第9話~女神ついて来ました~

「勇者ユキヒトよ。よくぞここまで来た」

「魔王。お前を倒して世界を平和にして見せる」

「生意気なガキが。貴様など切り刻んで魔物の餌にしてくれる」


 戦いが始まった。


「破砕斬!」

「竜虎拳!」

「プロミネンス!」


 仲間たちが全力で魔王を足止めする。

 その隙にユキヒトが神属性魔法で攻撃する。


「天雷」

「地獄の炎」

「グギャアアア」


 魔法が次々に命中し、魔王がどんどん弱っていく。


「とどめだ。『審判の炎』」


 ユキヒトが最後の魔法を放ったその瞬間。


 世界は炎に包まれた。


★★★


 気が付くと俺は元の場所にいた。


「俺は……そうか。世界は滅亡したのか」

「どうでした」


 へたり込んでいた俺に女神が声をかけてきた。


「人間にはなかなか強烈だったでしょう?他の世界、他の人間の人生を体験するというのは」

「どうしてあの世界は滅亡した?」

「簡単ですよ。魔法の威力の調整を間違えただけです。でも、これで分かったでしょう?」

「ああ」

「神属性魔法は一歩間違えると世界を滅ぼしかねない魔法だということを。まあ、気を付けてください」

「肝に銘じるよ」


 自分の手で世界を滅ぼすなんて冗談ではない。でもあの体験を振り返ってみるに、使い方さえ間違わなければ無敵の魔法だ。

 うん。練習をたくさんして加減を十分に覚えるようにしよう。それでいい。


「それにしても、あの世界にいた女神はかわいかったな」


 あの世界での出来事を思い出しているうちにあの女神のことを思い出し、つい口からこぼれる。


「ああ、あの人ですか。あれ、ワタクシのお母様です」

「げっ」


 まさかこいつと親子だとは思わなかった。そんな風には全然見えない。

 確かに髪の色とか顔つきとか外見的に似ていなくもないが、性格が違いすぎる。


 親を見て子は育つと言う。


 果たしてあの本物の女神に育てられたこいつがこんな風になるものだろうか。


「今、『げっ』って言いませんでした?」

「言ってない。気のせいだ」

「……まあ、いいでしょう。今ワタクシは最高にハッピーなので何でも許せます」

「そうなのか」

「そうです。ようやく仕事が終わったので帰れるんですよ」


 女神がうっとりとした顔になる。


「これでやっとポテチを食べながらテレビゲームの日々に戻れるんですよ。最高です」


 テレビゲームが何だかわからんが、こいつが本当にダメなのだけはよくわかった。


 やはり、あの女神と親子だというのは何かの間違いだろう。


 まあ、元のダンジョンに帰ればもうこいつと会うことも無いだろうし、どうでもいいか。


「なあ、もう全部終わったんだろ?そろそろ元のダンジョンに帰してくれよ」

「あ、はいはい。ただいまやりますね」


 女神が手をかざした。


 その時だった。


「やってしまいなさい」


 低く重々しく威厳ある声がそう言うのが聞こえた。


「なにか聞こえなかったか」

「いえ。なにも」


 どうやら目の前の女神には何も聞こえなかったらしい。

 俺の気のせいだったのかもしれないが、それにしてはひどく気になった。


「もういいですか」

「ああ」

「ではいきますよ」


 女神が魔法陣を起動させる。その途端。


「きゃああ」


 女神が悲鳴を上げる。


「どうした」

「わかりません。きゃああ」


 そんなことをしている間にも女神から光が溢れ、魔方陣にどんどん吸い込まれていく。


 そして、突然魔方陣の光が消え真っ暗になると、俺たちは異次元空間とやらの外に放り出された。


★★★


「イテテ」


 気が付くとダンジョンの外に飛ばされていた。さっきも見た青く光っている石像がよく見えた。


 背中から地面にぶつかった俺は、痛みを和らげるために背中をさする。どうやら打ち身だけで傷はないみたいだ。しばらくすれば収まるはずだった。


「うえええええん。痛いですう」


 対して俺の横に落ちた女神は、受け身が取れなかったらしくすねから血を流していた。他にも何カ所か痛めたのだろう。泣き叫びながらのたうち回っている。


「死ぬ、死ぬ。死んでしまいます」


 その程度で大げさなと俺は思ったが、女神は子供のように泣き叫ぶのをやめなかった。

 このままだと埒があかないし、鳴き声で魔物を呼び寄せるかもしれない。


 俺は立ち上がると女神の側に行き、ポーションを渡した。


「これを飲め。痛みが引くぞ」

「うう。ありがとうございます。……苦いのぉ」

「やかましい。黙って飲め」


 堪え性のない女神を促すと、おとなしく飲み干した。ポーションの効果はすぐに表れ、女神の傷が癒えた。


「というか、お前女神なんだろ。自分で傷を治せばよかったじゃないか」

「それもそうですね。でも、ワタクシの傷は治ってしまいましたし。そういえばあなたもケガしていましたね。それを治してあげましょう。えい。……あれ?」


 何も起こらなかった。


「えい、えい」


 その後も何度か試すが結果は変わらなかった。


「おかしいなあ。……あーーーー!」


 女神が何かに気づいたのか突然素っ頓狂な声を上げる。


「神気が、神気があ。ワタクシの神気が無くなっています」

「神気?」

「神の力の源です。これがなければ神の力を発揮できません」

「つまり、今のお前は」

「人間とほぼ変わらないです」


 女神は絶望のどん底に落ちた顔でその場にへたり込んだ。が、それも束の間、すぐに俺の衣服をつかむと泣き叫び始めた。


「うええええん。どうしましょ。どうしましょ。本当どうしたらいい?」

「いや、そう言われても」


 そんなこと俺に言われてもどうにかできるわけがなかった。


「もっと真剣に考えてください!このままだとワタクシ天界に帰れないんですよ!」

