドラゴンというと、あの……エラール山脈に生息するという巨大なドラゴンですか」

「そうです。それを討伐してきたので、買い取ってもらいたいな、と」

「もちろんです。レジェンドドラゴンともなれば、武器防具の素材としてや肉も高値で売れるでしょう。喜んで買い取らせていただきますよ」


 大きい商売の匂いを嗅ぎつけたのだろう。

 マットさんは俺の話を終始ニコニコ顔で聞いていた。


「ただ、売るにあたって一つ条件があるのですが」

「条件ですか」

「まあ、その前に、先にレジェンドドラゴンの実物を見せましょうかね」

「お、、いいですね。それでは倉庫に行きましょうか」


 ということで、俺たちは倉庫に移動した。


「それじゃあ、ヴィクトリア出せ」

「ラジャーです」


 俺の指示でヴィクトリアが今回の獲物を出す。


「これがレジェンドドラゴンですか。これは素晴らしいですな」


 マットさんがレジェンドドラゴンをべたべた触る。

 皮の肌触りや、爪の状態、翼の状態など触りながら丁寧に確認していく。


「ふむ、これほどのドラゴンなら、以前お持ちいただいたアースドラゴンに匹敵する値段で売れるでしょう」

「そうですか。それはよかった。それで、さっきも言いましたが、これを売るためには一つ条件があるのですが」

「条件ですか。これほどの品を手に入れるためです、多少のことなら飲みますが」

「実は、このレジェンドドラゴンの頭のはく製を作りたいのです。誰か職人さんを紹介してもらえませんか」

「頭のはく製?それは……」


 マットさんの顔が渋くなる。

 当然だ。

 ドラゴンの頭は宝の塊だ。牙、角、目、舌と高く売れる部位が揃っている。

 それが売れないとなれば商業ギルドの利益はがくんと減る。

 マットさんのこの表情は当然と言えた。


「マットさんの気持ちはわかります。頭がなければ、せっかく競売をしても売り上げが少なくなりますからね。だから、頭以外の部分は安くお譲りします。それでどうでしょうか」

「しかし」

「これでダメだというなら、他のも提供しましょう。ヴィクトリア、あれも出せ」

「ラジャーです」


 そう言うと、ヴィクトリアはドラゴン3匹を収納リングから出した。


「レジェンドドラゴンと一緒に倒した地竜です。これもお安く譲りますから、それで利益は確保できるでしょう。このあたりで譲歩してくれませんか」

「わかりました。それでは契約成立ですな」


 こうして、俺たちと商業ギルドの契約は成立したのだった。


★★★


 1週間後。


「旦那様、商業ギルドからお使いの方が見えられて、注文の品ができたので取りに来てほしいとのことです」


 外で用事を済ませて家に帰ってくると、エリカが俺にそう告げてきた。


 注文の品?ああ、例のやつができたのか。

 俺はうれしさのあまり内心ほくそえむ。


「何か、買われたのですか?」


 俺がうれしそうなのを見たエリカがそう聞いてくる。


「ああ、生まれてくる子供のためにちょっとした物を買ったんだ」

「まあ、それは……どうも、ありがとうございます」

「それじゃあ、俺は注文の品を取りに行ってくるから」

「わかりました。お気をつけて行ってきてください」


 俺はこうして商業ギルドへ出かけた。


★★★


「それじゃあ、ヴィクトリア収納してくれ」

「は~い」


 商業ギルドへ行き、注文の品を受け取ると、ヴィクトリアに収納リングに入れさせた。

 最初、ヴィクトリアは俺と商業ギルドへ行くことを渋った。


「あんな物を持って帰ったら、ワタクシまでエリカさんに怒られてしまいます」


 そう主張するのだった。


「そんなわけがないだろう。子供のためにしたことに対して、エリカが怒ったりするわけがないだろう」


 そう反論しても。


「いいえ、絶対怒ります。ホルストさんは女性の気持ちに鈍感すぎます」


 そう言って譲らなかった。

 仕方がないので、妥協案を提示した。


「付き合ってくれたら、ケーキ買ってやるから」

「それなら行きます」


 ケーキを買ってやるという妥協案に、ヴィクトリアはあっさりと折れた。

 本当に単純なやつで助かる。


 さて、荷物も受け取ったことだし、ケーキ屋によって帰ることにする。


★★★


「定番のイチゴショートに、レアチーズ、モンブランにこのフルーツロールもいいですね」


 ケーキ屋でヴィクトリアがケーキを選んでいる。

 次々と店員に欲しいものを言っていくと、トレーに品物が載せられていく。


 なんか結構多いような気がする。


「お前、そんなに買って食いきれるのか」

「大丈夫です。これは今日の夕食のデザートにみんなで食べる分です。ワタクシ一人で食べるわけじゃないです」

「なんだ。そうだったのか」


 というか、みんなの分?

