第10話~同居人増える~

 怖い。本当に怖い。


 自宅の玄関前に立った俺は内心ガクブルだった。


 エリカはいい奥さんだが、他の女を連れてきた時どう出るか、想像もできなかった。


「やるしかないか」


 俺はドアのノブに手をかける。

 ガチャリ。

 ドアが開く。とりあえず中に入るのは俺だけだ。ヴィクトリアには外で待っていてもらう。


「ただいま」

「旦那様、お帰りなさいませ」


 エリカが笑顔で出迎えてくれる。今日いろいろと予約をこなしてきたからなのだろう。美人度が上がっている。

 髪はいつもより艶々で肌もすべすべだ。

 多分俺を喜ばせようとそうしてきたのだろう。それなのにあのバカ女神のことを言わなければならないのは心苦しい。


「エリカ」


 俺は話を切り出した。


「話があるんだ」


 ヴィクトリアを呼ぶ。


「入ってこい」

「こんにちは~」


 ヴィクトリアが入ってくる。途端にエリカが反応する。


「旦那様、この女は」

「おい、自己紹介しろ」

「ヴィクトリアです。よろしくお願いします」


 エリカはヴィクトリアをじっと見る。ものすごく険しい目つきだ。


「旦那様、この女とはどういう関係ですか」


 エリカの刺すような視線が俺に向けられる。背筋がぞっとする。


「えーと、なんていうのかな。そうそう。こいつがうちで働かせてくれないかって言うから、連れてきたんだ。こいつダンジョンにいてさ。他に行くところがないって言うからさ」

「なるほど、よくわかりました」

「よかった。わかってくれたか」


 俺はほっと胸をなでおろした。しかし、それも束の間。


「ええ、よくわかりました。つまり、旦那様はダンジョンでこの子に手を出してしまったので、責任を取るためメイドという名の側室にするためうちに連れ帰ったということなのですね」


 どうしてそうなる。どうやら俺の発言はものすごく誤解されたようだ。


「ち、違う。それは誤解だ」

「いえ、いいのです、わかっておりますとも、旦那様。旦那様も男。他の女に目が行くこともあるでしょう。それは理解します。しかし、本妻の私に一言の相談もなく他の女に手を出し側室にするとはどういうことですか」

「だから、違うって」

「男なら、言い訳無用!」


 エリカが壁をドンとたたいた。安普請の壁が揺れる。おおっ、こわ。


「言い訳じゃない。そいつとは何もしてないし、働かせるために連れてきたのは本当だ」

「そうですか。あくまで白を切るというのですね」


 エリカは俺から一歩距離を取る。目が座っている。エリカはどこからともなくナイフを取り出し鞘を払う。


「私にこんな仕打ちをなさるとは……。こうなったら、旦那様を殺して私も死にます」


 ナイフを振りかざして襲ってきた。


「さあ、旦那様。一緒に天国で添い遂げましょう」

「エリカ、やめろ。落ち着け」


 俺はエリカの手首をつかんで止めようとしたが、全力のエリカを止めるのは簡単ではない。

 俺たちは絡み合い、そこら中の物にぶつかって破壊していく。


「うわー、昼ドラのような展開って本当にあるんですね。ワタクシ初めて見ました」


 ヴィクトリアが珍しいものでも見るような目で俺たちのケンカを見てそんな感想を述べる。むっちゃ第三者的な態度だ。


 ヴィクトリアの発言を聞いて俺もエリカもピタッと動きを止める。

 誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ。正直俺は無茶苦茶腹が立った。


「なんかすごくむかつきますね」


 それはエリカも同じだったらしく、俺から離れると標的をヴィクトリアに変えた。


「ちょっと、あなた!」

「ワタクシ?」

「そうです。あなた、人の旦那様を寝取っておきながら、その態度は何ですか。もっと反省して、しおらしくしなさい」

「えー、そう言われましても。第一ワタクシあなたの旦那様とそういうことをしてないですもの」

「まあ、白々しい。盗人猛々しいとはこのことですね」

「本当です。ワタクシが人間なんかとどうこうなるわけないじゃないですか。だって、ワタクシは」


 ヴィクトリアは胸を張って高らかに言う。


「女神ですもの。純潔をやすやすと渡したりしませんことよ」

「はあー、女神?正気ですか?」

「正気ですよ。だって本当のことですもの」


 エリカはヴィクトリアからさっと離れると、俺の腕にしがみつき、必死に懇願してくる。


「旦那様、お願いですからこんな頭のおかしい女を側室にするのは考え直してください」

「頭がおかしいって」


 俺もダメな子だとは思うがおかしい子だとまでは思っていない。まあ、大して変わらないか。


「だって態度が悪いだけならまだしも、よりにもよって神を名乗るなんて身の程知らずにもほどがあります。こんな女はさっさと捨ててきてください。旦那様が側室が欲しいとおっしゃるのなら私が探してきますから」

「側室を探すって」

「私もそれなりの家の娘。幼い頃から子孫繁栄の重大さは教えられております。現に、父や祖父にも側室がおりますが、その方たちは母や祖母が一族からこれはという方を選んで来て勧めた方です」

