第23話~ケンカは冒険者の華~

 店内が騒然となる。


「ホルストさん」


 自分のせいでこうなってしまったとの自覚があるのだろう。

 ヴィクトリアが止めに入るが、俺はそれを手で遮る。


「いいから。お前はじっとしていろ。エリカ」

「はい、旦那様。ヴィクトリアさん、こちらへ」


 そう言って、エリカにヴィクトリアをかくまってもらう。


 周りの冒険者たちは、各々手に料理や酒を持ち、立ち上がると、テーブルをどけてスペースを作ってくれる。

 心なしかみんなニヤニヤこちらを見ている気がする。中には、「ファイト!ファイト!」と手をたたいて煽る奴もいる。


 エリカも、ヴィクトリアに危害を加えられそうになって怒っているのだろう、冒険者と一緒になって俺をはやし立ててくる。


「旦那様、頑張ったら今晩ご褒美あげちゃいますよ」


 ドキッとするセリフを言って俺を鼓舞する。

 うん、やっぱり酔ったエリカは艶めかしい。


「なんだ」


 青年たちが異様な雰囲気にたじろぐ様を見せるが、俺は構わず挑発してやる。


「どうした。怖気づいたのか。なら、帰って母ちゃんのお乳でも飲んで寝てろ!」

「この野郎!」


 青年の仲間が一人殴り掛かってくる。

 俺はそれを軽くかわすと、腕をつかみ、ひねって顔から地面にたたき落とす。


 ドオオン。ゴキ。


「ぎゃあああ」


 ついでに肩の関節も外してやったので、男は地べたで苦しみ、のたうち回る。


「こいつ」


 それを見て他の連中が一斉に襲い掛かってくる。


 しかし、本当にこういった手合いは、どいつもこいつも、どうして数で攻めれば勝てると思うのだろうか。実に不思議でならない。

 何か目に見えない糸で、脳みそがつながってでもいるのだろうか。

 よくわからん。


 ただ、こういった場合にやることは同じだ。回避に専念しつつ、隙を見て一人一撃で仕留める。


 ビュッ。


 2人目は素早いミドルキックでみぞおちを蹴り飛ばしてやった。


「ぐは」


 男がぶっ飛んで地面に倒れる。そのまま腹を抑え、苦悶の表情を浮かべながら、もんどり打つ。

 気絶しなかったのは褒めてやるが、これで戦闘不能だ。


 ゴン。


 3人目の男はこめかみをぶん殴ってやる。こめかみは頭の急所で、ここをやられると一発でダウンする。

 案の定、男は一瞬で意識を刈り取られ、うつぶせに地面に倒れる。


 ザン。


 4人目は手刀で首筋を強打し、3人目同様一瞬で意識を刈り取る。


 5人目は懐に飛び込み、襟首をつかんで壁に向かって投げ飛ばしてやった。


「きゅう」


 壁に激突した男は、短い悲鳴を残し、白目をむき、泡を吹くという無残な姿をさらす。


 残るは青年だけだ。仲間が手も足も出ずやられたのを見て、顔が真っ青になっている。


「ひい」


 そのまま、青年は仲間を見捨てて逃げようとした。


「待て」


 俺は逃げようとする青年の後ろ襟をつかんだ。

 ドスン。と、青年は地面に派手に転ぶ。そんな青年に俺は近づき睨みつけてやる。


「仲間を見捨てて逃げようとするとは、大したものだな」

「ひい、許してください」

「許してくださいだあ?俺の仲間を慰み者にしようとした挙句、暴力をふるおうと仲間をけしかけといて、許してもらえると思っているのか」

「それは」

「その上、仲間を見捨てて逃げようとは男の風上にも置けないやつだ。そんなやつに男のしるしは不要だろう。一思いに踏みつぶしてやろう」


 俺は青年の男のしるしを蹴りつぶそうと、大きく足をあげ、思い切り振り下ろす。


 ドゴオオオン。


 床の石が割れるすさまじい音がする。

 青年の男のしるしもぺしゃんこになったのかと思いきや、壊れたのは床だけだった。

 元々俺にそんな気はなかったのだ。こいつの男のしるしをつぶして、万が一あそこの返り血を浴びることにでもなったらと思うと、汚らわしすぎてぞっとするからだ。


 だが、青年はそれだけで卒倒してしまった。本当情けない奴だ。おまけに。


「なにか臭うな」


 小便を漏らしやがった。たちまち異臭が辺りに漂う。


「ガハハハ」

「ゲヘヘ」

「あはは」


 それを見て酒場中に笑いが巻き起こる。


「おい、誰か水を持ってこい」


 冒険者の誰かがそう指示するのが聞こえる。

 うん?見覚えがある。

 誰かと思ったら『漆黒の戦士』のフォックスだった。

 なんか前に会った時に比べて剣が新しくなっている。


「やあ、フォックスさん。久しぶりですね」

「おう、ドラゴンの。お前も元気だったか」

「ええ。元気ですよ。それより、剣を新調したんですね」

「おうよ。ダマスカッス鋼でできた逸品よ。見てみるか?」


 俺はフォックスに剣を見せてもらった。

 刃にきれいな波紋が浮かぶ上質な剣だった。


「すごいですね。羨ましいです」

「だろ」

「俺、この前の戦いで愛剣が壊れちゃって。代わりを探しているんですが、なかなか良いのがなくて。これ、どこで買ったんですか」

「王都の武器屋だ。依頼で行ったついでに買ったんだ」


 王都か。ちょっと遠いな。でも、良い剣は欲しい。


 俺が詳しく聞こうとした時。


「水、持ってきたぞ」