 そういう話は聞いていなかったが。


 まあ、みんなのことも考えられるようになっただけ、ヴィクトリアも成長したのだと思う。

 どうせ、そんな高いものでもないし、みんなのためというのなら別に構わない。


「ありがとうございました」


 ケーキを買った俺たちは店を出る。が、すぐ隣のカフェに入る。

 このカフェも隣のケーキ屋がやっているらしく、人気店らしい。

 ここへ来たのは。


「喉が渇いたので、何か飲みたいです」


 そうヴィクトリアがせがんだからだ。だが、ヴィクトリアが注文したのは。


「ご注文のイチゴパフェをお持ちしました」

「わーい。いただきます」


 飲み物ではなくイチゴパフェだった。

 それだと余計に喉が渇くのではと思ったが、本人がいいというので黙っておくことにする。


「ごちそうさまでした」


 食べ終わると俺たちは店を出た。

 その帰り道、なんかヴィクトリアが腕を組んできた。


「き、急にどうしたんだ」


 驚いた俺が聞いてみると。


「だって、ワタクシたち世間では男女の仲ってことになっているじゃないですか。それなのに、二人きりで歩いているときに手を組まないのは、むしろ、不自然というものではありませんか?だから、今後はワタクシやリネットさんと二人で歩くときはこうしろって、エリカさんが言ってましたよ」

「そうか。エリカの指示なら仕方ないな」


 釈然としない思いを抱きながらも、俺はヴィクトリアと腕を組んで歩くことに同意するのだった。

 そして、思うのだ。


 女の子の腕って気持ちいい、と。


★★★


 家に帰ると、早速庭に例のものを飾った。


「うん、素晴らしいな」


 俺はその出来栄えに満足した。


「それではエリカを呼びに行くか」


 俺はエリカを呼びに行く。


「エリカ、見せたいものがあるんだ」

「まあ、何でしょうか」

「庭に置いてあるんだ。見てくれないか」

「はい」


 そう言ってニコニコ顔で俺についてきたエリカだったが、例のものの前まで来ると絶句した。


「旦那様、これは?」

「レジェンドドラゴンの頭のはく製だ」

「レジェンドドラゴンの?」

「ほら、レジェンドドラゴンの骨や騎馬で作ったお守りが子供の成長にご利益があると聞いてさ。それで、レジェンドドラゴンを狩りに行ったんだけど、それだけでは子供が生まれた記念には弱いかなと思ってね。こうやってレジェンドドラゴンの頭のはく製を作ってもらったんだ」


 俺はどや顔でそう言ったが、俺の話を聞いたエリカは肩を震わしている。

 そして、静かに重々しい声でゆっくりと話す。


「捨ててきてください」

「え、なんて」

「こんなものさっさと捨てて来い、と言ったんです」

「え、でも、折角……」

「さっさと捨ててきなさい!こんなもの見たら子供が喜ぶどころか、泣くでしょうが!だから、さっさと捨ててくる」

「は、はい」


 鬼の形相でエリカに怒られた俺は結局エリカの言う通りにするのであった。

 ただ、捨ててしまうのはもったいなかったのでヴィクトリアの収納リングに永久保管となった。

 ヴィクトリアに預けるときに、だから言わんこっちゃないという顔をされたのが悔しかった。


★★★


 その晩、俺はエリカにいっぱいキスされた。


「旦那様、私は旦那様が子供に対して一生懸命してくれたことを怒っているのではないのですよ。それについては非常に喜んでいます。だから、こうやってキスして感謝してあげます。でも、あんなものを勝手に子供にあげてはいけませんよ。子供の教育とかもあるんですからね。そういう時は、次からは私に相談してくださいね」

「はい、気を付けます」


 こうして怒られはしたものの、レジェンドドラゴンのおかげで夫婦のきずなは高まったのであった。

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