「えっ、そうなの」


 エリカの父ちゃんやじいちゃんに側室がいるなんて初めて聞いた。いやいや、問題はそこじゃなかった。


 さっきからエリカの怒りの方向性が微妙にずれていると思ったら、それが原因だったのか。

 つまり、エリカは俺が女を連れてきたことよりも勝手に側室を作ろうとしたと勘違いして怒っているわけだ。

 エリカが色々考えてくれているようでうれしいが、俺もこれはいらない。エリカだけいてくれれば十分だ。


「だから、こんな女はさっさと追い出しましょう。ね、ね」

「俺だってこんな変なのとどうこうなりたくない。俺にはエリカがいればいいし。ただ事情があるんだ」

「まあ、旦那様」


 エリカがポッと赤くなる。そんなエリカの手を取り俺たちは見つめ合う。


「ちょっと。さっきから人のことを頭がおかしいだの変だのと、夫婦して失礼じゃないですか!」


 またヴィクトリアが夫婦の間に割って入ってくる。本当変なタイミングで口を出してくるのはやめてほしい。


「お黙りなさい!頭がおかしいものはおかしいのだから当然でしょ」

「だからワタクシはおかしくない。本当に女神なんです」

「あなたのような女神がいてたまるものですか」


 ふう。このままでは埒が明かないので俺は真実を告げることにする。


「エリカ、こいつが女神なのは本当だ」

「まさか、旦那様まで」

「とりあえずこれを見てくれ」


 俺は右手の手の平を上に向ける。ポッと、小さな炎がともる。


「旦那様、まさか魔法を」

「ああ、使えるようになった。こいつに授けてもらったんだ」


★★★


 その後、俺はダンジョンでの出来事を語った。


「なるほど、事情は大体わかりました」


 俺はテーブルをはさんでお茶を飲みながらエリカにすべてを話した。


 その間ヴィクトリアはソファーにいた。出されたお茶を飲み干して暇なのだろう。髪をいじって遊んでいる。

 その様子を見てエリカは渋い顔をする。しばらくそのまま見ていたが、やがて立ってヴィクトリアの方へ行った。


「ヴィクトリアさん」

「はい」


 突然声をかけられて驚いたのだろう。ヴィクトリアがビクッとする。


「あなたが女神だというのは信じましょう」

「やっと信じてくれたんですね」

「話を聞く限りは信じるしかないでしょう」

「それじゃあ」

「でも、うちには置きませんよ」


 エリカの態度は素っ気ないものだった。


「ええっ。そんな。どうしてですか」

「当たり前でしょ。あなたは仕事をしたことがないし、そもそもできないらしいですね」

「うっ」

「そうなるとうちにおいても何もできないでしょ。そんな人を雇う余裕はうちにありません。それに態度も問題です」

「態度?」

「あなたここにきてからずっと態度が悪かったですよね。雇い主を雇い主とも思っていなかったですよね。仕事ができないだけならまだしも、そんな態度取る方と一緒に暮らすわけにはまいりません」

「ううっ」


 エリカからダメ出しを受けたヴィクトリアが涙目になり、縋るような目で俺を見てくる。


 俺は首を横に振る。


「エリカがダメだと言ったらダメって言ってただろ。自分でどうにかしろ」


 俺に突き放されたヴィクトリアはエリカをなんとか説得しようとあれこれ言ってみる。


「だってこのままじゃ、ワタクシ外で寝ることになっちゃいますよ」

「外で寝ることになる?そんな人、世間にはたくさんいますよ。一度経験してもよろしいのでは」

「エリカさんの旦那様に魔法を授けたからワタクシは帰れなくなったのですよ。その点を考慮していただけませんか」

「そうかもしれませんが、帰れなくなったのは自業自得ですよね」

「うわああああん」」


 ヴィクトリアがとうとう泣き出した。


「ワタクシの何がいけないんですか」

「わからないのですか?わからないようでしたらこの話は終わりですよ」

「えーと」


 エリカは、はあとため息をつく。


「ヒントをあげましょう。普通の人が相手に失礼なことをした場合どうすべきか考えなさい」


 ヴィクトリアがはっとした顔になる。そして急いで土下座する。


「今まで失礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。どうかお許しください」

「ふふ、やっとわかったようですね。いいですよ。許しますよ。ただ、謝ったからといって、雇うわけではないですが」

「そんなあ」

「だって謝るのが遅すぎです。さっさと謝ってくれていれば考えたのに」

「そこをなんとか」


 ヴィクトリアはなりふり構わず泣きながらエリカの足にしがみついて必死に懇願する。


「ワタシ本当に行くところがないんです。お願いです。何でも言うことを聞きます。仕事ができないというのなら覚えて見せます。さぼったりもしません。だから見捨てないでください」

「こら、放しなさい。そんなことをしてもダメですよ」

「いいえ、放しません。置いてくれると言うまでは」


 そんなやり取りがしばらく続いた後、とうとうエリカが折れた。


「いいでしょう。そこまで言うのなら雇ってあげます」

「本当ですか」

「ええ、その代わり私は厳しいですからね。覚悟してください」

「大丈夫です。ありがとうございます。わーい」


 ヴィクトリアは小躍りして喜んだ。部屋の中ではしゃぎまわっている


 こうした二人の一連のやりとりを見ていて俺は思うのだ。

 エリカは俺の話を聞いた後くらいからヴィクトリアを雇ってやる気になっていたのではないかと。

 そのつもりでヴィクトリアを試していたのではないかと。


 さすが俺の女房。甘い。いや、優しいな。


 そう思いながらエリカを見た俺は聞いてしまった。


「ふふふ、これは鍛えがいがありそうです。体で覚えないと覚えないタイプの子みたいですし、性根から徹底的に鍛え直して差し上げましょう。本当、今から楽しみです」


 ニマニマしながらエリカがそんなことを言うのを。


 ああ、ヴィクトリアの未来に幸あれ!


ーーーーーーー


 これにて第1章終了です。

 ここまで読んでいただいて、気にっていただけた方、続きが気になる方は、フォロー、レビュー(★)、応援コメント(♥)など入れていただくと、作者のモチベーションが上がるので、よろしくお願いします。

それでは、これからも頑張って執筆してまいりますので、応援よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る