 ちょうど水が到着した。


「おらよ」


 フォックスが水を青年たちにぶっかける。

 たちまち青年たちが目覚める。何が起こったか理解していないのだろう。周囲をキョロキョロと見まわしている。


「おい、お前ら」


 フォックスがすさまじい形相で青年たちに声をかける。


「ひい」


 ガタイのいい彼にドスを利かされて、青年たちは心底ビビっていた。


「お前ら、自分が誰に手を出したかわかっているのか。お前らのような新人のペーペーでも名前くらいは聞いたことがあるだろう。『竜を越える者』というパーティーの名前くらいは」

「『竜を越える者』というと、あの10万の魔物を一発で葬ったという」

「そうだ。その『竜を越える者』だ。で、お前らがケンカを売ったのは、そのリーダーでSランク冒険者のホルストさんだ」

「エ、Sランク?」


 青年たちが俺のことをじろじろ見る。信じられないという顔をしている。しかし。


「Sランクにケンカ売るなんて、身の程知らずもいい所だぜ」

「Eランクの新人のくせに身の程知らずにも程があるわね」

「粋がるんなら、その前に実力をつけないとな」


 周囲の冒険者たちのヤジが青年たちに否応なく現実を突きつける。青年たちの顔がみるみる蒼くなった。


「そ、そんな、俺たちは。知らなかったんです」

「知らなかったで済めば、警備隊はいらないんだよ!」


 フォックスが青年の胸倉をつかむ。それだけで青年たちは涙目になり、体をブルブル震えさせている。


「「ほら、さっさと謝らないか」

「「「「「「申し訳ありませんでした」」」」」」


 青年たちが額を床にこすりつけながら土下座する。

 それを見て、俺たちはすっきりした。さらに、多少は哀れにも思えたので、許してやることにした。


「許してやるけど、次は無いからな。どこへなりとも消えろ」

「ありがとうございます」


 青年たちは足早にその場を去ろうとした。その背中にフォックスが声をかける。


「それから、小便小僧ども、ひとつ忠告しておいてやろう。復讐しようとか余計なことは考えるなよ。なにせ、この町には北部砦でホルストさんたちに命を助けられた者も多い。ホルストさんたちに手を出したらそいつらが黙っちゃいないぜ。かくいう俺も命を助けてもらった口だ。もちろん、そんなことがあったら俺も黙っちゃいねえぞ」

「わかりました。ひいい」


 それだけ言われた後、青年たちはそそくさと逃げ出した。


「本当、ケンカは勘弁してほしいぜ」


 青年たちが去って行った後を酒場のマスターが片付け始める。

 何だか申し訳ない気がした。

 それに冒険者の皆にも迷惑をかけてしまった。


 俺は謝ることにした。


「みんなすまなかった。今日の飲み代は俺が支払っておくから、後は好きにしてくれ」


 そう言うと、俺はマスターに金貨を3枚握らせた。多すぎる気もするが、そこは迷惑料と店の修理費も込みということで。


「さすが、ホルストさん。最高だぜ」

「ヒュー、ヒュー」


 酒場中がどっと沸く。


「それでは失礼する。ほら、帰るぞ」

「それでは、皆様ごきげんよう」

「さよならです」


 俺たちは家に帰った。

 そして、家に帰った後、俺は気付いた。


「あっ、剣のこと、聞きそびれた」


★★★


 家に帰ると、ヴィクトリアがやたら絡んできた。


「喉乾いたですよね。お水注ぎますね」

「騒ぎであまり食べていなかったみたいですから、お腹空いたでしょう。お菓子をどうぞ」


 やけに世話を焼いてきた。


 まあ、こいつなりに気を使っているのだろう。

 こいつだって自分の代わりに俺が殴られたのはわかっているだろう。

 だから俺はこいつの好意を素直に受けることにした。


 出された菓子を食う。

 菓子の甘さが口の中に広がる。が、同時に痛みも感じる。多分、殴られたときに口の中が少し切れたからだろう。


「やはり、痛みますか」


 ヴィクトリアが心配する。


「ごめんなさい。ワタクシのせいで」

「いいってことよ。気にするな」


 俺は心配するヴィクトリアの頭を撫でてやった、


「えへへ。うれしいです」


 ヴィクトリアが腕にしがみついてきた。


 こら、しがみつくな。エリカが怒るだろうが。

 俺は慌ててエリカの方を見た。


 だが、予想に反してエリカは黙って水を飲むのみである。どうやら今日の所は黙認するつもりのようだ。

 そうなると、俺は急に恥ずかしくなった。


 なので、話題を変えることにした。


「今日、フォックスさんに剣を見せてもらったんだ。すごくよかった」

「剣ですか?そういえば、この前壊したっきりですもんね」

「ああ。とりあえず予備の剣を使っているがどうもしっくりこなくてな」

「ふーん」


 ヴィクトリアが思案顔になる。そして、突拍子もないことを言い出す。


「だったら、剣を手に入れなくちゃですね」

「そうだな」

「どうせなら最強の剣を手に入れちゃいましょう。オリハルコンなんかいいですね」

「オリハルコンって、お前、それ伝説の武器じゃないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る