第53話~皇都、凱旋~

 キングエイプ戦の翌朝。


「さあ、それじゃあ、片づけを始めるぞ」


 テントで一夜を明かした後。俺たちは撤収の作業を始めていた。


「うう、もう一歩を動けません」


 一人ヴィクトリアだけが、泉の側の木にもたれかかって休んでいる。

 というのも、ヴィクトリアは一晩中頑張って魔石を浄化していたからだ。


「別に急がなくてもいいんだぞ」


 と、俺は言ったのだが、ヴィクトリアは譲らなかった。


「こんな暑い所にいつまでもいたら、暑さで干上がっちゃいます。ワタクシ、頑張りますから、早く帰りましょう」

「わかった。それでは頼むよ」


 まあ、確かにここはいるだけで体力を消耗する。だから、なるべく早く離れたいのが本音だ。

 だから俺はヴィクトリアに頼ることにした。

 そのおかげで、こうして朝早くから撤収を開始できているわけだ。


「まあ、後は俺たちに任せて、お前はこれでも飲みながらゆっくり休んでいろ」

「ありがとうございます」


 俺が冷たい飲み物を渡してやると、ヴィクトリアはにっこりと笑いながら飲み物を受け取る。

 その顔を俺はちょっとだけかわいいと思った。

 本当、こいつは食べ物を飲み食いするときだけはいい笑顔になる。


 一方、俺たちがテントを片付けている傍らではアキラ皇子と狐少女が別れの挨拶を交わしていた。


「わたし、皇子様とお別れするのは寂しいです」

「僕もだよ」


 二人は手と手を取り合うとギュッと握りしめ合う。


「私、まだ修行中の身なので自由に出歩けませんが、もし修業が終わったら皇子様に会いに行ってもよろしいですか」

「もちろんだ。歓迎するよ」

「皇子様!」


 二人が手に込める力が一段と強くなる。


「それでは、皇子様。また会える日までお元気で。さようなら」

「ああ、さようなら」


★★★


 それから数日後、俺たちは皇都に凱旋した。

 途中、パトリックを回収したので馬車での帰還である。


「そこの馬車!止まりなさい!」


 最初に来た時と同じように城門の所で馬車を止められた。

 まあ、皇都はいまだ厳戒態勢下にあるはずだから当然と言えば当然だ。


 仕方なく俺が対応に出る。


「いかがなさいましたか」

「今、皇都は厳戒態勢中である。馬車の中を改めさせてもらおうか」


 目の前の兵士の態度は最初に来た時に対応してくれた兵士の態度よりも居丈高で偉そうで気に食わなかった。

 だから、ちょっとだけ脅してやった。


「別に中を見てもらうのは構いませんが、それをするとあなたの首が飛ぶことになりますよ」

「なに!それはどういう……」

「これを見ればわかりますよ」


 俺は懐から1枚の書状を取り出すと、兵士に見せてやる。

 途端に兵士の顔が蒼ざめる。


「これは、皇王陛下の……」


 それは皇王陛下からもらった通行許可証だった。


「その通りだ。現在、この馬車には皇子殿下がご乗車なされている。そんな馬車を検問したなんて知られたら、お前さんの命がいくつあっても足らないと思うぜ」

「……」


 兵士は何も答えなかった。いや、答えられなかったという方が正しいのだろう。

 事態の重要性がわかって完全に委縮してしまっていた。


 そうはいっても、このまま黙っていてもらっても困る。


「おい、いつまでもボケっとしていていいのか?俺はさっさと宮殿に知らせないとまずいことになると思うんだが」


 俺が親切にアドバイスしてやると、兵士の硬直が解け、ハッとした表情になる。