「というかさあ。その神気ってさあ、回復したりしないの?回復するんだったらしばらく待てばいいじゃないか」


 女神がふっとため息を漏らし、やれやれというような顔をする。この何も知らないど素人めと言いたそうに見えた。


「わかってませんね。人間界でも神気は自然回復しますけど極わずかなんですよ。時間がかかるじゃないですか」

「ふーん。どのくらい時間がかかるんだ」

「10年ですよ。10年。かかりすぎです」


 10年。確かに長いが待てないというほどでもない。


「他に手がないのなら、我慢するしかないんじゃないか」

「我慢できませんよ。それに仮に我慢できるとして、ワタクシ、その間どう生活すればいいんですか。ワタクシお金持ってないんですよ」

「いや、別に働いて稼げばいいじゃないか」

「自慢じゃありませんが、ワタクシ働いたことがないのでどう働けばいいのかわかりませんよ」

「働いたことがないって、じゃあどうやって生活していたんだ」

「だって、神気があれば生活に必要なものはすべて手に入りますもの。働いたら負けですわ」


 なるほど、こいつがダメな理由がわかった気がする。


 つまりこいつは神気とやらに頼り切って、食っちゃ寝の腐りきった生活をしてきたわけだ。

 だから世の中をなめ切ってでかい態度を取り、わがまま放題なわけだ。


「こうなったら仕方ありません。10年は、まあ我慢しますからその間あなたが養ってください」

「はあ?」


 俺があまりのことに呆れて何も言えないでいると、女神がとんでもないことを言い出した。


「どうして俺がお前を養わなければならないんんだ」

「だって、あなたが来たからこうなったんですよ。責任を取る必要があるでしょう」

「ふざけるな!」

「ひっ」


 俺は怒鳴りつけた。拒否されるなど思いもよらなかったのだろう。俺の怒気を含んだ拒否に驚いたのか、女神はさっきまでの偉そうな態度はどこへやら。たちまちおろおろし始めた。


「俺に責任なんかあるわけないだろ。状況を考えるに、お前が魔方陣の操作をミスったのが原因だろ。違うのか」

「ううっ。それは」

「自分の責任を他人に押し付けるとか、一体どういうつもりなんだ。最低だぞ」

「だって」

「だって、じゃない!」


 もう一度怒鳴りつけた。女神はびくっとすると、そのまま体が小動物のようにブルっと震え固まってしまう。


「第一、うちは新婚ほやほやなんだ。他の女なんか連れて帰ったら俺が嫁さんに殺されるだろうが、少しは他人の迷惑を考えろ」

「そこをなんとかお願いします。助けてください。あなたに見捨てられたら本当に飢え死にしちゃいます」


 女神は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら土下座して俺に頼みこんできた。

 震えて動けなくなったのだと俺は思っていたのだが、女神も必死だ。俺の服をつかみ、なお俺に縋り付いてくる。


「お願いです。他に頼れる人がいないんです」

「それは自分で働いて何とかしろよ」

「働きます!もちろん働きます!ただワタシ働いたことがないので外で働く自信がありません」

「じゃあ、どうやって稼ぐつもりだ」

「あなたの家の仕事をなんでも手伝いますから」

「そう言われても、うちも人を雇う余裕があるわけではないし」

「ご飯と寝るところさえいただければ文句は言いません。だから」


 そこまで言うと、女神は俺から離れてもう一度土下座した。


「お願いします。このままじゃワタクシ一人ぼっちになっちゃいます。一人は寂しいのぉ」

「一人は寂しいか」


 俺はぼりぼり頭をかいた。


 それは俺も体験したからよくわかる。あのときエリカがいなかったらと思うとぞっとする。

 目の前の女も俺が助けなければそういう経験をするのだろう。

 こいつは腹の立つ奴だが、だからといってそんなつらい経験をさせても良心の呵責に苛まれない程憎んでいるわけではない。なにより自分が心底いやだということを他人にさせるのが嫌だった。


 俺も甘いな。よし、決めた。


「仕方ない。ついてこい」

「えっ、いいんですか」

「ああ。ただうちで働くかどうかは嫁さんにも聞かなければならない。嫁さんがダメだと言ったらだめだからな」

「そんな」

「安心しろ。その場合でも生活できるように手伝ってやるから」


★★★


 俺たちは帰路に着いた。


「そういえば、お前なんて名前だっけ」

「ヴィクトリアです。ホルストさん」

「そうだったな。で、ヴィクトリアは仕事をしたことがないとか言ってたけど、あの異次元空間でやってたのは仕事じゃないのか」

「あれは何というか、おばあ様に言われて……そのお手伝いのようなものです」

「そっか。でも神様って普通何か仕事があるものじゃないのか。水と火の神とかそれっぽい仕事をしていそうだしな」


 ふと、俺は気付く。


「そういえばお前何の女神なんだ」

「それは」


 ヴィクトリアは言いたくないのだろう。貝のように口を閉じ黙り込む。

 このままでは埒が明かないのでちょっと脅してみる。


「言わないとここに置いてけぼりだぞ」


 ヴィクトリアはようやく観念したのか喋り出した。


「かきゅうしんです」

「小さくて聞こえない。もっとはっきりと」

「下級神です!仕事は雑用係です!」

「雑用係?本当か?」


 こいつはまだ見栄を張っている!

 そんな気がしたので、俺はじろっと睨みつけてやった。


「見栄を張ってすみません。本当は無職です」

「はあ」


 俺は溜息を吐いた。吐くしかなかった。

 本当に働いたことがない女神を抱え込むことになるなんて。


 そうこうしているうちに町が見えてきた。

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