「失礼いたしました。すぐに宮殿に使いの者を派遣しますのでしばらくお待ちください」


 それだけ言い残すと兵士はすっ飛んで行った。


 1時間後。


 城門側の馬車の停留場で待機していた俺たちの耳にけたたましく走る馬車の音が聞こえてきた。


 馬車の窓から外を見ると、フソウ皇国の皇家の旗を掲げた馬車が目の前に停まっていた。


 馬車は3頭引きの大きな馬車で、宮殿の関係者だろうか、到着するなり中から人が慌てて出てくるのが確認できた。


「爺ではないか」


 皇子が馬車から顔を出し、その人物に声をかける。やはり、宮殿の関係者で正解のようだ。


「殿下、ご無事でしたか」

「ああ、見ての通り余は無事だ。ホルストたちが守ってくれたおかげで怪我一つしなかったぞ」

「それは何よりでございます」


 そこまで言うと、その人物は向きを変え俺に言葉をかけてきた。


「ホルスト様でございますね。お初にお目にかかります。私、殿下の侍従長を務めておりますサトウと申します。この度は殿下をお救いいただきありがとうございます」


 侍従長がお礼を言いながら俺に頭を下げてくる。


「こちらこそ初めまして。ホルストと申します」


 俺も侍従長のお辞儀に対して頭を下げる。

 こうして一応の挨拶が終わると侍従長が話を切り出してくる。


「では、ホルスト様。お会いして早々失礼かとも思いますが、殿下にこちらの馬車に移ってもらっても構わないでしょうか」

「ああ、もちろん構わないよ」

「それと、皆様の今後のご予定ですが、我々はこのまま宮殿へと帰還するつもりなのですが、皆様も、我々の後に付いてきていただいても大丈夫でしょうか。皇王陛下が是非にも謁見したいとの仰せですので」

「ああ、大丈夫だ」

「それではお願いします。では早速参りましょうか。では」


 侍従長が合図をすると、馬車の扉が開かれ、アキラ皇子が馬車を移譲する。


「ホルストたちよ。今まで世話になったな。感謝するぞ」

「こちらこそ、大したおもてなしもできませんで」

「そのようなことはない。余は十分満足しておる。では、さらばじゃ」

「「「「皇子様こそ、お達者で」」」」


 ということで俺たちは皇子と別れ、宮殿へ向けて出発した。


 皇家の馬車は行きは急いで来たみたいだったが、帰りは皇家の威厳を示すためゆっくりと歩いて帰るつもりの様だった。


 カッポ、カッポ。

 一歩、一歩、大地を踏みしめるかのように馬車の列が進んで行く。


「下に~、下に」


 列の先頭にいる槍持ちの騎乗の騎士が声をかけると、道行く民衆が次々に土下座していく。


「これが支配者の威厳というものか」


 それは見ていて壮観な光景だった。

 そんな光景が2時間ほど繰り返されるのを見た後、俺たちは宮殿に到着した。


★★★


「ホルストとその仲間たちよ。皇子の救出の件、見事である。誠に大儀であった」

「ははっ。お褒めいただき、ありがたき幸せにございます」


 宮殿に着くと、俺たちはすぐに謁見の間に通され、皇王陛下と謁見することになった。

 謁見の間には大勢の文武の諸役人や貴族たちが詰めており、とにかく人でいっぱいだった。


 そんな中、玉座の前で跪いた俺たちは皇王陛下にお褒めの言葉を賜ったのであった。


「しかも、皇子の話によると、聖域の守護者であるヤマタノオロチ様を邪悪な者たちの魔の手から救い出し、更に邪悪な者たちが復活させたという古の4魔獣の1体キングエイプまで退け、我が国を滅亡の危機から救ってくれたというではないか。まさにそなたたちこそ救国の英雄。誠に素晴らしき働きである」

「いや、いや。私どもの働きなどたかが知れております。それよりも事を成せたのは、皇王陛下の御威光の賜物でございます」

「そのように謙遜せずともよい。この度の功績はすべてその方らの働きによるものである。さあ、皆の者。この者たちの働きをたたええよ!」


 皇王陛下がそう命令すると、謁見の間中が拍手の音で包まれる。

 ちょっと気恥ずかしかったが、その音こそ俺たちの成功の証でもある。

 喜んで受けておくことにする。


 しばらくして拍手の音が鳴りやむと、皇王陛下が話を続ける。


「それでなホルストよ。そなたらの働きに対して何か褒美を与えようと思うのだが、何か望みのものはないか」

「はっ。その件につきましてはお願いしたい儀がございます。実は」


 俺は皇王陛下に事情を説明することにした。


「実は、私共がこの国に参りましたのは武器の材料とするオリハルコンを求めてでして」

「ほお、つまりその方らはオリハルコンが欲しいのか」

「いえ、そうではございません。実はヤマタノオロチ様にその件を話した所、大量のオリハルコンをいただきまして」

「なんと、ヤマタノオロチ様にか」

「はい。それで、聞くところによるとこの国ではオリハルコンを持ち出すのに許可が必要とか。ですので、その許可を出していただければと思うのですが」

「うむ。そなたたちの望みはわかった。だが、それは褒美にできないな」


 えっ、と俺は思った。絶対に通ると思っていたのに。


 予想が外れた俺は内心焦ったが、皇王陛下はさらに俺の予想を上回ることを言ってきた。


「ホルストよ。お前は何か勘違いしているようだな。わが国で禁じているのはわが国で採掘されたオリハルコンの持ち出しである。だが、そなたのオリハルコンはヤマタノオロチ様からの授かりものであろう?神にも等しい存在からそなたらがもらった物を取り上げる権利など我らにはない。そのオリハルコンはそなたらの好きにするとよい。だから、褒美は別のものにせよ」


 そういうことか。

 俺は皇王陛下の懐の深さに思わず感激してしまった。


 しかし、同時に困ったことになった。

 白狐の時もそうだったが、俺たちは既に目的の物を手に入れている。

 これ以上欲しいものが思い浮かばなかった。


 俺が困っていると、皇王陛下が助け舟を出してくれた。


「ふむ、欲しいものが思い浮かばぬか。そなたらは無欲だな。では、いっそこういうのはどうかかの。将来そなたらに欲しいものができた時のために、莫大な報奨金を渡しておくというのはどうだ。将来欲しいものができたらそれで買うとよい」


 うん。それも悪くないかな。

 そう思った俺は後ろの女性陣に確認してみた。


「お前たちもそれで構わないか」

「ええ、私もそれでいいと思いますよ」

「ワタクシもいいです」

「アタシも構わないよ」


 どうやら女性陣も賛成の様だった。


「では、それでお願いします」

「うむ。では財務官よ。これへ」

「はっ」


 皇王陛下に言われて、財務官がすぐに手形を作成し、皇王陛下に手渡す。


「では、受け取るがよい」

「ありがたき幸せ」


 さらに皇王陛下がそれを俺に下賜してきたので、恭しく受け取った。


 そして、そこに書かれていた金額を見て俺は目を丸くする。

 その手形には、人生を10回くらい遊んで暮らしてもまだ全然余裕があるくらいの金額が書かれていたからだ。


「皇王陛下。この金額はいくらなんでも多すぎるのではないでしょうか」

「別に構わぬ。むしろこの国を救ってくれた礼としては少ないくらいだと思っておる」

「そこまでおっしゃっていただけるのなら、ありがたく頂戴します」


 俺はもう一度頭を下げた。


★★★


 謁見の間での儀式が終わると、俺たちはこの前使った茶室に通された。

 何やら皇王陛下が秘密裏に話したいことがあるということだった。


 茶室には先に皇王陛下が待っていて、俺たちのためにお茶を点ててくれていた。


「まあ、とりあえず飲みなさい」

「ありがたく頂きます」


 皇王陛下にお茶を出してもらった俺たちは、教えてもらった作法通りにお茶を飲み干すと、器を床に置いた。

 それを見て皇王陛下が俺に語り掛けてくる。


「実は大臣が死んだのだ」


 そう言えばあのおっさん、謁見の間にいなかったな。

 俺は自分の記憶から謁見式の場面を思い出した。


 だが、特に何の感慨も沸かなかった。

 1度しか会っていないが、あの大臣は俺たちと仲良くできる種類の人間ではなかった。

 はっきり言ってしまえば、二度と会いたくないくらい嫌いな人物だった。


 それに、あの大臣は今回の皇子誘拐事件の黒幕で、そのことはあの怪しげな連中に殴り込みをかける前に、早馬で皇王陛下に報告済みだった。

 だから、この時俺は大臣がすでに捕まって処刑されたのだとばかり思った。


 そんな俺の考えを見透かしたかのように皇王陛下が言う。


「ホルストよ。言っておくが大臣は処刑されたのではないぞ。殺されたのだ」

「えっ」


 大臣殺害される。


 その一報に俺は驚きを隠せなかった。

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